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 川上亜子。

 それは友人の人脈によって、様々な人間を見てきた君也にとって、唯一の癒しであった。

 友人や知り合いが多いということ。

 そこからは、人がいることで得られる沈黙の少なさ。終わらない話題に充実した時間。そんなものばかりではなかった

 

 確かに人脈も友人も多い。が、人と触れ合いすぎたが故に、人間の黒い部分も多く見てきた。

 打算的でずる賢く、腹黒い。人というのは飽き性で、深いかかわりをしているように見えて、結局皆表面上の付き合いしかしていない、というのはざらにあった。

 

 その中でも、いくつもの事を同時にできる、性別:女。は非常に厄介だった。

 考えていることがわかりにくく、こちらはどんなに裏をかいても最後はいつもしくじる。

 だから仲良くなりたい異性というのは、あまり物を考えていない子でも、賢すぎる柔軟なやつでもなく、丁度その中間に位置する、『知識はあるけど経験の少ない、土壇場で緊張するような子』だった。

 

 それが彼女。川上亜子であった。

 彼女は君也が知る限り、中学時代の同級生の中でも、特に優等生であった。

 授業態度はすごく真面目で、勤勉。そしてよく図書館にいる。

 借りている本は基本的に遭遇するたびにジャンルが違う。

 そういう君也は何故図書館なんて場所にいたかというと、中学時代の友人の一人が時々勉強のために訪れていたからだ。

 そいつが遊びに出かけるための「勉強してきます」という決まり文句を、ごくまれに忠実に守っていた時に、君也も同席していたことがあった。

 

 勉強が終わったらに出かける約束だったのだ。

 

 そいつを待ちながら暇をもてあましていた君也は、図書館に並べられた興味のわかないどうでもいい本のタイトルたちを眺めて過ごしていた。

 そうしたら彼女がいた

 うれしそうに本たちをいとおしそうに眺めるその姿に、心が動かされた。

 思わず声をかけて、パッと花が咲いたように微笑んで見せた彼女につい、

お、俺もさ、よく本読むんだわー亜子さんはどんなのが好き?

なんていってしまったのがいけなかった。

 

 数日は話に花が咲いてニコニコしながら難しい話をする彼女に、必死で追いつこうとする君也。

 言われたことは彼女と別れた後に記憶が許す限りメモを取って、時間があれば本を読み直し、彼女に追いつこうとしていた

 しかし今まで遊んでばかりの、何より沈黙を作ることが苦手な君也に、読書が長続きするわけがなく、それに加えて友人まみれで予定が山積み。誘いを断れば、ノリが悪い。と沈黙が発生する。

 沈黙がおきると頭の中はパニックになって、目の前が、白。そしてその後は何も手がつかないのだ

 

 どうしたものか。

 

 そう、困り果てていたある日、ついに気づかれてしまった

「君也くんってさ・・・本当は読んでないんだよね?・・・上辺だけ調子を合わせてるって感じ。それに――正直、周りにいっぱい人がいる人って、上っ面だけって印象だったから、そんな人と本の話で盛り上がれるのか、不安だったし・・・」

 最後に本音らしき言葉を残して、川上さんは去ってしまった。

 よりにもよって、君也が欲していた沈黙を破る存在たちがあだとなって。

 それで彼女との縁は切れてしまった

 

 そんな川上さんが目の前にいる――!!!

 君也は興奮しているようだった。

 そして俺のことを覚えてくれてる!!

 浩二の出る幕などない様だった。そもそも出会えたのも、僕が君を追い出そうとして、声を上げたおかげなんだけど。

 なんてチラッと思いながら、君也と彼女のやり取りを傍観することにした。

ね、お、俺のこと、どう、知ってるの?

 自分が今誰の身体を借りているのかも忘れて、君也は声に出した。

 川上さんの目が見開いた。

「も・・・もしかして、長谷川君、なの?」

 浩二は思った。

 見た目も、身長も、(記憶で感じる目線が明らかに上なため)声ですら何もかも違うのに、そう思われるってことは、相当忘れられてるのだろう、と。

そ、そう!そうなんだよ!」

 君也はうれしそうに肯定した。まるでかつての川上さんのように、花が咲いていた。

「うれしいなあ!実は俺、色々わけあって、身体が違うんだよ!あーでも整形とかじゃなくてね?なんか、乗り移った、みたいな?んで、この体の中にもう一つ人格があってな、ソイツと今、共同生活してる・・・カンジ?」

 そんなこと信じてくれるんだろうか?いやでも、確か彼女が好きだった本の内容に、似たようなのがあった気が――

「・・・なにそれ!面白そう!

 川上さんが目を輝かせた。君也の記憶の中にあった、彼女の『不思議なものがあって欲しい』という願望は健在だったようだ。

「ちょ、ちょっと待ってね。とりあえず一旦うちに帰って、昔の連絡網引っ張り出してくるから、そこから君也君のお家に電話してみよう!」

 頬を赤くしてうれしそうに笑う川上さん。

 そして会話の主導権を一切返してくれない君也。

「あ!ありがとう!実は番号、登録してそのまま使ってたから全く覚えてなくって!」

 なんだろう。この疎外感は。

 勝手に僕の体を使って盛り上がるんじゃないよ。

 と、浩二は色々なことを諦めながら、主導権が返ってくるまで、君也の記憶を遡りながら暇をつぶすことにした。

 

 君也の記憶は、ザッと中学から社会人一年目あたりまであるようだ。それから、基本情報である、姉のくだりのみ。

 それ以前は見当たらない。記憶に残っていないだけか、あの種に収められるのには限界があるのか。

 それとも都合が悪いところだけ抜き取っているのか。

 なんにせよ、そういった真実が分かるのはあの店に行く三日後か、主導権返ってきてからだろう。

 君也の記憶は、どれもこれも沈黙を怖がっていて、周りには沢山の友人がいた。

 でも君也の記憶の中の友人達にも、友人が大勢いて、それぞれそこまで、深い関係にはならないでいた

 女性との交流もたくさんあったし、性別関係なく裏切られた経験多い

 君也の中には常に、充実感恐怖心が混在していた。

 

 それを経験したように感じている浩二もまた、

 もう人間関係とか、友達とか、どうでもいいや。満足感は得られたし。

 という気持ちであった。

 

 『友人が沢山』。

その願いで得たかった気持ちは君也の記憶を解して知れたし、君也みたいなちゃらんぽらんな人間にもトラウマだったり、怖い物があると知って、少しばかり好きになれそうなので、もうそろそろいい加減主導権を返してはくれないだろうか。

 

 浩二の体を使って、川上さんと昔の連絡網を必死で探す君也に、浩二はそう告げてみた。

 ――川上さんに夢中な君也からは、一切の返答は返ってこなかった

 こいつ。本当にただの記憶なんだろうか?

浩二は頭の中で深いため息をついたのであった。

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