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掌編小説【要の神様】

お題「ギックリ腰」

「要の神さま」

「ギックリ腰ってね、言いたいことを言わずにガマンしてるからなるのよ」
金太郎の腹巻を付けた小さなひとが、動けないでいる私の前に立って言った。プリンみたいな肌で髪はなく、キューピーのようだがキューピーほどかわいくはない。男か女かもわからない。
「あなた、誰…?」顔をしかめながら私は聞いた。
「ガマンするとね、グッて腰に力が入るじゃない?それがよくないの」
「は?」(なんなんだよ、こいつ)
「ね。今【なんなんだよ、こいつ】って思ったでしょ?思ってるならそう言いなさい」
「でも、こ…」(腰が痛いのよ!)私はさらに顔をしかめた。
「ね。【腰が痛いのよ!】って思うなら、そう言わないとだめよ。あたしはね、要の神様。あなたの腰に住んでるの」
キューピーもどきが首をかしげて私の顔をのぞき込む。
「今、あなたの頭が真っ白になって思考停止したのはわかるわ。目が点になってるし」
全て見抜かれている。ということは本当に神様?あるいは今流行りのメンタルナントカ?
「メンタルナントカじゃないから」金太郎腹巻はすかさず言った。私は痛みをこらえて絞り出すように言った。
「か、神様なら…腰を治してください。痛くて動けないんですっ」
最後の「っ」の所は「痛」である。
「き、金太郎なんて、ふざけてるけど」
痛みと怒りでいつもの自制心が薄まっている。
「いい調子よ!そうやって思ってることを言っていいのよ。なんでガマンするのかしらねぇ」
神様は体をくねらせて腰のあたりで手を広げ、肩をすくめた。キューピーのポーズのつもりらしい。かわいくない。
「…そうね、あたしがキューピーほどかわいくないっていうのは、まぁ…認めるわ。でも金太郎はあたしのおしゃれ心よ」
私は頭を真っ白にしようと努力した。
「あなたの腰の痛み、もちろん治してあげたいわ。だからこうして出てきたのよ」
神様は金太郎の腹巻をぴらんとはためかせた。…おしゃれ着だったのか。
「あたしも普段は腰椎の中で鎮まってるのよ。でもあなたがあんまりガマンするから、あたしだって居心地わるくてね」
「どうしたらいいんですか…」
相変わらず動けないまま神様に聞いた。
「ガマンしないことね。今、ものすごーくガマンしてることあるでしょ」
ある。たしかにある。
「もうすぐ、そいつが帰ってくるから。思いのたけを伝えなさい。ガマンしなくていいのよ。あたしがついてるから。あ、ほら、またガマンしたー」
「金太郎の腹巻では心もとないですが、神様は神様ですから、お願いします」
「ほほ。まぁまぁ本音が言えたわね、それでいいのよ」
その時、ガチャリと玄関の開く音がして夫が帰って来た。
「なんだよ、部屋が暗いな。飯、作ってないのかよ。疲れて帰ってきたのによー」
その時、神様が腹巻を翻してうずくまっている私の腰に飛び乗った。ひゃあ!私は激痛で飛び上がった。なんてことするんだ金太郎!
しかし私は跳ね起きた衝撃で叫んでいた。
「いつもいつもえらそうにしないでよ!私だって毎日働いて疲れてるし、今日は腰が痛くて動けなかったのよ!」
夫は口をポカンと開けてつっ立っている。私も同じようにつっ立っている。あれ?腰が軽い。痛みがうそのように引いている。
私はゆっくりと深呼吸した。私の要に神様がにんまりとほほ笑んで鎮まっているのがわかる。
「ずっとガマンしてたけど、もうしない。これからは言いたいこと言うわよ」
私はきっぱりと宣言した。

それからの私はなんでも思ったことは全部…口にできるはずはないが、言わねばならない事は言えるようになった。あれから少々もめたけど二人で話し合い、家事の分担も決めた。
今、夫は台所でチャーハンを作るために四苦八苦している。出来上がりはひどいものだろうが、そこは忍耐。我慢は愚だが忍耐は愛だ。こんな時、腰椎では金太郎がやれやれという調子で肩をすくめてキューピーのポーズをつくる。

おわり (2021/6 作)

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