居酒屋で知り合った副業おじさんの話
週末、最近オープンした居酒屋へと飲みに出かけた。
夏になるとビールが飲みたくなるが、ビールという飲み物は家で飲むよりも外で飲むほうが美味しく感じられる。涼しい店内に冷えたビール、最高だ。
なにより外で飲むと肴を用意する手間も片付ける必要も無いのがいい。
その日は夕方の早い時間だけあってか、客は一人も居なかった。カウンターに座り、キリンの瓶を注文する。昔は瓶ビールなんて注文することなんてなかったがのんびりちびちび飲むのに適しているし、なにより”大人”という感じがして良い。
お通しで出てきたツナとピーマンの煮浸しをアテにビール一杯目のビールを飲み干す頃には汗が引きはじめていた。バッグにねじ込んでいた文庫本を開き、店主との雑談を挟みつつビールをチビリチビリ飲んでいると奥で私の注文した三種の野菜の豚バラ巻きを作っていた従業員の女性から声が掛かった。
「よかったらねぇ。18時30分くらいに来るお客さん、いい人だから一回会ってみてよ。この後、時間に余裕があったら」
唐突に掛けられたその言葉に些かばかり身構える。「へぁあふぁあ!」と返事しつつ2本めのビールを注文した。
やってきたのは50代なかばの男性だった。
私が言うのも大変恐縮ではあるが、正直言ってがっかりである。
漫画やドラマならばここで来るのは女性だろう。そしてなんやかんやあった後に恋仲になるとか、そういうシチュエーションだ。私とこの中年男性を引き合わせてどうしようと言うのだ。些か醜悪過ぎるコンビである。バットマン&ロビンにもなれない。
抗議の念を込めた視線を厨房へと送るといい笑顔で「この人!」という言葉が帰ってきた。私も笑う他ない。彼も笑った。
彼の身長は160と少しくらいで、短く刈り上げられた髪の毛に真面目そうなメタルフレームの眼鏡。ポロシャツにスラックスという小綺麗なおじさんという印象だった。
彼と酔っ払い特有の言葉と言うには些か重みを失ったそれを投げ合うキャッチボールをしていると彼から興味深い言葉が飛び出した。
「フリマアプリで出品代行やってるんですよねぇ」
なんだか胡散臭い匂いがプンプンしてきた。気持ち身を乗り出しながら詳しく話を聞いてみる。
「簡単ですよ。サイトで紹介されてる商品をコピペするだけでいいので。そんなにめちゃくちゃ稼げるって訳では無いんですけど」
そう言いながら見せられた商品サイトは商品の写真にフリマアプリ的紹介文が陳列されていた。
どうやらこのサイトから商品をピックアップし、フリマアプリに出品するだけらしい。彼が見せてくれたフリマアプリの残高には5万を超える金額が表示されている。それがチャージしたものなのか、あるいはこの副業によるものなのかは分からないが、彼は「無在庫で販売しているだけ」だという。
売上の何%かを支払う形なのか、アカウントそのものが出品する為に支給されるものなのか分からないがあまり食いつき過ぎると面倒なことになりそうなので「すごいですねぇ。最近はぁ」なんて笑いながら流した。
その頃になると私は結構飲んで酔っ払っていた(そのせいでデザートにプリンを頼もうと思っていたのに失念していた。)為に会計を済ませて席を立った。
男性は笑顔で「また機会があったらぜひ一緒に飲みましょう!」と言って私とラインの交換を求めてきた。私と飲んだとて、そんなに楽しくないだろうよ、と思いながらもラインを交換した。最近、こういう機会が多い気がする。少し前にはこの居酒屋の店主とも交換した。店主は女性であったが既婚で私と同い年の息子がいる。なんかこう、もっとときめきはないものか。
これら出会いが島耕作的に私の人生に大きな(それもプラスの)影響を与える事を祈りつつ帰路についた。
帰宅し、なんだか気になったのでフリマアプリの代行出品について調べてみたところ想像していたよりも出てきた。
ハウスクリーニングの会社が手掛けているものでは、部屋の掃除と併せて「不用品」として捨てられるものをそのまま代理出品し、売れた場合手数料を支払うというプランが広告されていた。確かに部屋の掃除を依頼して出てきた不用品を引き取ってもらうと廃棄に掛かる費用が掛かってしまうがそれを売るという方向にシフトするのは需要と供給がマッチしている。
他にも「商品紹介文の作成」や「商品写真」を請け負うものから不用品を業者に発送するとそれを出品し、売れた場合それが返ってくるというシンプルなものもある。大したものである。
しかし、それと同時にやはり怪しい代理出品サイトも数多く存在した。実際、国民生活センターに寄せられた事例として「仕入れサイトの商品が少なく、広告に記載されている程稼げない。」というものがあった。
その方はSNSで知り合った人からこの副業を紹介されたという。月5000円の会費を支払い、仕入れサイトから商品を選びフリマサイトに掲載するだけで発送などはサイト運営側が行い、仕入れサイトの商品代金とフリマサイトで売却した代金の差額が収入になるというものだったという。
しかし、サイトに掲載されている商品は品切れのものが多く、そもそも簡単に商品が売れなかったことから解約したい。ということだった。
他にも盗品やコピー品が出品されていたり、注文した商品が届かず返金を求められるといったトラブルも多発していた。そしてなにより件の居酒屋で知り合った男性が使用していたフリマアプリでは無在庫での販売は規約違反である。
私は「こりゃクロだ。」と思い、静かにシャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。
翌日、仕事を終えのんびりコーヒーを飲んでいるとスマートフォンが振動した。通知画面には見慣れない名前が表示されていた。それは昨夜居酒屋で知り合った男性からであった。
「こんばんは!昨日お伝えした、洋服のサイトです」
そのメッセージの上にはご丁寧に「新🍉○○○○無在庫」というラインのアカウントリンクも送られてきていた。友達の数は331人。多いのか少ないのか分からないが私の友人の数よりかは格段に多い。にしてもアカウント名が余りにもダサく、胡散臭すぎる。私のほうがもっとまともな命名が出来る気がする。それでコンサル料を取る仕事を始めてみるのも悪くないかもしれない。
それから、なんとなく気になりラインアカウントの「○○○○」の部分を検索してみるとある企業のホームページがあっさり出てきた。阿部寛のホームページを彷彿とさせるシンプルなそのサイトの「業務内容」という項目をタップしてみる。
《ネットショップ運営》
会員費無料・どこよりも安い価格での商品提案
弊社独自のネットショップにて、会員限定で購入できるシステム
《コンサルティング事業》
あらゆる流通経路を使った商品販売のコンサルティング
企画→提案→販売の流れを構築
各媒体にあった販売戦略の提案
どうにも怪しく見えて仕方がない。シンプルなデザインや言葉は洗練された印象を与えるし、無駄を省かれたものというのはある種、芸術のような美しさを帯びたりもする。
しかし、この文面からはそういった研ぎ澄まされたモノ、というより欠落というものが実体を表したかのような醜悪さが漂っていた。
資本金は100万。取引銀行は一社で、お知らせページの更新は2016年でとまっていた。なんだか面白くなってきたので代表取締役の名前を検索してみたところ、これまたあっさりインスタグラムのアカウントが出てきた。
一番上の投稿には副業ZOOMセミナーのお知らせ。そしてYouTubeチャンネルの動画更新のお知らせである。
YouTubeの動画の方を覗いてみたが、ごく普通のつまらないYouTuberだった。カードゲームのパック開封を絶妙なテンションと張り付いた笑顔を浮かべて行う中年のその姿は現代のSNS社会の生んだ新しい形の労働者の姿に見える。
とはいえ、チャンネル登録者数は1000人を超えていたし再生数も500回を超えているものがいくつか目についた。少なくとも私よりも人気者である。
今度はホームページから販売ページへと飛んでみる。すると平成初期の通販サイトを思わせるまた怪しいサイトにつながった。
そこは国民生活センターに寄せられていた様な「在庫が無い」という事はない様子だったが服のデザインを見ると版権的に怪しそうなものがちらほら見て取れる。
そして、「どこよりも安い」を謳っているだけあって確かに安い。ショッピングモールの専門店街ではない方の服屋に売っていそうなデザインではあるが1000円程で売られている。”どこよりも”というのは些か盛っているような気もするがそれ以前の問題だろう。
生地やプリントの質は分からないが売り方次第ではそれなりに利益が見込めそうな金額に”ギリギリ”見える絶妙なラインである。
ただ個人的には趣味ではないのでいらない。
商品紹介の文面もSEO対策がいかにもされていそうな「韓国 韓流 BTS コムドット モード ロック パンク 原宿」などと神経症患者の独り言の様な単語の羅列も忘れていない。その統一性の無い系統が羅列されているのに違和感を感じるが、買う側もきっとそんなに説明文を読まない人間達であろうということが予想出来るのでさほど問題はないのだろう。
全ては検索上位に表示させるための手段に過ぎない。
実際にその商品名でフリマアプリで検索してみると山程出てきた。大体商品の価格に500〜600円ほど上乗せした金額が主で、たまに強気に倍以上の価格が設定されている人もちらほら居た。
そういった出品者の情報などを覗いてみるとレビュー欄などからそれなりに売れている様子が伺える。
また、そういった出品者をよく見てみると複数の代理出品サイトを使っている様な人も見て取れた。やはり稼ごうとするとそういった涙ぐましい努力が必要になるようだ。
その中で「海外でセレクトした旬のアイテムをリーズナブルな価格で出品しております」というプロフィール文を掲げているショップを見つけた。あたかも自身が海外でセレクトしたかのような文面に些か違和感を感じると同時に、そのショップで販売されていた海外ポルノスターが雑誌の表紙で着てそうなレオタードを見て「旬とは」という感想を禁じ得なかった。
なにかのメタファーなのだろうか。
とりあえず、少なくともこれらから私が紹介された代理出品サイトは一応それなりにまともそうに見えた。それなりに競争率があるため「楽して月収100万円☆」と言うほどではないにせよ、日々のコーヒー代くらいは上手くやれば稼げるのかもしれない。
運営側の意図としてはここからセミナーなどに繋げ、情報商材の販売へと繋げることが一番の目的で、あとは世にあふれる安価な商品を捌くコストを削減しようとかそういう事なのだろう。
真っ黒な転売サイトもあるがこういうなんとも言えない絶妙なラインを攻めるサイトは人目につかない為、もっと多く存在するのだろう。こういった「あからさまに違法ではないが怪しいそれ」の存在がこの先に巣食う犯罪への入口になるような気もする。
ちょっと稼げたな、という成功体験がその先へ進む後押しとなる気がしてならない。
ただ、それでも犯罪ではない以上規制することは難しいだろう。それに、私がこういう商売を「怪しい」という視点で見てしまうのも私が現時点で副業などをしておらず、その恩恵に授かれていない僻みから来るものなのかもしれない。
後日、件の居酒屋へまた飲みに行くとまた彼が現れた。挨拶も程々に適当に雑談をしている中で彼は物販以外にもFXからバイナリー・オプション、仮想通貨などもやっているという事で、副業の見本市の様であった。
そういった副業は飲み屋だったりアプリで知り合った人から紹介を受けて始めるのだという。聞く話によると”ビジネス版マッチングアプリ”なるものも存在するらしい。私の知らない世界がどこまでも広がっている。
また、FXはトレーダーに口座を貸しており基本的には操作をせず稼いでいるという。見せられた画面には5万円程の損益が表示されていた。それがいつからいつまでの間の稼ぎでいくらそこに注ぎ込んだのかは分からない。
ただ、口座貸しもフリマアプリと同様に禁止されている行為である。そしてこれもまた犯罪などのトラブルに巻き込まれる危険性は大いにある。しかし彼にその旨伝える事は出来なかった。
「興味があるなら紹介しましょうか?」
私が興味津々な様子を見せたせいか、彼が黒霧島のソーダ割りを飲みながら言う。私は「いやへあぁはぁえ」とぎこちない笑顔を返すので精一杯であった。興味はあるがやりたくはないのだ。
息子も家を出てね、私は単身赴任で。と語る彼はどこか寂しそうだった。飲み屋のつながりであったり、副業の場であったり、彼は居場所を求めて流離う遊牧民の様に私の目に写った。
「副業は本職では禁止なんですけどね」
そうはにかんで言う彼はどこか寂しげに映る。禁止ならやっちゃだめじゃん!なんて野暮な事は私には言えない。
こういう怪しい副業をやっている人間というのはハイブランドのセットアップにピカピカのローファーを素足で履いており(それかハイブランドのスニーカー)、髪の毛は刈り上げのセンターパート(そして少しパーマが掛かっている)の様なタイプの人間か、あるいは恰幅の良い不動産営業タイプの様な人間が勧めてくる印象であったがこんなごく普通のおじさんがやっているとは思わなかった。多様性の世界だ。
そしてなにより利用規約違反など、さして悪びれる様子もなかったことに驚いた。
彼にとってはきっと「誰かを(目に見えて)傷つけるような行為ではないし、大丈夫だろう」の範疇なのだろう。そしてこれらを語る彼からは”私を嵌めてやろう”という様な空気は感じられず、普通の世間話の延長の様であった。
それは想像力の欠如というより、そういう文化圏、世界で生きているのだろうということを感じさせられた。
ただ、毎日を彼なりに努力して暮らしているという点に於いては私と違いはない。50歳を超えてもなお、彼は藻掻いているのだ。そう思うと彼の向こうにうっすらと自分の姿が見えるような気がした。
外ではセミが鳴いている。
家の前の自動販売機では小学生がお金を出し合って買ったジュースを飲んだ後、自転車で勢い良く走り去っていった。もう夏休みだ。
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