個人情報が流出した話 NTTのやつ

 先日、ネット通販で弟の誕生日プレゼントを注文した。

 弟はミリタリーアイテムが好きなので通販サイトを漁り、シンプルなデザインで使い勝手も良さそうなボタンに錨マークがあしらってある可愛らしいデッドストック品のアメリカ海軍のシャツを見つけた。
 ただ、通販サイトというものは不思議なもので何か特定の目的のために活用していたとしても気づけば「何か無いかな」という漠然としたスクロールが始まっている。
 そうして始まった途方も目的もないスクロールがある商品で止まった。弟のプレゼントを注文した翌日の出来事である。
「スウェーデン軍デッドストック プリズナージャケット」
 私はデッドストック品が好きだ。古着だとデザインとサイズが気に入っても状態という難関があるがデッドストック品だとその問題が大幅に改善される。その上で長い歴史を持っている。それは圧倒的なロマンだ。
 また、このプリズナージャケットは捕虜に支給する用途で作られたものだ。それが今、通販でデッドストック品として出回るという事は「使う必要がなくなった」ということだ。
 世界には戦争が尽きないがそれでもこうして必要のなくなったアイテムがあり、それをファッションとして楽しめる時代なのだと思うと少しだけ心があたたまる。
 そういった背景も加味した上で、それはコットンツイル生地は使われている糸のムラの関係で角度によって玉虫色のように見える深緑のジャケットで、裾は少しばかり眺めの三つボタン。袖も少し太めだがそれでもダーツ縫いが入っており、シルエットは細身で野暮ったくなりすぎないデザインがすこぶる良い。
 最近服を買いすぎていたので少し悩んだがこういう服は今後値上がりしかしないことが多いので購入するに至った。
 
 それから私はワクワクしながら到着を待った。店頭で買う買い物とはまた別の楽しみというのがネット通販にはある。届くまでの日数も含めて楽しむことが出来る。
 先に注文した弟の誕生日プレゼントが当初の予定よりも1日早く届いた。それを受けてこれは私のジャケットもすぐに届くかもしれない。と一層ワクワクする。
 届いたシャツはDSCPの印字がされたビニールに包まれており、自分のものではないがこれもまたテンションが上がる。「DSCP」とは「Defense Supply Center Philadelphia」の略で、国防補給センターフィラデルフィアというミリタリー物資の供給組織で製造されたことを意味する。本物だ。
 
 翌日、仕事を終えて帰宅すると郵便受けに不在届が入っていた。「早くも届いたか!」と逸る気持ちを抑えきれずに手に取ると送り主の欄には「NTT」と書いてある。その上簡易書留郵便の欄にチェックがしてある。なんだか嫌な予感がする。
 そもそも私はお硬い手紙が嫌いだ。どうせ値上がりだの何だのろくでもないことしか書かれていない。簡易書留ともなると一層恐怖感が増す。その時点で”値上がり”程度の内容ではないということを示唆している。料金未払は無いはずだが・・・と様々な考えが巡るが答えは出ない。
 
 ジャケットが届くワクワクが台無しになりしょんぼりしながら再配達手続きをすると翌日それは届いた。
 「親展」「簡易書留」「重要なお知らせ」という物々しい表示が憂鬱を加速させる。ええいままよ、とハガキを開くと「お客様情報の不正流出に関するお知らせとお詫び」という表題と共に目をそらしたくなる内容が長々と書かれていた。
 
 そういえば少し前にニュースでやっていたような気がする。定期的にこういった個人情報の不正流出事件が起きていた為に当時は「またか」と流していたがまさか自分の身にそれが降りかかるとは思わなかった。せめてもの救いはクレジットカード情報までは抜かれていなかったということだ。
 
 自分の身に降り掛かったことによりなんだか興味が湧いてきたので私は例のごとくキーボードを叩いた。
 
 今回の流出事件に関わっていたのは陰毛のような前髪が力なく広い額に横たわる60代の元派遣社員の男性だった。10年にわたりおよそ900万件の個人情報を名簿業者に売り、2000万近い現金を受け取っていたという。単純に割ると年間200万だ。年収が200万増えると思うと随分と自由が増す。金額だけ見ると羨ましい。しかし彼は結局逮捕されその償いをすることになった。
 動機としては「金に困ってやった」「(不正だとわかっていたが)やめられなかった」ということである。
 60代、真っ当に働き続けていればそれなりに積み重ねるであろう資産。なくてもこんな事件を起こすほどに経済的にマイナスに出来るのはある種の才能かもしれない。
 その事件を見て、「闇金かどこかに借金がありその返済としてやらされていたのでは」という疑問が湧いた。
 個人情報なんて情報としての重要性、価値は理解していても個人で持っていたところでどうしようもないのではないか、と思えたのだ。
 実際、私の家に山のような個人情報があったとしても「これ、どうすんの」と退廃的6畳間の片隅に追いやられホコリを被るのが関の山だ。
 
 そういった買い取りをするアングラ世界の住人との繋がりがなければそうはなるまい、と思えた。しかし調べている中で今回流出した情報の一部が貴金属販売業者へと流れ着いていたという報道が見つかった。
 どうやら真っ当?な名簿業者なるものが存在するらしい。調べてみると老舗の名簿屋なんてものもあるようだ。「DM代行も承ります」なんて広告すらある。
 それを見てなんだか納得がいった。
 
 今ほど個人情報というものが重要視されていなかった頃、そして情報の伝達が遅かった頃には何か商品を売り込みたいときにはそういった名簿から興味がありそうな層に電話だったり訪問だったりといった手法で売り込みをしていたのだ。そういえば私の幼い頃はそういう時代だった。
 そしてそういった名簿屋に大学生なんかは名簿を売って小遣い稼ぎなんかをしていた時代があったのだ。そういった歴史があってからか、結構ずさんな業者も多いようだ。
 下記はとあるブログに書かれていたものだ。
 
以前、仕事の関係で名簿を持っていた、会社も倒産してそのまま私が保有することに。

数社の名簿会社に買取査定を申し込んだ。

ネット検索で上から電話をしていった。

すぐ、対応してくれて二つ返事の会社は査定も翌日で、そんなに高くはないが買取してくれた。

同時に、他3社に査定依頼していたが、

しつこくどういう経緯の名簿なのか、私は何者なのか
身分証明を提示しないと取引しないだの
うっとおしい会社は、もう買ってくれなくていいから!って感じでした。

あとは、今調査中ですって、1週間以上どこで何を調査してるんだか、わからないこと言って
結局買取はできませんっていう名簿屋

最初に即決で買取してくれた名簿屋さんは、私が持ち込んだ名簿はそこそこ良い名簿だったとのことで
その後も、他に名簿ないの?ていう電話もあったぐらいです。

そういう、名簿会社は良い名簿もあって、儲かる名簿屋ですよきっと。
 
 この文章から彼?彼女?の頭の調子が良くないということがよく分かる。改行や句読点などバランスがすこぶる悪い。なにより「うっとおしい」という言葉だ。きっと「雰囲気」を「ふいんき」というタイプだろう。
 こういうタイプの人間の特徴として服装や顔のバランスまで悪いことが多いのはなぜだろうか。そういう人たちにはそういう人たちなりの美的センスを持っていてそれに則って表現しているのかもしれない。大変興味深い。
 それはさておき、この文章から名簿屋の中でも身分証の提示など割にしっかりしているところもあるがずさんな業者も少なくないということがわかる。このブログは2013年に書かれていたもので10年以上前のことだ。それでも私の感覚でいうと10年前でも随分と情報化社会になっており、個人情報保護について厳しくなっていた頃である。
 そこから推測するに、古くから名簿屋として活動している人の中の一部では「名簿を売る相手はしっかりした昔からの付き合いのところだから犯罪に使われることなどない」といった考えから出処が不明なものでも「昔からやってた」という感覚でされるべき精査がなされないまま売買していたのではないだろうか。
 どれだけ重要なものも日常になっていくと感覚はルーズになっていく。運転免許を取りたての頃は運転中、何をするのも怖かったのが今ではなんでもないように感じてしまうように、すべてのことに慣れていってしまう。
 その結果、逮捕される名簿屋も少なくないようだ。規律のルーズさがlose(ルーズ)につながるというのは皮肉なものだ。
 
 これらと似たもので所謂「鉄くず屋」みたいな存在が連想される。最近でも様々なところから金属製の資材を窃盗しそれらを鉄くず屋に売って利益を得る犯罪者が定期的に逮捕されている。
 恐らく不用品を売ったり仕事で持ち込んだりした際に買い取りの金額の高さから目につく金属がお金に見えてきたりしてこういう犯罪に走るのだろう。
 今回の事件の60代の男性も日々を送る上で少しずつ感覚が麻痺していったのだろうか。そんな世界に彼が暮らしていたと思うとなんだか侘しさのようなものが漂ってくる。
 

 ついに注文していたプリズナージャケットが届いた。1960年頃まで採用されていたそのジャケットは奇しくも逮捕された男性と同年代だ。
 早速羽織って見た所、想像していたよりもシルエットは細く、それでいて袖は少し太めで長めの作りになっていた。袖を少しまくるとワークテイストが増してドレッシーになり過ぎない、いいデザインだ。

 逮捕された彼も刑務所の中で現代日本のプリズナージャケットを着ているのだろうか。

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