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 男の人が倒れたまま動かない。

 

 でもどうしよう。自縛霊じゃ触れない。というか、自分が見えてなかった様子だったのに、どうして突っ込んできたんだろう。この人は。

 頭の中に、普段よりも落ち着いて冷静な自分と、どうしようどうしようと、目を白黒させている自分同士がいるが、とにかく今は人命救助が優先だ。

 

 男が顔面を強打した木の後ろにある社に急ぐ。朽ち果て、今にも錆びてきそうなこの社には、この少年自縛霊の行動の源である土地神様がいる。

 自縛霊の現在は、彼女がいるから生きていける、という状態だ。まるで恋でもしているようだけど、そんなことはない。

 

 階段を二段上がった位置の、賽銭箱の奥の小さな建物の引き戸を開けようと手を伸ばして、やめた。そういえば今はものがつかめないのだった。

 ふよふよと浮いて近づいて、声をかけた。

「ねえねえヨミ。今大丈夫?」

 少し遅れて冷めたように落ち着いた反応が返ってきた。

「どうしたの、自縛霊。今はお客もいないし手は開いているよ」

 自縛霊。と個人的に、名前じゃなく職業名のような感覚のもので呼ばれ、慣れないなあ、と顔をしかめる。

「あのね、そこで――っていっても見えないだろうけど、木に突っ込んで気絶しちゃった人がいてね、運びたいから力を分けてくれないかな」

 その言葉に反応して、引き戸が独りでに開き、中の鋭い目つきと目が合う。

「どこ?手も開いているし、私も行く」

 一瞬目の合った、月のような色の瞳は、すぐに気絶した男を探し動かされた。

「丁度この木の裏で伸びてる・・・・」

 困り果てたように言うと、ヨミは自縛霊の言葉の裏のなさをよく知っているため、瞬きを二度して原因を考えた。

「――ああ。引き寄せられたんだね、社に。よし、じゃあ触れるようにするからできる限りがんばって。そのうち合流できると思うから。クルメは――どうせ店から出ないか。じゃあまたあとで」

 そういうと返事も待たず瞳が閉じられ、スゥッと透けたかと思うと、部屋は殺風景な社の中身のみとなり、ゆっくりと引き戸が閉められた。

 

 ヨミの物言いからおそらくもう触れるのだろう、と自縛霊は来た道を引き返し、仰向けに伸びたままぴくぴくしている男にそっと手を伸ばした。

 手は頬を突き抜けず、触った感触もあった。

 これが最近の彼の行動の源だ。自縛霊である彼は、土地神に力を分けてもらうことによって、行動の幅が広がっている。

 なら大丈夫だ、と自縛霊は男のお腹側に回ると、脇から手を通して両手を祈るようにつなぎ、男の身体を起こした。

「あああ・・・・酷いや。これって治るのかな・・・」

 意味不明な行動を取った男の人の顔面は血まみれだった。

 死んでいない以上、救急車でも呼んだほうがいいんだろうか。

 でもそうしたら実はその中の誰かが自分がふざけた見た目の紫頭じゃなく、この山で自縛霊になった者で、もう死んでいる事実に気づくかもしれない。

 覚えていないけれど、この頭だ。目立たないわけがない。

 

 そう思いながら別の話題が頭をよぎった。

 自縛霊には本来、未練があるはず。だからその場から動けずに浮遊し続けるはずなのだが、僕には記憶がない。

 悲しいことに自縛霊になって日も浅いため、自分の中にある情報すらも、かなり少ないのだ。

 そして他はともかく、自分自身の記憶が帰ってくる気配は毛頭ない。

 

 いいや。そんな考えてもしょうがないことは、どうでもいいよ。と、話題の中止をして、また、自分の外見の奇抜さを考えながら、起こしたまま背中側に回り、体勢を変えないまま、ズリズリとひきずった。

 

 自分のように、死んでいるんだったら対応は酷く単純で、死体を主に、店の商品の材料や実験道具に。

 それらではなくとも、物好きに売り払ってみたり、研究所に送りつけてみたり、山に捨てずに良い具合に再利用した上で、自縛霊となって動けぬ身になれば小屋に住まわせ、そうでなければお寺の場所を教えてあげるだけ。

 対応が簡単に済むのだ。

 これが生きていると厄介で、応急処置をして何日かベッドに寝かせて、目が覚めても当分の間、看病をする。

 看病自体はいいのだが、その間人間の社会では色々と問題が発生するらしい。

 「行方不明」だの、「無断欠勤」だの――騒がれてしまうと、帰るときに気まずいではないか。

 

 話し相手になりそうな唯一の人間はこうして伸びている。自縛霊は寂しい気持ちを思考で塗りつぶし、社を起点にまっすぐ上へと上がっていった。

 

 昔は社からすぐの場所に店を構えていたらしいが――今も最終的にはまっすぐ行けばつくが――もっと遠く山道の途中の目に付く場所に移転したのだ。

 

 昔のままだったら店までは相当近かっただろうなあ、と思いながら自縛霊はただ引きずるのみだった。

 

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