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『留年百合小説アンソロジー ダブリナーズ』の感想

 文学フリマ東京38の同人小説の感想1作目はストレンジ・フィクションズさんの作品。文学フリマエージェント架旗透氏の推薦本。本作を選んでくれて感謝! なぜなら百合書籍で8作家も揃う作品は未経験。深い好奇心を覚えました。現代社会の「性」における関係性や捉え方には益々配慮や共存が掲げられ「マイノリティ」へも幾分寛容になっている気がします。「百合」という確立されたジャンルにも抵抗なく誰もが浸れるようになったのでは。完成度高く濃い本作、心揺れ、気持ち良い体験でした。創作作品として申し分なく価値あるでしょう。私の感想で本書のネタバレを気になさる?否。感想ごときで作品の良さは揺るぎません。その真価をもっと広く認知されて欲しい。嬉しいことに架旗氏からも一言感想を頂戴できたので共有します。また本作の収益一部は2024年能登半島沖地震へ寄付拠出されます。その志へ尊敬の念を抱くところと、編集者および作家の方々の本書制作へ感謝しつつ今後の活動へも期待を寄せるところです。

架旗透推薦コメント
 
いつも買ってるねじれ(ねじれ双角錐群)の新刊が出ない代わりに、ねじれメンバーが参加しているこのアンソロジーを推薦しました。ねじれを信じてるので。
「ダブリナーズ」って言葉の響きも良いですよね。在学中にこの単語を知ってたら留年してた連中のことダブリナーって呼んでほぼ確実に嘲笑ってたと思います。本当に知らなくてよかった。


※以降、サークル、作家の方々へ敬称略すことを予め御免申し上げます。
誤字も許してください。もし見つけたそこのあなた、教えてください。
※■文は作品の内容紹介です。


書籍案内

『留年百合アンソロジー ダブリナーズ』 
刊行年月日:2024/05/19(文学フリマ東京38にて頒布)
サイズ、ページ数:A5判、214ページ
サークル名:ストレンジ・フィクションズ
執筆作家(敬称略)「作品名」:笹幡みなみ「全然そうは見えません」、紙月真魚「海へ棄てに」、鷲羽巧「still」、茎ひとみ「切断された言葉」、小野繙「ウニは育つのに五年かかる」、murashit「不可侵条約」、孔田多紀「パンケーキの重ね方。」、織戸久貴「春にはぐれる」
表紙イラスト:幌田
百合小説合同シリーズ第三弾  2000円

■坂口安吾とヘルマン・ヘッセの引用文。
 本作のテーマ「留年」へ追従する2つの下りが印象的でした。正当な道からは外れた「留年」のもつ無様な言葉のイメージ。なのにこれら二文があることで文学的な奥深さや純情味を免罪符であるかのように感じさせます。これから読んでいく8つの作品の作風が憐れ慈しむものなのか、皮肉にほほ笑むものであるのか、どんな世界を見せてくれるか楽しみな気持ちになりました。目次のハリネズミ、かわいいですね。

『全然そうは見えません』 笹幡みなみ

■過去の告白失敗を引きずる留年女子大生と新入女子大生の出会い。

 会話のテンポがすごい好きでした。すごい噛み合ってるじゃないですか。でも心の内では2人とも全然違う方を向いている。そう思えば思うほど、会話のテンポが良い、ということの良さが深まっていく気がします。
(感想:架旗透)

 本作の表現で気に入ったのが『雨』。何の変哲もなく思えますが文学的な深さを感じられました。『真夏のような土砂降りの雨』にはじまる情景描写は序盤の導入として人物を美しく見せ、ヒロインさくらの思考と行動へ丁寧に誘引され、内面を覗く心地よい渡し舟に思えました。私は海外に住んで長くなります。日本の真夏の土砂降り雨、しかも関東地方は育ちじゃないので想像の域を越えます。そのにおい、湿感、温度、果たして東京のそれはどんなものであろうかと想像を巡らせるのが楽しくて気持ちよかったです。作中後半でも登場するのですが、いずれも雨の描写における目線は人物へとても丹念につなげる描写として施され、視覚的美を想起させます。まるで無形の心情を表す描写のようにも感じて印象的でした。
(コーヒーは出てこないのですが……)美味しそうな菓子が度々登場する。女子は本当に菓子が好きですねぇ。人生のあらゆる局面において菓子を多用する生き物が女子だと改めてふり返らされました。女子の世界では日常の困難や争いは菓子で解決され悩みや喜びも菓子とともに分かち合う。菓子とは概ね人生のパートナーなのか。本作でもそんな側面が伝わり微笑ましく思いました。銘菓の豆知識にもなり嬉しいです。
 二つの構成からなる本作。前半ヒロインさくらの立場を通じて描かれる大学キャンパスライフ。彼女の抱える悩みやトラウマへ、成人間近の人間でありながらも周りを気にして開き直ることもできない繊細さや未成熟さを見ながら、母親に理解されない人間への憐れみが沸々と湧きました。普通の恋愛観ではないことをヒロイン自身が枷のように抱え込みネガティブな気持を引きずっているところへ「悲しみ」に「美」を被せられているのか、語るに難しい情も湧き、なぜ文学的作品には悲しみと美は結びつくのかを考えさせられます。その答えを私は説明できません。これは本作、ダブリナーズという百合アンソロジーを読むことを機に学ぶべき点であるとも思いました。対する渚のさくらに対する関係性の描き方には精神的な安定感があり「安心」を見出すことができました。飾らない素朴さで書かれる彼女の人柄には温かみがあり、さくらへの気さくな救いを見出すことができました。
 渚がほぐす固まった心、嘘、いっそう深まる仲。その刹那に私の心は揺れた。
(感想:キノコ)

『海へ棄てに』 紙月真魚

 ■四回生が始まる女子大生と数カ月音信不通だった先輩。

 2人とも、お互いの友情を棄てに行ってもよかったんですよね。そうならなかったところがすごくよかったです。
(感想:架旗透)

 作品冒頭一文目から好奇心をそそられ、ぐっと心を掴まれる感覚が心地良かったです。舞台は兵庫県宝塚。夙川の若葉が芽吹いた春の桜並木、新しい生命力あふれる色合い、私には美しいと感じます。パンを齧りゆるりとぶらつく二人の姿は絵になる情景と思いました。軽妙な調子で綴られる本作の地の文からはヒロイン菜摘行生の独特な思考の癖が伝わってくるのでなんとも魅力的な作品であることよ(笑)。昭和漫画カルチャーが随所に盛り込まれてどことなくノスタルジーも煙り、味わい深く物語に引きずり込まれました。時代の作家を知っていなければ、ググらなければ、あわや死ぬ読み手もいるでしょうが何のその。大胆かつ自由な漫画家の引用に深い好感を覚えます。そしてそこへの共感もあり嬉しい気持ちにさせてくれる作品でした。
 行生の心中語り口では漫画っぽさや訛りが入るところに薄っすらと昭和かぶれの平成おやじギャル臭さも感じ、その使い加減が絶妙で抜群に良かったです。ヒロインを濃ゆい人物像に作り上げられていて魅了される気持ちで親しみが湧きます。対する藤深春はたぬき顔の行生と対極的なすっきりづか美人さん。自分にないものへ魅力を感じてしまうのは百合においてもパートナーシップの条件として変わらない要素であるのかと思わされます。そして堅実に学業をこなしてきた者と、汚部屋を築き放蕩まがいに学生期間を溶かしてきた者、両者の対比が鮮明で印象的でした。行生が先輩に頼られなかった悔しさに泣く気持ちと、先輩が汚部屋でチョコを齧って死ぬに死ねない笑えるけど現実味溢れるシーン。これら二つの要素へ読後にも彼女らを思い出しては対照的な二人に惹かれ、その関係性を魅力的に感じていました。
 嬉しい描写としてはコーヒーです。私はコーヒーが好きで触れずにはいられないので。大学生とインスタントコーヒーの画的美しさを本作で見ました。これはインスタントであるからこそ良くて、汚部屋で見つかるのが淹れるに丁寧さを要する豆のコーヒーではどこかちぐはぐ。よってモチーフにインスタントを選ばれた鋭い観察目と、伝わるリアリティがとても好きです。安価な香りの湯気、適当な苦みと風味。二日酔いの雑な朝への丁度良き表現最高でした。
 土手かぼちゃ、すかぽんたん。波打つ海を蹴る心は言葉にならない情動。そんな気持ちに私の心は揺れた。
(感想:キノコ)

『still』 鷲羽巧

■日記を付けなよ、とあなたは云った。 

 「留年」感がすごい鮮やかに描かれてて…。これは学生課が留年した学生に心の手引き書として配布するべきでしょ。どこにも行けないんだけど、どこかへは繋がってるんだよ感が最高でした。
(感想:架旗透)

 ポエム的日記、或いはその逆でしょうか。京都の学生生活がそこにはありました。文面には静寂や大人しさ、強さを感じました。本作の目線「わたし」のすぐ先には割と近距離で「あなた」がいつもある。そのおかげでしょうか、読んでいるととても気恥ずかしい気持ちにさせてくれます。その点においてとても現実味のある作品ではないかと思いました。まるで近親者や友達といった近しい人間の見てはいけない秘密の手記を見つけたような気持ちになります。記されていることの多くが「あなた」であることから相手への熱がありありと伝わってまどろっこしさも感じて突っ込みたい情動も湧いてきます。同時にこういう気持ちが湧き起こる自分を発見して味わい深く驚かされた次第です。
 この作品の良さは文面以上に多く語ってるようにみえる画にもあると思います。私がなぜそう思うのかそれなりにわけがあって、描かれている場所を知っているからだと……。パースをしっかり捉えた緻密な線による風景の挿絵は作家自身により描かれたドローイング。かなり上手な腕前。私は京都出身で一見してこれが地元の景色であると分かります。おかげで絵からくる強い情報作用からは鑑賞より俄然、記憶の蘇りへ移行しました。古本屋の並木はイチョウの木。京都市内なら普遍にどこにでも街路樹で植わり、既視感ある駅は叡山電車のどこか駅っぽく、本能寺側を背に寺町三条シャッター横は高級すき焼き処三嶋亭、向かいは梅園とかに道楽。聖護院や岡崎辺りは近衛通りより東側に入れば小さな学生アパートと古めかしい民家が雑多に混在し小さな裏路地があちらこちらに密している。本作で描かれるペン画の幾つかの場所は、まさに私が日常歩いていた所。郷愁に満たされて、溢れる懐かしさはとめどないばかり。私をこんな懐かしい気持ちにさせた罪は深い。最高です。ありがとうございます。褒めています。(喫茶店でコーヒーの描写も見たかったな。)
 思えば京都は小さな地方都市。観光産業を除けば学生さんのおかげで経済が成り立っている面もあります。それを思うと学生時代のひと時を、せめて大人社会で厳しく生きていく前の貴重な時間を、本作みたいに緩やかに美しく流れる時間であればよいと思わずにはいられませんでした。
 白黒描画の風景は鮮やかな郷愁を誘った。アナログは消えないと信じたい。その芸術性に、感性に私の心は揺れた。
(感想:キノコ)

『切断された言葉』 茎ひとみ

■いつも自分の似姿をしていた幼馴染の記憶をいつの間にか忘れていて。

 これ大好きでした。絆ってなんで純度を上げてくと邪な感じになっちゃうんですかね?(笑顔)
(感想:架旗透)

 結論から言いますと本作、怖かったです。女って怖い。そんなこと言っちゃダメでしょうけど、しかもフィクション作品を読んで言うことじゃないでしょうにと自分の言葉に反省もしながら。この作品には「そうきたか!?」という思いが強かったです。本当に。見事なドローイングの入った作品の次にこれか!という思いでした。そして間違いなく学びになったこともあって。本作を通じてミラーリング心理なる言葉を学びました。短い作品ではありながら複雑さも見えて心揺らしてくれた一作でした。
 乃梨子が姉の宴席をきっかけに思い出した塔子という存在。そこから若いうちの10年は大人のそれとは違って多感であるから気持ちの変化に富んでいることを改めて実感させられます。小中高の日々は大人になってしまってからの年月とは比べられないほど情報量、密度がある。子供ながらの社会的秩序がある。だからこそ、そういう中での劇(ドラマ)が重く深く心に刺さってくる側面はあるのだと思います。本作における乃梨子の記憶をたどっていくシーンからは少女二人の少しいびつな、周囲とは違う特別な深い関係をリアルに見せられている気持ちになりました。「奇妙なフィクション」が一つ然もありなんと言えることに驚きと感動があり、すごい同人小説アンソロジーだと納得します。
 幼い乃梨子と塔子がやっていた「記憶の共有」には説明するのが難しい感情に訴えてくる不気味さがありました。ただ、幼さを彼女ら二人の世界に見ていたので変質的なモノには思えない純粋さをそこに見ていました。中学生として学校社会内での距離の芽生えと共にその気持ちは互いに崩れて、高校で素行的に問題はありながらも成長を通じて終わりを迎えたようにみえていたので、割と平静な気持ちで読んでいられました。どこにでもあるような女の子同士の腐れBFF感と言いますか、ズッ友(死後?)そういうのを見ているような。そこへ火に油を注いでいた菜摘の存在にはまんまと騙されたような気持ちで最終的に笑えました。こんな表現はつたないと思いますが、この作品には文学的な心の揺れ、奇妙な感覚があった気がします。そう思うのは自分に置き換えて縁が無かったからか……。心の深層で畏怖に揺れた作品だと思います。怖かった。
 戻る記憶とサイコパスとの再会。いびつな関係に私の心は震えた。
(感想:キノコ)

『ウニは育つのに五年かかる』 小野繙

■ウニより天啓を得たウニ大好き少女。北大生活では映画同好会に属す。

 どこにも行けなくなってしまうこと、一人になってしまうこと、ゆっくりと育っていくことは少しずつ異なっていて。でもその全てが等価で詰まっているのが留年なのかもしれませんね。
(感想:架旗透)

 百合であるのかないのかはておき、小説としてとても面白い作品でした。コミカルでありながら涙誘うところは悲しく沈む感情が沸き起こります。作中様々な場面で感情に訴えられる明確な強弱(緩急)があり夢中にさせられ楽しく読ませてくれました。何がすごいかと言えばタイトルにもある『ウニ』ですよね、やはり。この言葉の吸引力に普通じゃない表現力の一端を見て素晴らしいと感じます。百合、留年、ウニ。三つの要素がどう絡み合うのかという驚きと期待が本書を手にする前からありました。耽美的シリアス展開の作品ではないだろうとの予想はある程度あったのですが、想像以上にいろいろ破壊力あり過ぎて面白かったです。登場人物もみんなそれぞれに個性的。表情豊かで群像劇として見ても楽しめる作品です。
 本作から作品導入の大切さを改めて学び得たのですが、ダブリナーズ集録作全般に共通して言えるのが一行目からの美しさや気持ち良さではないでしょうか。つくづくそう感じます。本作においてはぶっ飛ぶ大胆さがあり、いともた易く作中に引き込まれました。
 人物での魅力というか、巧みに考えられて作られていると感服したのが美里という女性でした。ヒロイン夢野まほろも凄かった、確かに。頭抜けてキャラがぶっ飛んでいた。だけどそれとは別で美里の作り込みに驚かされました。彼女からは一見して想像しない裏も隠されていて捻りある人物像だと唸らされます。対を成す小春からは彼女の不登校時期の回想シーンで思春期の社会、とくに日本における閉塞的な独特の空気が及ぼす若者への影響を見たような気持ちでやり切れない思いになりました。それでもその社会と向き合い、育たないといけない若者の健気な姿勢が美里と小春を通じて描かれていたように感じます。いわゆる信頼関係が築かれていくよりも強い絆がつくられていったと感じました。彼女らがつくった同好会ではコミュニティーで必要とされる大義名分のない小春の惰弱性と傍らにいる美里の行動描写より「人の集い」において現実を突きつけ、二人の経験と成長を見守る目線を与えられている気持にもなり奥の深さを感じていました。それをちゃんとくみ取れるまほろの真なる目の良さ……深かったです。
 ウニも人も育つまで時間がいる。待ちましょう。そんな優しい世界に私の心は揺れた。
(感想:キノコ)

『不可侵条約』 murashit

■――描写する、私、店主、ふたりぐみ、奥の座敷、客席。

 実際にそばで聞いてたら発狂しそうな痴話喧嘩っぷりにゾクゾクしました。言っちゃいけないことも言わせてしまう、留年にはそういう魔力があるんですね。
(感想:架旗透)

 同時進行形の調和感。まるでカット無しの長いワンシーンを固定カメラ一機で撮ったドキュメント映像を観ているような気持ちになりました。綺麗だと思いました。文章で表現されている特殊さも面白く。何に面白さを感じていたか。それはタイトルにもある不可侵さでした。舞台は居酒屋。その空間に存在する個々の領域から伝わる状態、言葉、動きなどは決して干渉し合うことなくシーンが展開されて終わっていく。居酒屋内を描写する。その店主を描写する。私の心象を描写する。ふたりぐみを描写する。奥の座敷を描写する。客席を描写する。召使。そのどれもが居酒屋という場において各々一つずつ並行世界で交わることがありません。交わらず始まり交わらず終わっていく。それでもその世界(場面)に一つの調和を感じて読むことができて面白いんです。引き込まれる感じがしました。平行している状況を追うならばそのように情景を楽しむこともできる。また目線を変え別の方向から見れば「ふたりぐみ」を主軸で作品を観ることもできる。同じようにその主軸は「私」や「店主」であっても良くて……。登場人物それぞれの空間での役柄、仕草や挙動へ没頭する読み心地がありました。
 本作は一見演劇の脚本のよう。ともとれるのですが私は実際のそういう脚本を手にしたことがないので想像の範疇ではありません。専ら短い作中の世界に独自性を感じたし、伝わって来る臨場感は現実の経験、ふらりと入った居酒屋のまさにそれで、スッとその世界を心中に思い描き、ある日ある時ある居酒屋で起こっている一幕を視聴覚的な情報として触れている気持ち良さがありました。
 私の場合本作で自分の心が乗ったのは居酒屋の店主でした。日本での飲食系アルバイト経験があるからかもしれないけど、居酒屋の客に親しみが湧くんですよね……。「ふたりぐみ」や「私」などの客を音や気配で感じ取りながら労働時間を費やす。客と自分には距離感や別世界感がある。そう、これこそが不可侵の構え。サービスの瞬間以外介入しない関係性。でも店(我が領域)であるからには一定の認識だけは持っておかないといけない感覚。店主は仕事中、内心何を考えているか。憶測と共感みたいな感情が湧き起こりなんだか懐かしいような、嬉しい気持ちがありました。
 立場は交わらない平行線。居酒屋舞台の調和を観た私の心は揺れた。
(感想:キノコ)

『パンケーキの重ね方。』 孔田多紀 

■K女子校軽音楽部で起こるカップルのいざこざを解く。

 ハッスルしたジジイが事をややこしくするのはミステリの王道のはず。多分。一番エンタメを感じて楽しめました。(楽しんでいいのか?)
(感想:架旗透)

 群像劇寄りの作品であるように思いました。ミステリー感があるにはあったけど叙述的なトリックを巧妙深く作られた感は分からなかったため、展開される場面を素直に読んでお散歩を楽しむ感覚があったと思います。『六枚のとんかつ』は残念、知らないです。どちらかと言えば私は、本作からは作家が訴える強いメッセージ性への解釈をどうこうというより、登場する女の子たちのキャラクター性とか可愛いらしさへ目が行き、俄然そちらを楽しんでいたように思います。ええそりゃねぇそうですとも。多分そう読んだほうが楽しいと思ったので。人物の仕草、得意分野や関係性を思い描き楽しむ。そしてそういう可愛い女の子たちがバンド活動をしている。事件が起こり、葛藤があり、解明があり……。女の子グループだけを描く小説に触れた経験がないので珍しさを伴う面白い経験でした。アニメが割と好きでしばしば観るのですが、随分前に女の子が戦車を駆るタンクアニメがあったのですが、それを楽しんでいたときのような気持ちに近かったと思います。
 あるわけないんですよ、あるわけ……。そういう場面もしばしば作中に見受けられて、でもそこに我々が社会の現実やルールの厳しさから逃れたい(無視したい)ような思いを感じたり夢があるように思えたり、こういうことやってみたいよね!って誘いが見えように思いました。おかげで読んでいる自分が心に抱く下世話なさがを発見したり、俯瞰した目線を持ったり、フィクションなのは理解しているのに大人げなく揚げ足を取る気持ちがある自分を自覚して、そんな己の反応を客観視すると笑えて仕方がなかった感じです。昭和の中年恥も外聞もない様を省みる情けながさここにあり。
 折角ですから、パンケーキ大国に住んでいる身として触れておきます。パンケーキは食事です。断固として食事。朝食です。ランチでも良いでしょう。とにかく食事。たとえクリームつけてシロップかけても食事です。個人的な理想ではクリームと本物メープルシロップ。あとスクランブルエッグとソーセージやベーコン、ポテトがつくと最高です。そして忘れてはいけないのがコーヒーです。
あの菓子あの歌 パンケーキどこへいった
持っていく強いインパクト 夜のお菓子静岡の銘菓
なぜそれ買った土産 私の心全部持ってった  
持ってった
(感想:キノコ)

『春にはぐれる』 織戸久貴

■ピンク髪先輩と大学で馴染んだわたしは後輩海莉に愛された。

 もはや世界が留年してる。すごい。辛いことが降り積もり続ける閉じた世界でどんな気持ちで生きていくかって今後ますます大切になると強く思いました。私もそういう小説を書きたいなと強く思わされました。
(感想:架旗透)

 留年ってそんなにダメじゃないのでは。改めて考えると真にその良し悪しの判断を下せる人間はいない。そう思わされた作品でした。誰にだって何かしら事情はあるし現役卒業ばかりが人生ではない。けれどこう考えるのは大学時代が遠い過去になったからでしょうね。今じゃ歳をとったから過去へそう思うのだろうと。少なくとも本作を読んでいると、作中の大学生(若者)の層が卒業後抱えて行かなくてはいけない日本社会のお荷物や理不尽は私が現役で大学生だった時分よりずっと多くなっているように思います。不条理や苦しさに声を上げる手段は増えたと思いますが、そのぶん周目も増えました。飛来する礫も多くて尖っているのではないかと思います。未成熟な人間(精々大学生まででしょう)が彼らの最後のゆりかごが学生という身分であるなら、できればその時に人の愛情に触れておくことができるのはどんな形であっても大切な機会になるのであろうと思わされます。フィクションとして使う「留年」には夢があるように思います。現実においても地に足着いてない感は傍から見ればいくばくか。だけど現実に向き合うべき瞬間の「人間」も描写しなくてはいけない。現実(社会)はいつでも留年の真横に在って、学生じゃなくなる者を待ち受けている。その描写こそが作品に奥行きをつくるカギのように学べたと私は思う。潮木先輩からはそう感じました。
 百合をどう言うべきか、大切にしたい相手への気持ちですよね、愛情とは。それは男女でも変わらない。ただ何と言いますか、奇麗さでしょうか、より汚さを見せないというか……。そんな気がしました。
 嬉しかったのは本作も京都が舞台。生まれ育った記憶にある京都の冬よりずっと雪険しく描かれているように感じました。確かに市内三方角山に囲まれている故、左京区や北区だと雪国程ではないけど冬の雪は多い目なんですよね……。出てくる通り名も土地勘あるので想像し易く、作中人物の移動感覚が手に取るようにわかるところが多かったです。和菓子処の鶴屋吉信が出てきたときは「人気の和菓子処を抑えているじゃないか……」などと二ヤついたりしました。そしてコーヒーの日常描写も個人的に嬉しいかったです。簡易さで味わう学生らしい暮らしぶりの表現で気に入っていました。
底冷えの冬、鍋パのぬくもりに私の心は揺れた。
(感想:キノコ)

『あとがき』

 私は留年なし、浪人ありです。「またぞろ。」は知らんかった。
滋賀で大学生をやっていたのですが、京都の文系キャンパスに進学すればこんな素敵にほろ苦い学生生活が待っていたのかと一瞬思い、黒い感情が胸中をよぎりました。(感想:架旗透)

 集録作家皆さんそれぞれのコメントが寄せられており、これはかなり嬉しいです。作品執筆の感想や留年に関する実体験を振り返る内容が伺えて貴重な声ではないだろうかと思いました。個人的に小野さんへ思ったのが、笑いを取りに行くスタイルなのか、次の課題を提示していて、それがまたろくでもない方向で、笑うしかない。編集浦久さんは身もふたもない感じで笑えますね。面白かったです。(感想:キノコ)

表紙イラスト 幌田 / 表紙デザイン ななめの / 編集 浦久 ななめの

 漫画『またぞろ。』の漫画家さんが手掛ける表紙イラスト。雨模様のどんより湿気で重たい空気感は明度低い色調から伝わってきます。刺し色の赤系色と青系色がしっとり濡れる物体の艶っぽさを引き立てているのではないでしょうか。水の表現における透明感に魅了されます。相合い傘下にある二人の女子の表情は購買者の手を誘うかのよう。二人の関係性をこちらに色々妄想させて内容が気になる好奇心を抱かせます。表紙デザインはイラストの構図を大切にされたタイトル配置。下地に使われるピンクと黒の配慮が良い仕事だと思いました。ロゴの字体も細目で表紙全体では重さを感じる強い色合いの中でスッと軽く抜ける良いアクセントになっていると思います。背表紙地色と白抜き文字、こちらも表紙イラストの刺し色(青赤系色)の混色系で色合わせが心地よいです。裏表紙の画像と文言も良くて、留年を、人生のその一時は完璧主義じゃなく優しく包まれたい思い、その熱が込めて作られている気がしました。
 組版のことへ私の記憶はもう遠いから多くを語れない。A5版二段読みの小説は久しぶりでした。慣れの問題だと思いますが読みづらさは直ぐ補正されました。2ページ読めば気にならない。ダイナミックだと感じたのが各話タイトルページ。中央にドンとある大きなタイトルと作家名はなかなかのもの。A5版だから尚のこと強さを感じます。それでいてMSP明朝っぽい細字なのが物腰柔らか。作品本文書体も同じですよね多分。個人的に私は細めの書体に目が慣れているのか、本書の本文は見目良く感じました。文字の大きさ9ptでしょうか、行間、ページの余白もちょうどよい。作品の雰囲気から紙色は淡いクリームでも綺麗だなと思いました。好み……かな?。

 当初、架旗氏はなぜ百合アンソロジーを推薦されたのか意図が理解できませんでした。百合好きだっけあの方?って。けれど読了して納得。作品完成度の高さに驚くばかり。集録作品全てが良かったです。後ほど調べて知ったのですが執筆作家の皆さんそれなりに立派な方ばかりなんですね……。うわあ、そりゃあなるほどだ。その……、目指すテーマが真っ当に描かれているんですよね。そこは間違いなく集録作品全てから感じ取れました。この本にある百合の愛、方向性、留年への思い、それらはみんな柔らかで優しさや温もりのように受け取れました。
 確かに架旗氏は、もとはねじれ双角錐群さんを推してくれていました。でも事情が転じて現在に至っており……。でもって驚くほど素晴らしい作品を今回推してくれました。ありがたい限りです。学びもちゃんとありましたし。これで『留年百合アンソロジー ダブリナーズ』の感想は終わりです。本作の良さは伝わったでしょうか?そうであれば私は嬉しい。惹かれましたならぜひ本書作品をお手元にどうぞ。
 えっと……、再版、ありましたっけ?


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