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案外 書かれない金継ぎの話 Spinoff 12 漆の滲みについて

今回は、金継ぎの失敗の一つ「漆の滲みにじみ」について解説しようと思います。
ただし、いつもと違ってかなりマニアックで、専門的な単語や言い回しが出てくるため、出来るだけ平易な表現になるよう心掛けましたが読むのに難儀すると思います。申し訳ありません。また、天然の物質は分類が多岐にわたります。個々の違いを含めた全てを解説するのは難しいため、金継ぎをする上で特に必要と思われるものに絞った概論であることを予めご了承下さい。

ウルシオールの重合変化

ウルシの樹液である漆にはウルシオールという油脂分が含まれ、これが金継ぎのかなめになっている事はご存知だと思います。
樹木内では、このウルシオールの殆どがモノマー(単量体)として存在しています。モノマー(単量体)というのはポリマー(後で説明します)を作るための最小化合物で、例えば、レゴのようなトイブロックのピース1個とイメージして頂くと分かりやすいと思います。
ウルシの樹液は、ナヤシ(精錬)を行って生漆に、クロメ(脱水)をして素黒目漆になりますが、このときウルシオールモノマー(単量体)は酸素重合で繋がりながら、ダイマー(二量体)、トリマー(三量体)と徐々に大きな化合物になっていきます。モノマー(単量体)が20程度繋がったものをオリゴマー(低重合体)と言い、更に繋がって巨大な高分子になったものをポリマー(重合体)と呼びます。
ウルシオールモノマー(単量体)は最終的に巨大なポリマー(重合体)となり個体として安定化(それ以上変化しない状態なること)します。

漆の浸透性と染み

漆はモノマー(単量体)の比率が高いと流動性が高く、オリゴマー(低重合体)やポリマー(重合体)が増えるほど液性は粘るようになります。これが漆の浸透性に大きく関わります。
漆器作りの生地固めでは、浸透性がとても重要になります。
金継ぎの場合、陶磁器は漆よりも硬いので生地固めとして使うことはありませんが、ヒビ止め作業で浸透性は大切になります。ただし、あまり浸透が早いとヒビ以外のところまで漆が広がり汚れになります。また、接着や錆付けでも使い方によっては漆が陶磁器素地に染みることがあります。
そのため、ある程度、浸透性のコントロールをする必要があります。例えば、生漆をそのまま使うのか、素黒目漆をテレピンなどで希釈するのか、それとも素黒目漆だけを使うのか、どれくらいの量を使うのが適切なのか等、ヒビの程度を考慮し状況に応じた判断が必要になります。

ここまでは修理剤に注目しましたが、修理する物にも滲みを発生させる要因があります。次に、修理対象となる陶磁器とはどういったものかについて説明したいと思います。

ガラスと粘土と釉

ガラスは、二酸化珪素シリカの鉱物(主に珪砂けいしゃが使われる)に、二酸化珪素シリカかすための金属酸化物の触媒を加え、高温で熔解ようかいさせてから形にした非晶質アモルファス珪酸塩化合物けいさんえんかごうぶつです。非晶質アモルファスは規則的な配列の結晶構造を持たない状態です。
特殊な場合を除き、身の回りのガラス製品は二酸化珪素シリカ基体きたいになっており、触媒名を頭に付けてソーダガラス、鉛ガラスのように呼びます。触媒を含まないほぼ純粋な二酸化珪素シリカの非晶体は石英ガラスと言います。
均一性(表面と内部が同じ状態)が高く、非晶質アモルファスは光を通すため透視性があります。

粘土は、珪酸の一部がアルミニウムに置き換わった珪酸アルミニウムアルミノシリケイトの結晶を基本とする含水珪酸塩鉱物がんすいけいさんえんこうぶつで、可塑性かそせい(作った形を維持する性質)を持っています。
粘土とガラス質になる鉱物類を混ぜたものを坏土はいどと言いますが、分かり難いので一般的には坏土のことも粘土と呼んでいます。坏土(粘土)を成形して焼成すると、加熱で変成した鉱物結晶の隙間に熔けたガラスが入り込み、冷えて固まると陶磁器になります。
かなりざっくり言うと、鉱物結晶の隙間に入り込むガラスの量の違い土器~磁器は説明できます。鉱物結晶を結び付けるガラスが微量だと土器、鉱物結晶がガラスで包まれるようになると陶器、鉱物結晶が完全に覆われて見えない状態は磁器という事になります。磁器になるほど杯土に含まれるガラス質の量は増えるわけです。

は、陶磁器素地をコーティングするためのガラス質の珪酸塩化合物けいさんえんかごうぶつです。
ガラスとよく似ていますが、ガラスは冷却過程で成形できるよう原料に珪酸アルミニウムアルミノシリケイトを加えないのに対し、釉は素地が焼き固まる温度まで張り付いてとどまるよう原料に珪酸アルミニウムアルミノシリケイトを用いることが多いという点が異なります。特に焼成温度が1200℃を超える陶磁器の釉は、主原料に珪酸アルミニウムアルミノシリケイトを含んだ「長石ちょうせき」という鉱物を用いるため、必ず珪酸アルミニウムアルミノシリケイトが入っています。
その影響として素地や釉自身から発生したガスをとして多量に内包したり、結晶が析出して複層を形成するなど、透明ガラスよりも構造が複雑になります。

陶磁器は陶器と磁器の違いといった分類的な見方ではなく、様々な構造を持った物質の集合体であるという認識は修理においてとても大切です。

滲みの要因と防止

さて、以上を踏まえた上で陶磁器に滲みが出てしまう原因は、大別すると2つ考えられます。

1つめは、元から滲みが出やすい状態になっている場合です。いくつか例を上げます。
素地は、鉱物結晶の隙間に熔けたガラスが入る量で緻密さが変わります。陶芸ではこれを焼き締まりが良い悪いと表現しますが、焼き締まりの悪い素地は隙間が多く、そこに液体が浸透します。圧力を加えなくても細い管に液体が自分から入っていく現象を毛細管現象もうさいかんげんしょうと言い、焼き締まりの悪い素地は毛細管現象が起こりやすい状態になっています。陶器の裏側の「土見つちみ(素地が露出している部分)」は、毛細管現象による滲みや汚れが出やすい場所です。
釉は、原料の影響で大量の泡を内包することがあると説明しましたが、なかには焼成中に発泡して穴が塞がらずに残ってしまうことがあります。これをピンホールと言います。釉層で穴が止まっていれば汚れが広がる事は無いのですが、素地まで達したピンホールは入り込んだ汚れが徐々に釉と素地の隙間に溜まっていき「雨漏りあまもり」という汚れになります。抹茶茶碗では詫びの見所とする事もありますが、原因はピンホールによる滲み汚れです。
本編第7回で説明した釉の貫入かんにゅうも、毛細管現象による汚れが残りやすくなる箇所です。特に細いヒビは貫入と区別が付きにくいことがあり、ヒビ止めのつもりが貫入染めかんにゅうぞめになってしまう事があります。

2つめの原因は、修理のために行った加工が結果的に1つめのような状態を生み出してしまう場合です。
多くは、ヤスリ掛けやケガキ(作業しやすいよう傷を入れること)で必要なガラス質を取り除いたために起こります。
中でも釉の泡を壊して釉層と素地の界面(境界)を必要以上に露出させたり、素地のガラス質を取り除いて鉱物結晶を露出させると滲みは酷くなります。
基本的に漆はガラス質には密着しません。これは修理が難しいのと同時に、汚れによる失敗を軽減できる可能性が高いという事でもあり、背反しますが重要な事です。

修理中、漆がこうした箇所に触れると滲みとなり固着して除去不可能になるわけです。
修理を始める前に、直す箇所がどういった状態かをよく観察し、元から滲みやすいと分かった時は、滲みにくい漆に調整したものを使う、事前に滲まないよう対策を講じるといった方法を検討し、極力滲みの影響が出ないよう対処する必要があります。
また、加工による失敗は、加工が必要かの判断が全てと言えます。加工を必要とするのは、接着の疎外物質(ゴミや塗料など)を取り除き表面を改善するためですが、陶磁器のヒビや接着面に疎外物質が付着していることはまれであり、もし手を加えるとしても必要最小限で止めるよう確認しながら進めることが大切です。

いつもやっている事だからと、何も考えず同じ手順でやると痛い目を見ることもありますから、作業は常に慣れず慎重さを忘れないよう気を付けたいものです。

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