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掌編小説【美しい青い水たまり】

お題「水たまり」

「美しい青い水たまり」

ここにはなにもない。だから王子様は王様に「ぼく、つまらない」と訴えた。
「なにがつまらないんだね。ここにはなにもないように見えて全てがあるのだ。未来の王たるお前はそれを知らなくてはならない」
「でもぼく、つまらないんだもの」唇をとがらせた王子様を見て王様は顔をしかめた。しかし、かつて自分も同じように思ったことがあると思い出して苦笑した。
「わかった、息子よ。お前にいいものをやろう」王様は虚空に向かって手を広げた。遠くでなにかが小さく光った。
「あれを観察しなさい。あれの変わる姿を。そしてその中からお前が美しいと思うものを見つけてごらん」王子様が早速光った場所に行ってみるとたくさんの小石が散らばっていた。王子様はわくわくしながら観察した。でもなかなか「美しい」と感じるものは見つからなかった。そもそも王子様は「美しい」ってなにかがわからなかったのだ。小石たちは勝手に動きまわり、仲間を作ったり別れたり、消えてしまったり、新たに生まれたりした。王子様は長い間観察した。「美しい」が見つからなくてもいいや、と思った。もう退屈していなかったから。でもある日、とても強く光る石が現れた。それは王子様の心を捉えた。もしかしたらこれが「美しい」かもしれない、と思った。でもまだなにか足りない気がした。きっとこれじゃないんだ。もう少し待ってみよう。王子様がしばらくウトウトして目覚めると、光る石の近くに小石が集まって周り始めている。そしてその中に王子様はひとつの石を見つけた。小さな、青い石を。王子様の心がふるえた。そんな石は今までなかった。
「これがきっとぼくの【美しい】だ」王子様は思った。王子様は王様の元へ行き、観察の結果を伝えた。
「お父様、ぼく見つけたよ。ぼくの【美しい】を。小さくて青いんだ。他のとは違う」
「その青いのは【水】と言うのだ。虚空の中の唯一の水たまりだ。よく見つけたな」王様は微笑んだ。
「何度やってもひとつだけ生まれるんだ。だがなかなか美しいままでいてくれない。私は何度も壊して…やり直してみたが」王様はざんねんそうに言った。
「ぼく、あのままでいるように見張ってる!」王子様は頬を紅潮させて言った。【美しい青い水たまり】は彼の胸をいっぱいにしていた。
「あの水たまりの中には他にはない【命】というものがあって、そこからやがて【にんげん】が生まれる。あれが美しいままでいられるかどうかはそれらの動き次第だ。今まで成功したことはないが、もしかしたらお前はうまくやるかもしれないな」
王子様は決心した。あの美しい青い水たまりを守るんだ! 王子様は急いで戻り、見たい所だけを拡大して見ることができる目で、青い水たまりをギュッと見つめた。【にんげん】はもう現れていた。二本足で歩くもの、と父は言った。【にんげん】はどんどん増えて、青い水たまりをみるみる濁らせ始めた。王子様はあせった。予想以上の早さだ。【にんげん】たちはなにかをせっせと作っては灰色や茶色のものを美しい青い水たまりに流し込んでいた。王子様が「やめろ!」と叫ぶと水たまりが震えて【にんげん】たちは一時はオロオロとするだけでなにかを作ることをやめるのだが、またしばらくすると元に戻って水たまりを汚し始める。王子様は何度叫んでも【にんげん】たちが変わらないことに腹を立てた。でも「美しい」はどんどん消えていく。それを見て王子様は泣き出した。こんなに美しい水たまりをどうして【にんげん】たちは守ろうとしないんだろう。王子様の涙が青い水たまりの上に幾粒も落ちた。王子様が泣き止んだ時、青い水たまりは再び輝きを取り戻していた。王子様は驚いて目をぱちぱちさせてもう一度よく見た。目をこらすと【にんげん】たちも【にんげん】たちが作ったものも、青い水の底に静かに沈んでいた。もう彼の「美しい」を汚すものはいない。王子様はホッとした。
【美しい青い水たまり】は何事もなかったかのように光る石の周りをクルクルと回り続け、彼はそれをうっとりと見つめ続けた。

おわり (2021/5 作)


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