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名乗るなら、日本人の名前がいいな。

改変の幅が利きそうで、かつ怪しまれないし、何よりかっこいい。


 そう思いながら、記憶手へと繋がる道を歩き続けた。

 どうして勉強を始めたか。理由は簡単。「人の記憶を盗み見ること」、「人の心をよむこと」は、俺の昔からの願望だったからだ。

 誰だって一度くらいは考えることだろう。そしてそんなことあるわけがないな、とその願望を道端に捨てて、大人という現実主義者に変貌していく。

 俺はそうはなれなかった。その欲望を捨て切れなかった。

 そういう人間は、俺だけじゃないようで、この学校に通っている人間はそこそこいる。

 ただその欲望度合いはやはり個人差があって途中でぬけてく者も多い。

 そんな欲望が足らない人間は、記憶を抜かれる。他ならぬ同級生達の実習として。


 だからといって、努力だけで成り立つ職業でもないが。

 そう。そこには溢れてとまらぬ欲望と、尋常ならざる忍耐と、他を切り捨てられる愚かさが必要だった。

 そう。俺にはなかった。愚かさも忍耐も。

 よく、あるじゃないか。殺し屋だとか囚人だとかの創作物で。

 最終試験は同室のものを手にかける。みたいなの。

 記憶手では、暮らしてきた、関ってきた全員の記憶を抜き取り、特に身内で記憶が強く結びついている者は自ら殺す。

 ふとした拍子に記憶が戻ってきてしまうから、と説明されたが、おそらくそれ以上に、記憶手としての素質がある人間は極少数。やすやすと帰れる場所を残しておきたくない。という思惑があったのだろう。


 まんまと策に堕ちた愚か者たちはそれぞれの国に行くことになる。それは前からずっと決まっていたこと。

 俺は日本。出来る限り日本人になれるよう、就職先が確定してから俺の周りは日本人だらけになった。見て盗めということらしい。

 言語もずっと日本。そしてそこから上手く話術を使い、記憶を盗らなくてはいけなかった。これも課題。

 まあ現地行けばその何十倍も壮大で難解な課題たちが待っていた。真面目に勉強していても到底やっていけない。


 日本語を喋り、昔のあれやこれを全て忘れ、仕事のことだけを考えて、土地神と交渉し、代理人を立て、記憶を吸収。記憶を途切れることなく種にし続けなくてはならない。


 こんなの、出来るわけないでしょ。


 なんて残酷な職業なんだ、と思ったよ。間違いなく就職先間違えたよ。

 俺疲れた。もううんざり。せめて身内を殺した記憶だけは、持っていたくない。しかしそんなことをしてしまえば、故郷が恋しくなる。確実に帰りたくなる。それはいけない。

 故郷に帰ればそこに待ち受けるのは事実。俺が手にかけて、俺を覚えている人間は何処にもいないという事実で、また俺は壊れるだろう。


 じゃあどうするべきか。

 全部捨てればいいんだ。


 ようやく結論が出たのは、土地神と交渉が終わった頃だった。開放感と同時にそんな妙案が浮かんだ。


 俺は、俺を捨てた。

 でもあまりにも捨てたい、という欲求が強すぎたためか、記憶シュ関係以外は何も残らなかった。何故記憶シュだけ残ったのか。ずっとずっと長いことこればっか考えていたからだろうな。


 そして覚えているよ。

 何もかも捨てて、ぼうっとしながらも、交渉が終わったんだから動かなくては。と山に帰ろうとしたとき。

「あ、あああのっ!!」

 後ろを振り返れば、山のような種を、腕で抱え込んだ学ラン姿の少年がいた。

 背筋が凍った。何でコイツはこんなにも種を持っている。

 国の関係者にしては動揺しすぎのようにも見える。演技には見えない。

 じゃあ誰かからの使いか?いや、こんなやらかしそうなのに任せるか?普通。

「おっ、落としましたよ!!」

 言うか早いか腕の中のものを俺に押し付けて少年はバッと走り去っていった。

 散らばる種。多くの種。


 彼は敵か。


 俺は思った。同業者だと思った。この近辺で生活をしている。

 じゃなきゃこの量は不可能だ。そして俺は差し向けた。いや、自分でやったのか?そうだ。俺がした。

 なんだかこの動き、懐かしいなあ、と思いながら、過剰に記憶を摂取させた。

 眠っている少年に、彼が手にしていた大量の余っていた種を注いだ。この量なら確実に殺せると確信していた。


 記憶の過剰摂取は、気を狂わせる。そりゃそうだ。本来記憶の容量はその人間が死ぬまでの一生分しかないのだから。

 じゃあ俺やヨミがどうして平気なのかというと、それはもう何度も摂取するうちに麻痺し、イカレてるから、としかいえないのだが。まあヨミは神だし、人より容量が大きいのだろう。

 そして入れたのは俺の記憶。俺が狂った俺の記憶。

 少年――後の白麗は発狂し、叫び声を上げながら自室の二階から落ちた。

 一応身内の記憶も大体覗いたが、有益な情報が得られなかった。でもまあ、無いよりは、と、商品にして今はどこかに流れていっている。


 少年、三島楓は、こうして俺のそばにやってきた。

 そして自縛霊となった。



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