見出し画像

掌編小説【糸】

お題「蜘蛛の巣」

「糸」

「死んだらどうなるの」私は聞いた。でも答えを聞く前に死んでしまった。
気づいたら空間に漂っていた。いや、漂っているのではない、キラキラした細い糸に巻かれて空間に留められているのだ。苦しくはないが動くことができない。
「ここはどこ」つぶやいてみた。声は糸を震わせる。光る糸の波が煌めく。それに見惚れて問いを忘れかけた頃、糸を伝わって答えが返ってきた。
「ここは中有です」
「ちゅうゆう…」
「生と死の境目です」
目の前にツーと糸をたらして一匹の蜘蛛が私の前に現れた。
白くつるりとした蜘蛛だった。地上では見たことがない。穏やかな八つの目が私を見つめる。
「ああ…死んだ人はみんなここに来るのですか」
私は何年も前に亡くなった父母や友人達のことを思った。
「そうです」
「私はここで何をするのですか」
「なにも」
蜘蛛はツーと糸を巻き上げて私の視線の少し上に行った。
「あなたの記憶、体験、想い…、あなたの今生の全てをこの糸に織り込みます」
「わたしのすべて?」
蜘蛛は再びツーと私の目線まで降りてきて低く荘厳な声で言った。
「全てです」
私は目の前に広がる煌めく糸の海に目をやった。無数の、果てしなく広がる糸、糸、糸。
「ここには死んだ人たちの全てが残されているのですね」
「それが私の仕事です」
そう言うと蜘蛛は私のからだを包み込んだ。母の腕に抱かれるような暖かさと安らぎを感じた。生きている時は蜘蛛なんて大嫌いだったのに…。そんな事を思いながら私の意識は遠のいていった。蜘蛛の子守歌のような声が聴こえたが、次第に遠くなっていく。私のからだから私の人生が、私の全てが吸い取られていく。
「このあとはどうなるのですか」私は聞いた。でも答えを聞く前に空っぽになった。

おわり (2021/8 作)


おもしろい!と思っていただける記事があれば、サポートはありがたく受け取らせていただきます。創作活動のための心の糧とさせていただきます☆