見出し画像

ブータン旅行記 第5章 タクツァン僧院

周りの景色を見やる。
はるか彼方に見えていたタクツァン僧院が、今はかなり近くにあった。
後ろを振り返るとパロの街はずいぶん下だ。
がんばって登ってきたんだな。

やがて中国人の団体がやって来た。
わいわいとしゃべりながら、えらく元気そうだ。
中国の人はいつでもどこでも大所帯だ。
そしてとても賑やか。
一方ブータンで出会った日本人はみんな一人旅か、もしくは女子の二人連れだった。
同じアジア人ながら、なんとも対照的である。

中国人御一行のさらに後から、ぜいぜいと息を切らした日本人の男の子がやって来た。
やっぱり一人旅である。
声をかけると笑顔で答えてくれた。
ベンチに並んでチャイを飲み、お互いがんばったねぇとまったり話す私たち日本人。
向かいでは、きゃっきゃはしゃぎながら写真を撮ったりなにかと騒がしい中国人。
「中国の人たちってほんと元気だよね。スタミナもあるし。すごいなぁ。」
私が言うと、彼は
「あ、違うよ。あの人たちは馬に乗って来たの。だからあんな元気なの。」
ええーっ!!そんな方法があったのか?!
彼が教えてくれたところによると、歩けない観光客のため、このカフェテリアまでは馬をチャーターすることができるのだそうだ。
ただしここから先は道も険しくなるので、景色を見て引き返すか、あるいは徒歩で行くしかないそうだが。
「でも、ブータンでは馬に乗って山を登るってのはタブーらしいよ。
 やっぱ馬も人間も同列ってことなのかな。
 俺のガイドさん、あの人たち見ながらずっと『馬、かわいそうネ』って言ってた。」
そうだったのかー。
確かにそれはなんか、ズルというか、しちゃいけないことのような気がしてしまう。
日本人的感覚なのかもしれないが。

彼も私と同じような日程で観光してきたらしく、明日ブータンを出てカトマンズへ入り、しばらくのんびりした後シンガポールに寄っていくらしい。
めまいがするほどうらやましくなる。
いいなあ、いいなあ。
これからもまだ旅が続くなんて。
しかもカトマンズで日がな一日ヒマラヤを眺めて過ごすなんて、素敵だ。
旅の道中で出会う日本人はみんな素敵。
自分の意志で好きなところへ出かけていく。
素晴らしい景色もたくさん知っていて、好奇心旺盛で、個性的で、いつまでも話が尽きない。

サンゲがそろそろ出発しようと呼びに来て、私たちは一緒に僧院までの道のりを歩いた。
終盤にはかなり急な階段もあり大変にきつかったが、なんとか僧院の入口にたどり着いた。
息も絶え絶えになっていると、今朝ホテルで会った渋い声のガイドさんが向かいからやってきた。
「よくやったね!もう僧院はすぐそこだよ。」

さっきまで、しんどいー、つかれたー、と繰り返していた私だったが、白い歯を見せたガイドさんにさわやかに励まされると、つい張り切って、あたし全然元気ですけど?みたいなそぶりで愛想笑いしてしまう。

僧院は本当にすごかった。
もう、あの立地がものすごいし、尋常じゃないオーラというか雰囲気だし、どっから見てもかっこいいとしか言えない。
後ろを振り向けばパロの街ははるか下だし、なんでこんな崖っぷちみたいな場所に建てたんだろう。
どれだけ大変だっただろう。
そしてこの迫力。
すごすぎて、まるで言葉が出てこなかった。
いつもより数倍思いを込めて祭壇に手を合わせた。
ただここに来られたことに、心から感謝の気持ちが湧き上がってきた。
ありがとうございます、と胸の内でずっと繰り返していた。

帰り道でやっと写真を撮る余裕が。


帰り道、キンガさんがどこからかくるみを拾ってきた。
「日本に帰って土に埋めたら木が生えて、いっぱいくるみが食べられるよ」
と言って私に手渡してくれる。
ふふふ、そうなったらいいなぁ。
帰りは話をする余裕があったので、私たちはいつものようにアホ話に花を咲かせながら景色を楽しみつつ、のんびりと歩いた。

登山道の終点あたりにリンゴの木がいっぱい植わっていた。
それを見るなりキンガさんが「りんご!!」と叫んで、リンゴの木に向かって突進していった。
あっという間にひょいひょいと木を登っていく。
「キンガさん、サルみたいですネ。」サンゲは笑って見ている。
キンガさんは周りの枝を見回して、いくつかリンゴを見繕ってこちらに投げてくれた。
みんなでかじる。
「おいしいね」「おいしいデスネ」
ブータンのリンゴは日本のより少し小さめで、酸味のある甘さでおいしかった。
私はとても幸せだった。
「まだまだアルネ」キンガさんはそう言うと、お腹を叩いた。
妊婦さんみたいになったキンガさんの懐には山ほどリンゴがごろごろしている。
キンガさん、取りすぎ。

歩きながら、不思議な気持ちでこの国での日々を振り返る。
静かな時間。穏やかな時間。幸せで満ち足りた時間。

颯爽と木に登るキンガ氏。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?