見出し画像

『野球SF傑作選 ベストナイン2024 齋藤隼飛編』の感想

文学フリマ東京38の同人小説の感想2作目になるのが齋藤隼飛さん編による本作。なんですが、同人誌の感想と銘打っておきながらいきなり書店販売も既にされている商業書籍ですね、はい。文学フリマでは刊行まえの先行販売だったようです。しかしながら逆説的に考えて書店で同人誌も買える時代でもあるのと、エージェント架旗氏の推薦です。なにか意図があるのでしょう。実際あったようですし……。私のほうは個人的に商業書籍の解剖と、野球とSFが絡むという想像を超える不思議を感じたのもあるので紹介させてもらおうと思った次第です。そもそもSF作家にも明るくない私にとって非常に親切なSF本でした。おかげで想像以上に楽しめました。今回は架旗氏の各話へのコメント、残念ながらありません。スケジュールの都合上。また機会があるときにコメントお願いするつもりです。あしからず。

架旗透推薦コメント
 
これをお勧めした理由はですね、私が野球好きとかそういったことではなく、キノコさんが暮らすアメリカは野球のメッカなので楽しめるんではなかろうかと思ったからです。商業出版なことに送った後に気づきました。でも出来たてホヤホヤのレーベルなので同人誌みたいなもんです。Kaguya Booksをアメリカで流行らせるのは貴方だ!キノコさん!

(……え?:キノコ)


※以降、作家の方々へ敬称略すことを予め御免申し上げます。
誤字も許してください。もし見つけたそこのあなた、教えてください。
※■文は作品の内容紹介です。


書籍案内

ウェブメディア:Kaguya Books(VGプラス合同会社)
販売:株式会社社会評論社
刊行年月日:2024/05/19(文学フリマ東京38にて頒布)
サイズ、ページ数:A5判、214ページ
集録作家名「作品名」:青島もうじき「of the Basin Ball」、新井素子「阪神が、勝ってしまった」、小山田浩子「継承」、鯨井久志「終末少女と八岐の球場」、小松左京「星野球」、関元聡「月はさまよう銀の小石」、暴力と破滅の運び手「マジック・ボール」、水町綜「星を打つ」、溝渕久美子「サクリファイス」、エッセイ/高山羽根子「永遠の球技」、コラム/千葉集「わたしの海外野球SF短編ベストナイン」、作品解説/磯上竜也
編者:齋藤隼飛 
発行人・DTP:井上彼方
装画、装幀:谷脇栗太
定価:本体1500円

『はじめに』

 野球界隈では最近大きな事件にもなっていました日本人メジャーリーガー付き人の賭博事件、まだ耳に新しいのではないでしょうか。あぶく銭の博打で溶かした金額でどれだけ苦しむ人間が救えただろう、夢を分けられただろう、そう思うともの悲しいですね。
 さて本書は社会評論社より発売されている娯楽性高い野球SF集。集録作品と作家についてざっくり紹介されており、私のような初見で知らない人間には助かる親切さがありました。編者の集録作家とその作品を大切にする思いも伝わってきます。本職の小説編集における仕事量と密度を想像して心躍りました。そして私は小松左京、新井素子、関元聡くらいしか知らなかった……。

『星を打つ』 水町綜

■かつて地上で始まった野球は時を経て星間へ拡大、勝敗ここに決するか。

 草野球をしている光景、現在日本ではどこへ行けば見あたるでしょうか。声かけあえる仲良しの子供たちや、気の合う野球好きな大人仲間でもよい。誰でもいいんです。そういう小さなコミュニティー間で、話し合いじゃちょっと決まんねえ、野球勝負で決めちまおうぜ!みたいなノリで始まる平和的?解決法。それこそが草野球。そんなの現存していますか?そういうのが「もしも」あって、勝敗決することなく未来永劫続いていって。だったらどうする?しかも草野球だから公式ルール―を守る必要もない。思い描くフィクション(妄想)は次第にエスカレートしていった。まさにその光景を観ている面白さが本作にありました。危機迫る緊張感は登場人物身体の生理反応としても描写され、襲い掛かる恐怖感に耐えようとする姿が印象的でした。自らを律し進もうと奮起する心の叫びからは応援したくなるような気持ちが芽生えます。描写されているメカニックはどんなディテールなのかと想像する面白さも湧きました。
 学びになった言葉がありました。蛞蝓(カツユ)。ナメクジだと知りませんでした。どこかで見たかもしれない。でも日頃からっきし使わないので全く……。他にはSF的な本作の表現で「ファウルからスラッグに切り替わる」。こちらは私の場合、恥ずかしながらカタカナだけが分かり易かった。英語とカタカナと日本語漢字本来の意味、この三つの混乱で理解が追い付かない頭脳に歯がゆかった瞬間でした。作品の固有名詞の意味を汲み取ることにばかり気がいってしまい物語に追い付けなくてもどかしい。多分これは私個人の問題。日本が日常ではない暮らしの中で日本のSF作品を稀にしか読まないレベルの人間の脳で起こった事故では。

 小さな発端、スケールは拡大。長い時の経過で命がけ。その臨場感に私の心は揺れた。

『サクリファイス』 溝渕久美子

■送りバントの挑戦は感動へつながるか。

 私は木製バットを護身用(嘘)に持っています。肩周りをほぐしたりちょっと振り回してエクササイズ代わりにします。その……、野球における感動や魅力はどの瞬間にあるのか――。当たり前にイメージできる花形的感動は、逆転満塁さよならホームランなのでしょう。いいや違う、待ってほしい。それだけではないはずです。野球が好きな人間はなにが楽しくて、面白くて、魅了されて観ているでしょうか。そこを見つめ直せる作品でした。
 MLBにおいてはアメリカ社会特有のマッチョイムズ的発想からか、本塁打競争(ホームランダービー)というバカみたいなイベントがあります。言ってしまえば脳筋的な発想でパワーがモノをいう結果生まれたショーなのでしょう。でも真の野球好きから言えば、その球技の良さって他にもあると誰もが考えているはずです。私の野球好きはそこまで深いというほどではないでしょうけど。それでも感動を覚える瞬間はプレイヤーが試合中に見せる見事な投球や送球、打球時であったり、高い身体能力が生み出せる正確な技術であったり、瞬発力ある走りであったりします。それもあってか本作で一番好奇心が乗っかった表現が「感動係数」という言葉でした。面白いことにこの言葉は本作で創られ本作で無事壊されるという現象を見ることができました。その破壊道具として送りバントへの熱が使われているように思えます。
 どんな感動へ価値を見出すのか、何も野球だけに限ったことではない。日常触れる様々な娯楽や芸術でもありえると思わされます。一つのことにのみ興味関心感動を覚えるばかりではなく、可能なら感動を覚える素材は幾つかあるほうが生きていくには豊かだと考えさせてくれた気もします。

 感動は心の真実。感動なんてくそくらえだ。その真実に心は揺れた。

『月はさまよう銀の小石』 関元聡

■キャッチボールの記憶は美しい。

 幸福感溢れる心の揺れではなかった。説明するのが難しいですが、感傷に浸る。とでも言いますか、めっぽう切なさが残る作品でした。正直なところ現代社会において本作で触れられるような事例が仮にあるとすれば、人種人権問題に飛び火しかねない際どさがあると思ってしまいます。フィクションでなかったらLIVES MATTER問題に発展し全米を巻き込む事態になるかも……と。そんな危機感を覚える。在米民として本作に見え隠れする危うい表現をどうしても見出してしまうのがツライところでした。本当にもうね、何かと昨今LIVES MATTERですから。そこから人物の外見に触れる表現の難しさへ学びがあったと思います。同時に人が本来持っていなければいけない真の正しさや強さ、忘れてはいけない異なる者への尊重や思いやりの大切さが本作に秘められたメッセージのようにも感じました。そして「良くない美しさ」のある作品だとも私にはみえました。それは歴史的不遇を交え人間の愚かさと向き合い強くある親子の絆や情愛がそこにあり、少数派の社会的存在が直面する悲話であると思えたからです。この悲話を美しく思って良いのかという私自身が胸に抱いた自問自答には正解が見つからず悩ましいところでした。

 星間の送球。通じあいに私の心は揺れた。

『わたしの海外野球SF短編ベストナイン』 千葉集

■世の中にはたくさん野球をテーマにしたSF小説があります。

 このコラムは正直にいって嬉しい。特に私のようにSF作品に疎い人間でもここに書かれている野球SF作品へがぜん興味が湧いてきます。アメリカの熱狂的スポーツの知名度は現在アメリカンフットボールこそやバスケットボールが一二の座を獲得しています。それに続くのが野球でありアイスホッケー。野球が全米一位競技の時代は少し過去になってしまいました。日本のほうがスポーツとしての地位は高いと私には見えます。けれど選手寿命でならば野球は長いのでは?
 野球とSFが結びつくという発想、私には浮かびませんでした。おかげで既存の野球SF作品を知るきっかけになったのも良いところです。そもそも読んでいた作品がSF小説であると気が付かない。あまりにも身近にSFの作品、それらは漫画や小説、アニメや映画などが存在していたがためにジャンルとして意識しなかった。そういう人間は多いと思います。かくいう私もその一人です。なんだか面白い作品。どういう分野の作品だろう……というジャンルは後付けで楽しむ人間。そうなる要因はSF分野の広大さにあるでしょう。「もし」があればだいたいの作品は広義のもとにSFになってしまう。悪く言えば混迷を極めた。それが現在の状況だとするならば著者が書くこのコラムはとても親切。SFジャンルにおける案内にもなるでしょう。そしてこのコラムがあることで本書の編者が意図するところもくみ取ることができます。編者へむけてベストナインを挙げることすらできない残念な読者である私のような人間は、このコラムから得る情報はとても有益で有難いもの。
 「奇跡の左腕ケイシー」なんかは面白そうで読んでみたいと思ったし、「馬が野球をやらない理由」にも興味が湧きます。 「ホーム・ラン」の紹介からは言われてみれば確かにそうだと頷けることもあって野球というスポーツの無限さや可能性を改めて認識することになりました。日頃意識したことなかったけれど野球が他の球技と異なる特殊性があることに気づかせてくれたと思います。私には本コラムにあるようなベストナインを列挙できる知識はない。けれど○○さんの野球SF作品を読んでみたいってんなら想像し易い。せっかくなのでこんな感想書いている時点でプロ作家を選ぶなんて毛頭ないと理解してもらえると良いですが……。

 野球SF小説の道先案内。私の心は感謝のきもち。

『マジック・ボール』 暴力と破滅の運び手

■野球で覚醒した能力。

 作家名からどんな怖い物語を読むのかと思えば全く逆のとても温かく人間味溢れるストリーだったのでかなり驚きでした。本作にある慣習や価値観こそが古きアメリカでの野球と市民の日常であり距離感だと思った作品です。かつて野球が全盛になりゆくとき、男子の共通娯楽がスポーツであれば、それは野球一択であった時代です。きっと本作に登場するような奔放女子もいたことだろうと思いました。かならず絶対。そしてそういう大好きなスポーツに情熱を注ぐ女子を描写するさまは美しくて、本作の流麗な文章から輝かしく伝わってきました。舞台となる時代背景も年号として捉えやすく、それが大切なモチーフとして見せられていたので象徴的な存在にもなっていた。ラストの奇跡が起こる瞬間も秀逸で心温められて魅了されるシーンでした。SF要素でしばしば大切にされるテーマの一つ「時空」が見事に野球と絡められているところに感動を覚えた作品です。多くの読者の心をわし掴みにしたと深く納得のいく作品だと思いました。

 投球の奇跡。美しい文が紡ぎだす時の流れに私の心は揺れた。

『継承』 小山田浩子

■母はカープの野球を父から教わったわけじゃない

 今までに野球観戦に行った経験は2度だけ。近鉄バッファローズの試合を日本で。マリナーズの試合をシアトルで。両野球チームいずれも私はファンではないですが行きました。球場で実際選手を観戦するのは面白い経験でした。本作ではチームは違えど試合を観戦する側の臨場感、鮮やかな描写へ共感を覚えて懐かしく嬉しい気持ちになりました。どちらかと言えばSFというよりは文学小説に近いでしょうね。
 ルイスがカープに在籍していた時期、2007年以降短い登板だったんですね。知りませんでした。ですがおそらく、その当時どこにでも在りそうなカープファン一家の物語のように感じました。現在私は残念ながら生活圏内で身近にプロ野球観戦できる場所がないのですが地元のサッカーを観たり、地元サッカークラブチームと大学女子サッカーチームのサポートをしたりなら過去に経験があります。野球とサッカーは異なるスポーツですが、試合に勝つとき、負けるとき、そこには監督、コーチ、プレイヤー、それぞれの采配と技術だけでなく何か他に必ず理由があると言えたり、考えたりは共通です。
 チームスポーツにおいて応援する側があれこれ思い描くチームへの情が赤裸々で、決して多くを語らないヒロインの母親の気持ちにも理解できるところがあり、ほろ苦い気持ちが湧き起こったりもしました。スポーツって不思議ですね。ジンクスとかゲン担ぎとか、成功の公式を見つけるとか、負けの原因や理由を何とかして見つけようとしてしまう。あの追求や考え込む気持ちは一体どこからくるのか。選手は確かに失敗から学び次につなげます。でもファンは何故そこまで?と思います。おそらく観戦者(ファン)は応援する選手の精神にシンクロしそのゲームを疑似体験している気持なのではないかと思います。だから負けの理由を探してしまうのではないでしょうかね。

 家族揃って野球観戦。温かいファミリーイベントに私の心は揺れた。

『阪神が、勝ってしまった』 新井素子

■阪神ファンはどこか異常である。仮説はこう?

 その……、阪神が勝つわけないと思いこんでいて、それが普通という感覚、そこには関西人としてそこそこの共感がありました。阪神タイガースはたとえ負けても恨まれないし、ファンからも嫌われない。そこには、あいつらにはたとえ負けても愛嬌があるから俺たちファンは皆恨んでないぜ。みたいな応援する側の寛容さがある気がします。
 私は出身が京都なので地元に球団はありません。そのせいか大阪人に出会うと必ず阪神ファンか近鉄ファンか選択を迫られた記憶があります。あれも今思えば意味不明な経験で。阪神ファンと応えておけば間違いなかった気がします。何なんだよ大阪人。そしてこの意味不明な発想も同じ関西人としてはそれほど嫌ではなかった。そんな彼ら大阪人ひっくるめての阪神ファンの生態を面白く描かれていたのが本作であるように思います。(あえて大阪人とは表現はされていませんでしたが、そのように解釈しても良いと思います。)けったいな納得感があり頷けるところが多かった。同じ現象、ジャイアンツファンでは起こり得ないでしょうし、ヤクルトファンでも、ドラゴンズでもないでしょう。それくらい、本作の阪神ファンの生態には理解の及ぶ範囲が広く、この作中の光景を他の人にも読んでもらって、思い描いてみてほしいという気持ちになりました。野球が好きじゃなくても、本作を読めば、阪神ファンの生態の理由について納得して信じてしまいそう。虚構なんだけど真?に迫る読み応えがありました。

 けったいな阪神ファン。その生態に私の心が和んだ。

『永遠の球技』 高山羽根子

■Google Mapでアメリカ球場ザっと見……セ、セコイ。

 フィールドにおける無限、時間の無限。さてそこで、これらと同時に発生する無限がもう一つあるのを私は知っています。それは退屈さの無限です。言いよう悪いですが試合開始から終わりまでただ観ているだけは退屈です。観るだけの学び?本心ですかそれ?(サッカーでも、フットボールでも、熱狂的に好きなチームでない限り同じく。)プレイするほうが面白い。下手クソであっても好きなら。そして下手クソでも試合に必ず出場するのがアメリカです。アメリカスポーツ界はシビアですがスポーツ運営は上位から下位までの階級社会。子供の頃から自分に合う階級でのプレイを求められます。ベンチ選手基本無し。いても必ず交代参加します。トライアウトも選手階級見極めのためにある。だからスポーツを、試合をプレイする層(母体数)が多く、おのずと設備の需要もあるのだと。人口も違いますのでね……。アメリカの球場が多く見えるのは何もプロのためだけではないからです。日本はどうやら下手クソ排除型の方向性が無くならないようで育成年代でも試合中ベンチを温めるだけの選手が発生します。そういう選手がいる限り本当にスポーツを幅広い層で楽しんでいる国とは見えないでしょう。国全体から個人の域までその投資も異なることでしょう。もし全ての選手が育成時代から平等に試合経験があれば、また違ったかもしれないと思いました。

 アメリカにおいて起こらない奇跡をベースボールとする。作品を知らないので解からない心もちでした。

『週末少女と八岐の球場』 鯨井久志

■連綿と繰り返されてきた無得点試合に初記録を残す二人。

 熱血、気概溢れる作品でした。本作には真なる悪は誰も登場していないのではいのでしょうか。古来より終わることなく繰り返されてきた0-0試合。それを茶番だとして破壊しようとするユイの友ユカリの父。彼の言葉は我々現実における世情の平和ボケした感覚へ、自らの思考をやめて他人の意見へ安易に同調する者へ向けた手厳しい一喝のようにも思えました。作中においてユイとは敵対する存在ではあるかもしれませんが、蛮行にさえ走らなければ間違った思考の持ち主というようにはみえませんでした。対するヒロインのユイはただ友達の役に立ちたいという一心でしたので、その気持ちをもとに勝負を挑む果敢な様は魅力的であるように描かれていたと思います。身を粉にして試合に臨む彼女の姿は、俯瞰してみればとんだ貧乏くじを引いた人物だとも映ります。ミラクルが起こったからこそ報われた。
 世の中を変えるならどちらの選択を望むのか。蛮行に及んでまで歴史を抹殺するか、ルールの中で足掻き勝ち取り新しきを築くか。そこを考えさせられた気がします。

 ヒロインの根性、血と汗が私の心を揺らした。

※本作初版段階にて作中、野球競技上での表現の妙といえる箇所を拾いました。読了で既知の方もおられるかと思います。商業書籍ですので重版で修正をされるとよいなと思いました。

 『星野球 小松左京 / 星野球 解説 小松実盛』

■まさかこんな殿堂入り大家の感想いるのでしょうか……(私語)。

 壮大な未来の宇宙空間で行われた試合の結末。ラストの収束の小さすぎるあっけなさ。どうしたって牧歌的で恨みない情景はうかびます。雑味ないSF。一読で想ってしまうのは昨今目にする作品の情報量の多さでしょうか。それはもう当たり前のことで、良し悪しではなく、回帰されることは難しいSF史が生み出した蓄積であると思わずにはいられません。現代SF作品が一つのジャンルの中でさらに多く分岐した結果だと考えさせられます。本作は言うなれば石庭。一なる美。SFの原点があるのではないか思うところでした。

大家のスケッチ画像が入っているの、ちょっと嬉しいですね。

『of the Basin Ball』 青島もうじき

■いつ終わるともしれないあなたの旅。

 なんでしょうか本作、捉えどころのない文体で幻想的に表現されているようにも感じたのが印象的でした。あなたを読んでいるのかわたしを読んでいるのか。わたしがあなたを語っている、という解釈で未来の宇宙空間航行での長い旅行をインフィールドフライの記憶の瞬間ともだぶらせて語られているのか。いっぷう変わったポエムを読んでいるようにも思わされます。航路のさなかあなたの意識に介在するわたしの描写は、肉体を持つ術を必要としなくなった意識体のあなたへ「あそび」と称して語り続ける様に硬派なSFを感じました。長い時間の経過と引き続くこれからの長々しく果てしない時間を思わせ宇宙の広大さを訴えかけてきます。
 私は野球のルールに関して明るくないので、本作で「乱数表」というのを知りました。MLBにおいてなら、パワーが支配する世界なのでどんなに読み取れてもおのずと廃れる結果になったのは現在の様を見るに明らかだと思いました。逆に言ってしまうとパワーばかりで戦略的面白さに欠けるのがアメリカ球界ではないかと。

※本作にも所々に表現における妙かどうか不明瞭な箇所がありました。意図されたものなのかどうか定かではなく、私はそれをはかる技量がありません。そういう自分が残念でした。

『解説』 磯上竜也

 この解説を最初に読んでから作品を読んでも全く問題なさそうに思いました。あくまで端的に作品について紹介されているだけなので。コラム、エッセイについては触れられておりません。書評も書かれている書店のご店主さん。なにやらこだわりの書店らしく魅力的ですね。 

『編者あとがき』 齋藤隼飛

 過去の経験からくる本書への熱意が語られていました。さすがというか、「1冊本をつくる」における仕事量に圧倒されます。一つ一つのお仕事で、それは職業ではあるでしょうけれど大切にされていて、とても熱心な姿勢が伝わりました。本書300数ページ、そのなかでSF作家作品は9作品。それ以外にも収録されている全てを考えると多くの人の力が寄り添いつくられた力作であると感じます。これはやはり同人誌の域では果たし得ない大業ですので価値あるでしょう。編者の活躍を今後も期待するところです。

『装画・装幀 谷脇栗太 / 編集 齋藤隼飛』 

 商業書籍だけあってご予算かけて作られています。そこで専業クリエーターさんの仕事を学び考察しようと思います。制作大部分を占め技量を問われるのがカバー・表紙側でしょうね。少々情報量が多い気はしました。

 画の構図。暴力と破滅の運び手さんのほうでは構える人物が地に垂直でしたがこちらは角度が付いています。あちらは色調が藍に寄っていた。本書ではベースカラー(地色)は青、空色でしょうかそれをベースに描かれる「マジック・ボール」に登場する不良野球少女たちの薄い影を背に水色ドレスをトラウザーにカスタムしたエリザベス。草野球での投球シーン。温かさを覚えるふんわりタッチの画風。それでもディテールへの描き込み、球の縫い目、ドレスのボタンと襟、古きアメリカ少女の髪型などへこだわりがうかがえる。輝きも綺麗。とても良い絵だと思いました。
 ロゴデザイン。色選択では申し分なく、タイトル、編者と集録作家名どれも表紙絵と喧嘩せず埋もれない配色で見ていて気持ち良いです。カバー紙素材は90~110kgくらいのグロスPP加工でしょうか。表紙折込部分に編者とデザイナーの紹介、裏表紙折込部分にKaguya Books書籍案内は初見者に親切です。残念な点があるとすれば、帯で表紙下部のKaguya Booksロゴが隠れてしまうことでしょうか。センターからもずれ気味。この処理、デザインにおける情報量が多いときの難しさかと思います。
 帯。地色選びの難易度が高くて、表紙絵のどの色に属して浮きすぎないか、それでいて目を引く色であるかが巧妙に選択されています。この帯色選びの感性は素晴らしいと思いました。ボールの輝きの薄黄色か不良少女の影の薄茶色か、本一冊を見たとき白のホームベースとのコントラストが粋な配色でかっこいい。
 カバーを外した表紙。大きくタイトルなどを一色刷り。裏表紙は無地。ここまで作り込まれているならせっかくなので帯デザインの白抜きホームベースか本塁から三塁までのデザイン画をタイトル文字と同じ色で刷っていても良かったのでは?と思ってしまった。
 本文フォント。サイズは対象とする読者層にもよるかと思います。個人的には割と大きく感じました。作品本文は10~11ptくらいでしょうか。文庫A6版書籍だと縦読み日本語はもう0.5~1ptほど小さくても手で持ったとき、本と目の距離感を考えると不都合はないかと感じます。コラムやエッセイでは9~10.5ptあたりでしょうか。こちらはややフォント小さめで設定されている。個人的には作品本文も最大フォントこれくらいの大きさで大丈夫かと思いました。紙色は淡色クリームで良い感じです。親切だと思ったのが各話タイトルページに作家名のアルファベット表記。作家さんの名は表記と読みが難しいので初見読者には優しいと思います。縦縞で背番号になぞらえる大きなナンバーリングもかっこいいと思いました。商業書籍ということもあり、巻末にKaguya Books書籍紹介ページがあるのも書店での参考になって良いです。

 というわけで、野球が好きというわけでもないくせに推薦してくれた架旗氏のおかげで今回読んでみたわけですが……。これも一つの縁、出会いですね。たしかにアメリカは野球のメッカ、ではありました。しかし現在支持率トップはフットボールがその座を占めています。続いて2位バスケット。3位が野球とアイスホッケーですね……。実は私もそないに野球好きではないのですよ、今さら(笑)。けれど本書は本当にとても楽しめました!野球SFが多くあることも知りました!本書の良いところでは超有名作家作品だけでなく、近年の受賞作家作品や、同人誌からも収録されているところではないでしょうか。また架旗氏が言われるようにKaguya Booksは新しい出版レーベルさんらしく、既存の出版社にはない取り組みを今後期待していけそうです。もちろん出版以外の取り組みへも実際熱心で本を通じた編者自らの活動にも注目するところがあります。これで『野球SF傑作選ベストナイン2024』の感想は終わりです。本作の良さは伝わったでしょうか?そうであれば私は嬉しい。惹かれましたならぜひ本書作品をお手元にどうぞ。
 なんだかすごい密度だった。プロの本づくりってすごい。



 


この記事が参加している募集

#読書感想文

192,370件

#文学フリマ

11,850件

揺れる心をネットの海へ。あなたのあとおしおねがいします。読んで感じて想ったことをあちらからこちらへ、いろんな人へとどけたい。そして誰かの糧になりますように…