裁判傍聴 性奴隷を作ろうとした男

 オレンジ色のセットアップのジャージに身を包んだ男が証言台に立つ。
 
 短く刈り上げられた痛々しい頭髪、その男の後頭部は不自然に平らになっていた。所謂絶壁というやつだ。
 その容姿は良く言えば”最新式のプリクラ機で撮ったゆるキャラ”にも見えなくもない。実際、頭はゆるそうだ。
 工場排水をその身に吸い込んだ賞味期限切れのがんもどきが冷蔵庫の裏のホコリをまとわりつかせたという様な印象を受ける醜く肥大した体躯の男は6日間の間に複数人の女性に対して乱暴をした。
 細かい手口に関しては同様の犯罪が生まれない為にもここでは記述しないが、食品宅配業を営む男性は独身女性の部屋をリスト化し計画的に襲っていた。
 被害にあった女性達も自衛を怠っていたというわけではない。オートロックのマンションで宅配の際には置き配を指定し、施錠も怠っていない人たちであった。それに対しあの手この手を尽くして押し入り、乱暴をした挙げ句に写真や動画をネタに脅して継続的な関係を持とうとした。また、一部の人に対してはそれをネットの海へと流した。
 最終的には勇気ある一人の女性の手によって警察に通報されて逮捕に至った。
 男が女性らに対して行った行為はハードコアを超えてナイトメアという程のものだった。
 本人の供述としてはアブノーマルな性趣向が故に相手がいなかった事、自身の性欲が強すぎたことが原因である、といったもので日々のストレスも要因の一つだと言ってみたりあまりにも幼稚な筋の通っていないものだった。性趣向の一致以前の問題ではないだろうか、という疑問は湧いてくるがその疑問は不毛極まりないので飲み込む。
 また、計画などをメモ帳に残していたがそれはあくまでも想像である。などと供述していたり、一部のものは合意であったなどとあまりにも無理のある主張を繰り返していた。
 映画「トレインスポッティング T2」でも登場人物であるサイモンが売春を盗撮し、それをネタに強請りをした所訴訟を起こされた描写があったがその際に「合意の上であった。あくまでもプレイの一環だった」といった旨の供述をしていたがこういう逃げ道は常套手段なのだろうか。
 裁判中、弁護士はそういった供述を聞く中で目を閉じ、眉間にしわを寄せていた。彼を弁護せざるを得ない弁護士に同情を禁じえない。
 
 男は検察側が読み上げた被害者からの手紙を聞く中で「被告人は口臭と体臭も酷く」という言葉に対し細かくまばたきをしながら小さく何度も頷く様子が見て取れた。確かに体臭と口臭が凄そうな見た目をしている。
 しかし裁判員裁判であるという事もあってからか、検察もそういった些かばかりオーバーな表現を用いて煽る姿が目立った裁判長もそれを止めることはしない。ここに(おそらく)誰もこの男の味方は居ないのだろう、と法廷に漂う空気から感じ取れた。

 裁判員裁判で傍聴人も多い中で彼の自尊心は傷つけられたのかもしれないが被害者の女性のことを思うとそれだけでは足りない。
 性欲が強いと自称する被告人はかつて出会い系サイトや所属していた乱交グループなどで500人以上の女性と関係を持っていたがなんだか飽きてしまったという。
 少なくとも私は乱交グループに所属して500人もの女性と関係を持ったことはないので分からないが「性欲が強いなら所属したままでいいじゃん」と思ってしまう。少なくとも「性趣向」「性欲」の2つの欲求の内、一つでも発散されれば幾分かは問題解決されそうなものではないか、と思える。
 そもそもその供述のが本当かどうか怪しいものだ。そもそも彼を相手にする事、それ自体が相当”アブノーマル”だ。そこまでアブノーマルなプレイを求めるアブノーマルな趣味な人間という人はそう居ない。そんな人間が500人も居るのならばもう少し私の相手をしてくる女性がいそうな気がする。そうでなければおかしい。
 
 彼のそういった供述やSNSに流出させる様子からして、自分が特別であるという事実を求めていたのではないかと思う。
 性欲の発散、アブノーマルな趣味だったりといった欲求に関しては「そういうお店のそういうオプション」を利用すればいいだけだ。
 なぜ、そうしなかったのか。金銭面などの問題も少なからずあるだろうが一番は「それは誰でも出来てしまう」ということだ。根底にはルサンチマンといった思想もあったとは思うがそれだけではないのではないだろうか。
 容姿にも恵まれず、それでいて相手にも恵まれない。極めつけには経済的にも持たざるものであるが故に、それらを持っている人にも手にすることが出来ない”所有物”を求めたのではないのだろうか。
 それを持つ事によって”自分にはこれがある”というある種のヨスガの様なものを持つことで人生に意味をもたせようとしたのだろう。
 人生の意味なんてものは自分で勝手につけるものだ。しかしそこで手っ取り早く安直なものを選び、その上で他者を巻き込む人は少なくない。
 
 発想力も表現力も何も持ち合わせない人間が安易な考えで自分を特別な存在にしようと奇行に出る様に、彼はその方向性が犯罪へと向かってしまったのだろう。
 
 しかし、彼のSNSのフォロワーは80人程度(現在時点の私のこのnoteのアカウントのフォロワー数より多いが)でネットの中でも彼はさほど相手にされていなかった様だ。皮肉なものだ。
 結局の所、被告人の性欲だったり性癖なんてものが原因ではなく絶望的なまでの浅はかさと想像力の欠如。自分を少しでも良くしようとする向上心の無さ。そして孤独。そういったものが真因に感じる。
 そして何より彼の知能指数によるものが一番大きいところを占める様に思う。
 稚拙極まりない供述内容からも彼の知能指数というものは伺い知れる。その特性は他者とのコミュニケーションすらままならなくさせる。故に仕事も続かず、自分の世界に閉じこもり最終的にはこの有様だ。
 そしてその社会生活を送る上で必要な知性を有していないがために理性というリミッターが壊れて倫理観などよりも自身の欲求を優先してしまう。
 
 犯罪の中でも最も低俗な裁判で、傍聴を終えてからも定期的に思い出して胸糞悪い気分になる裁判だった。
 調べてみると似たような事件というものも結構存在するし、そもそも女性に対して乱暴する類の事件となると相当数になる。
 そして性犯罪の再犯率というものは圧倒的な高さを誇る。これは覚醒剤などの薬物と同じ様に”体験”を目的とした犯罪であることも大きな要因だろう。病的な類の万引きといった窃盗の再犯率が高いというのもそれと近いものがあるのだろうと思う。
 そしてその体験というものは思い出となり、美化されていく。学生時代に思いを馳せる中年のそれと同じである。そういった中年の夢との違いは再び犯罪を犯す事により「その夢の中に戻れてしまう」ということだ。
 一度その分水嶺を超えてしまったらもとには戻れない。

 しかし、そういった犯罪に対してのある種のカウンターカルチャー的な犯罪も産まれている。
 痴漢冤罪でっちあげなどの虚偽告訴のようなものがその一例だ。
 私はそれに対しての恐怖が強いため、電車に乗るたびに痴漢冤罪が怖くて空いている時間帯にしか電車に乗りたくないしできる限り誤解を招く行動は避けるようにと心がけている。
 しかし、今回傍聴した裁判の様な事件の例などを見ると意図せず冤罪が起きてしまうのではないか、というふうにも思える。恐怖を感じるあまりに過剰に反応してしまう女性も居るのではないか、と。
 こういった事件調べれば調べる程に、「過剰な反応」をしてしまっても仕方がないのかもしれない。とも思えてくる。だからといって息を耳元でかけられたから痴漢だ。という声を聞くともう家から出られない。実際そういう人もいるかも知れないが満員電車で押しつぶされているときには呼吸も乱れる。それで痴漢にされていたらもうどうしようもない。
 また、情事の際に女性がもったいぶった様な形で「いや」という言葉を発した時点で不同意性交等罪に問われる可能性が生まれる。
 アミューズメントホテルの一室ではまんざらでもない表情で「やー、だめだってぇ」とかなんとか言いながら情事にふけるアベックは一定数いるだろう。そういうありふれたサインが逆に犯罪のサインになりうる。恐ろしすぎる。実際、それを逆手に取った美人局は露呈しずらい背景から事件に発展せず人知れず被害にあっている男性も少なくない。

 そういったことを考え始めるとなんだかもう人間として暮らしていくのが嫌になってくる。家から出るのも嫌だ。
 
 私としては穏やかに猫ちゃんを愛でて生きていたいだけだというのに。

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