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掌編小説【2つあれば】

お題「テント」

「2つあれば」

「ななつ星のてんとう虫はね、夜になると自分のテントに帰るんだよ。そして7つの星を背中からはずしてテントの内側につるすの。そうするとそれがピカピカ光って、外から見ると灯りが7つともってるように見えるのよ。するとその灯りを頼りにふたつ星のてんとう虫がやってきてね、『きみはいいね、7つも灯りがあって』って言うの。それを聞いたななつ星はね、『灯りなんて2つあれば十分だよ。たくさんあっても大変なだけ』って答えるの。それは2匹の毎日のお決まりのやりとりなんだよ」

ずいぶん前におばあちゃんの家でその話を聞いた時、なぜてんとう虫たちはそんな会話を毎日繰り返しているんだろうと思った。そして家の中に7つの灯りがあるのと、2つしかないのとでは、どっちがいいかな、と思った。
おばあちゃんの家ではいつも1つしか灯りをつけなかったけれど、その小さな灯りはぼくとおばあちゃんを温めるように丸い輪をつくっていた。

ぼくは暗くなると玄関と台所の電気をつける。そして台所で宿題をしたりおやつを食べたり本を読んだりする。ぼくはふたつ星のてんとう虫みたいだな、と思う。
窓から外を見ると、たくさんの家に灯りがともっている。7つくらいついている家もある。
ぼくの家は和室とトイレとお風呂に電気をつけても5つだ。

ガチャガチャと鍵を開ける音がして、お母さんが帰ってくる。ぼくは玄関まで行って「おかえりなさい」って言う。
「お母さん、玄関と台所の電気だけで家がわかる?」とぼくは聞く。
「わかるわよ」とお母さんは笑う。そしてこう言う。
『灯りなんて2つあれば十分よ。たくさんあっても大変なだけ』
「お母さん、ななつ星てんとう虫は正しいね」ぼくも笑う。
それはぼくたちの毎日のお決まりのやりとりだった。てんとう虫たちの気持ちが今はわかる。

お母さんが帰ってくると、ぼくは玄関の電気を消す。家の灯りは1つになる。
台所でお母さんが晩ご飯を作る。今日の晩ご飯は目玉焼き。
「朝ごはんみたいでごめんね。冷蔵庫に卵しかなくて」とお母さんが言う。
「王さまみたい」ってぼくは言う。
図書館で借りた「ぼくは王さま」っていう本の王さまは卵が大好きなのだ。ぼくはそれを読んでから卵がもっと好きになった。
お母さんもそれを知っているから、目を細めてちょっと悲しそうにも見える顔で笑う。

黄身だけをお箸で切り取って白いご飯の上にのせる。それから真ん中に穴をあけると半熟の黄身がトロッと流れ出す。そこへしょうゆをぽちっとたらす。ぼくはごはんと黄身を一緒にすくって口に入れる。王さまが大好きな味が口の中に広がる。
目を閉じる。なんておいしいんだろうとぼくは思う。ぼくは大好きな目玉焼きをゆっくりと味わう。

ふと思い出したようにお母さんが言った。
「おばあちゃんのななつ星てんとう虫のお話には続きがあるのよ。知ってる?」
「ううん、知らない」ぼくはびっくりして答える。続きがあったなんて。

「あの後、ななつ星てんとう虫はふたつ星てんとう虫の家にも遊びにいくの。ふたつ星はふたつしかない星を一生懸命磨いてテントを照らしてななつ星を待つの。ななつ星はちゃんとやってきて言うのよ。『やっぱり灯りは2つあれば十分だよ。ぼくも君と2匹で一緒にいられたら十分』って。それから2匹は一緒に暮らすようになったの。お母さんも2人で一緒にいられたら十分」

お母さんはぼくのお皿に自分の分の目玉焼きをもう1つのせた。ほんとはもう1つ食べたいなって思ったのがわかったんだろうか。
「ねぇお母さん、目玉焼きも2つあれば十分だね。たくさんあっても大変なだけ。でもいらないならぼくもらってあげるよ」
台所にともる小さな灯りがお母さんの笑顔を照らしている。

おわり

 (2020/10 作)

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