「サガラさん」
と、交番おなじみのパイプ椅子に腰掛ける。
この訪問者側のスペースが狭いのも防犯対策の一環なんだと、彼は相当前に誇らしげに言っていた。でもまあ、動きにくいのは確か。
本名佐藤一。あの新選組へは、惜しくも一字足りないのがコンプレックスらしい。
佐賀にいた時期が人生で一番長い、落語をたしなむ、おじいさんに近いおじさん。
「サガラさん」はあだ名がなくて困る、といっていたから付けてやった。本人曰く、「カッコいい苗字でいいね!」とお気に入りだそうだ。
「ん~?」
眠そうな声で返事をするものの、俺が交番前で立ち止まったのを見て、即座に防犯カメラのスイッチを切っていたのは、知っている。というか知っていて止まってる。
眠そうなのは警戒を解くための手段。ちなみにもしものために、防犯カメラやら武器やらなんやらを使える準備は、普段以上にしているんだそう。(本人談)
言ってどうする、言って。
「今日の等価交換は~・・・ないの?」
「あるよ」
言いながら、小さめの麻袋を取り出して机の上におく。
「ふぅん・・・今回はどんなの~?あの看守のおすそ分けはもう要らないからねえ」
言いながら種を一つまみして、天井に透かしながら形状を確かめている。
「まーいつものサガラさんブレンドだよ。アンタの好きそうな猟奇的な奴ばっか」
と、いいながらつまんでいるそれの持ち主の名前を、一粒一粒持ち返るごとにいってやると、サガラさんは見る見るうちに、興奮していき、目がらんらんと輝きだした。
あーあぁ。隠せてませんよー。
と、お決まりの光景に口元が緩んでいると
「おまわりさああああんん!!!!!」
馬鹿デカい大声が近づいてくる音。
慌てた様子もなくサガラさんは麻袋と種を隠し、俺はパイプ椅子から立ち上がって今にも帰る客の体勢になった。
「ふっ、不審者!!不審者ってどうしたら捕まるんですかあ!?」
入ってくるなりそんなことをいう眼帯に眼鏡の娘。あと髪色がおかしい。
「はて・・・流石に全部取り締まってたらキリないしねえ」
と、余裕の貫禄を見せるおじいちゃん。
「あっ、ああああの!!あのですね!」
ガシャンッと勢いよくパイプ椅子に座り、反動で壁に頭を打ちながら彼女のマシンガントークがとまることはない。
「その人!!手にはおっきい包丁?かなにかと!おんなじ手にナワ持ってて!反対には旅行用っぽい鞄にぃ、背中には人入りそうなリュックしょって、山登ってたんですよおお!」
あー・・・。すごく聞き覚えあるな、その特徴。
明らかに浩二。
それも記憶シュに来る直前の浩二。
「へえ・・・そりゃ物騒だね。嬢ちゃんが怖がるのもわかるさ」
サガラさんには一応この間の話は通してあるので、逮捕なんかの危険性は無いけど、でもこの子。なんでそんな前の話を今更このテンションで。
「怖がってなんかないんです!!あたしみたんです!!その人とは別のアヤシイ人が、さっき通ってったの!!」
はーん。それで浩二のことを思い出してついでに言いに来たってか。余計なお世話だ。
「それはどんな奴だったんだい?」
「えっとえっと!!コート着てたんですけど、腕にいっぱい時計をつけてて、胸にもあって、首からも下げてる銀髪の――」
「――それ。コスプレだよ。お客さんがグッズ持ってた」
それで浩二が疑われちゃあ、堪ったもんじゃない。と思わず口を挟んだ。
眼帯少女の視線が静かに俺へと向けられる。というか、その緑と紫の髪色のほうが、不審者扱いされるぞ。
「・・・どなたですか?」
何気に興奮から冷めれば普通の喋り方もできるもんだなあ、と関心しながら
「あー俺、こういうもんです」
名刺を差し出してみた。
「へえええ!薬剤師さんでしたか!今日はどのようなご用事で?」
名刺を掲げてうれしそうに目を輝かせながら、俺の方へ身を乗り出す。
よしよし。興味が不審者から俺に切り替わったようだ。
「そこに百円が落ちてて、近くに交番もあるし渡しておくかあ、っていう、たいしたことない用事だよ」
下手に大げさな噓をついてもどうしようもないだろう、と思いながら、相手の出方を見る。
おそらく対したことない理由に興味をなくすとは思うが・・・一度、話が切り替わったことで不審者への関心も薄まるだろう。
「そうですかあ!今時、百円でそんな善行をする方がいらっしゃるなんて!!!あたし、もっと・・・えーっと、ミアケさんの人となりが知りたいです!!」
――おかしいな。予想が外れた。
「えーまあ、いいけど。でも交番でやるのはよそう。長くなるでしょ?その話」
それ以上に、ここまで興味をもたれちゃあ、早く住所と、通報番号がでかでかと書かれている子の建物から出なくては。
この交番の住所は「寺門市 晴嵐 7815-9」で、警察への通報番号は、知ってのとおり、『110』。当然俺は薬剤師じゃない。
ふざけて名刺作りすぎたなあ、と思いつつ彼女に外へ出るよう促した。
「っで!で!!何から聞かせてくれますか!?」
この声量じゃ店に入るのは厳しいだろう、と思い近くの公園へと連れ出すと、待ちきれないっ、といった様子で間合いをつめてきた。
「んー・・・じゃあさ、俺から君に質問していい?俺の質問の仕方、それによる相槌でさ、俺の人となりを分析しきった後で、答えあわせの方が面白そうじゃない?」
彼女は目を丸くし、豆鉄砲くらったような間抜けな顔をした後、不服そうにそっぽをむいた。
「じゃー・・それで、がんばります・・・」
あたし、そこまで分析とかできるほうじゃないですから、違ったら修正してくださいね?と彼女は不満げにベンチに腰掛けた。
「まず、その眼帯。どうしたの?」
お?とすっかり俺に背を向けていた彼女がこちらを見た。
「そっち先ですか?珍しいですね。ええっと、これはですねえ、話せば長いのですが」
と、右目を指しながら少し元気を取り戻したように話し出した。
「あたし昔から、目ん玉触る癖があったんですよお。ちょっと触ってキャッていいながら離して、スリルを楽しんでたんです。
でもあれって思いっきり突き刺したらどうなるのかなあ、って。
そんなこと考えながら電車のホーム歩いてたら、知らないおじさんが私のこと「泥棒」って言ってきてー。
あ、でもその泥棒、あたしじゃなくて、別の人と勘違いしてたらしいんですけど。」
この一度見たら中々忘れられなさそうな見た目を勘違いする人間がいるとは。
「そんなこと知らないあたしは、腹がたったからあっかんべーしてやろうと思ったんですよお。
んで、まぶたに手を持っていったところで、さっきのこと思い出しちゃった。イライラしてたこともあって、私思いっきり突き刺しちゃってこの有様なんですぅ~」
本当に長々とした劇場だった。
もうこれだけでこの人物の性格が大体わかった。彼女は無鉄砲で、思い込みが激しく、かつ好奇心旺盛、という中々敵に回したくない人格をしている。
「・・・ていうか、そしたら眼鏡に阻まれない?普通」
「あ、普段コンタクトなんですよお」
じゃあなおのこと、被害はすごかっただろう。しかし彼女は「でもーあたしは別に眼帯の感覚落ち着かないから外してたいんですけどーお許しが出ないんですよねえ」と懲りていない様子。
「成程。・・・その髪色、何があってそんな風にしたの?」
「外見って気になるんでしょうねえ、皆に聞かれます。そして普通はここから聞かれます」
彼女はつまらなそうに、髪をいじりながら目も合わせずに返答した。
「あたし、母上の髪色が生まれつき赤で、父上の髪色がそれに合わせて青だったので、別に髪色って好き勝手していいんだあ、って割とちっちゃい頃からこの色ですぅ。でもま、両親に止められたんで、染めたのをつけてるだけなんで、地毛は全然普通ですよー」
といってから、んん?と彼女はようやくこちらを見た。
「ていうか、そんなことより普通、名前から聞きません?みんなあたしの名前に興味なくて、外見ばっか聞いてくるんですけど」
じゃあ名前をどうぞ。と促すと、彼女はベンチから立ち上がり胸をドンと叩いて、俺ではなく正面を向き、名乗った。
「あたしは、秋山みる!満じゃなくて見る!みるみる!」
あ――やっぱりやっかいなのに関わったなあ、と俺は種を取り出すための算段を立てだしたのだった。