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SS【黒衣】♯毎週ショートショートnote

お題「聴診器が海苔」

【黒衣】(410文字)

 佐竹医院の古い診察室で、半世紀を共にした聴診器が海苔に包まれて安らいでいる様子を見て、人生の終わりにこんなものを目にするとはな、と佐竹晴信氏は思った。
 しかし黒光りする厚みのある海苔には奇妙な存在感があり、使い古された聴診器を、まるで黒衣に包まれた聖具のように見せていた。

 こんな悪戯は孫の晴彦に違いないのだが、まだ四歳の晴彦に悪気があるはずもない。その時、診察室に晴彦が駆け込んできた。
 おじいちゃーん。
 なんだ晴彦、これ、お前だろう?
 佐竹氏が海苔と聴診器をかざすと、晴彦はきゃっきゃと笑い、再び駆け出して行った。

 佐竹氏は遠ざかる孫の足音を聞きながら窓を開けた。
 明るい陽射しと新鮮な空気に、死の匂いが消える。
 余命一カ月。元医者として、この先どうなるかは知っている。
 身辺整理も済ませ、もういいだろうと死ぬつもりでいたが…。

 佐竹氏は睡眠薬を引き出しに戻し、黒衣を丸めて口中に押し込んだ。
 口いっぱいの磯の香に、涙が溢れて止まらない。


おわり

(2023/8/30 作)

『たらはかに』様の8/27~9/2のイベントに参加させていただきました☆
今回は裏お題です☆
キテレツなお題から、純文学風のものを書いてみました(;・∀・)ふぅ

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