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ブータン旅行記 第4章 異文化交流

夕食を終えて満足げな顔でまったりしているサンゲの前に、私はノートを広げて言った。

「サンゲ先生、ゾンカ語を教えてください!」

異国に来たら、その国の文字を知りたくなるのが私の習性だ。
それもなるべくなら印刷物ではなく、手書きの文字がいい。
サインみたいなもんである。
サンゲはにこやかに「イイデスヨ」とペンを取り、まず自分の名前を書いた。
むむ、むずかしい…。
ゾンカ語の文字は極めて複雑な形をしている。
上にアルファベットで読み仮名を振ってもらったが、これを覚えるのは至難の業だ。
発音にしても日本人が聞けば同じに思えるものがたくさんあるのだ。
日本語の発音はまことにシンプルだと思う。
漢字や平仮名は、外国人からしたらやっぱり難しいのだろうが。

サンゲは、私の名前もゾンカ語で書いてくれた。
やっぱりややこしい。
でもこれが自分の名前だと思うと、妙に親近感が湧くし、なんだかブータン人になれたようなうれしさがある。

「ワタシ、自分の名前日本語デモ書けマス。」
そう言ってサンゲは、カタカナでゆっくりと『サンゲ・ウォンディ』と書いた。
「すごーい!!」私はやたら感動してしまった。
外国人が日本語を勉強して、話したり書いたりしてくれることが、私はとても嬉しい。
外国人がたどたどしい日本語で話しているのを見ると、勉強してくれてありがとう!!と思いっきりお礼を言いたくなるのだ。
私の国の言葉、決して簡単なものではないのに、どんな事情があるにせよ、一生懸命覚えようとしてくれてありがとう、と心から思える。
それは私自身、日本語という言語、引いては日本のことがけっこう好きだからなんだろう。
ゾンカ語のあいうえお表みたいのを書いてもらって発音練習をしたり、お互いの名前の意味を教えあったり、私たちはひとしきり語学の話で盛り上がった。

気付けば外ではまた雨が降り出している。
そういえば昼間に通りかかった川の増水はすごかった。
昨日の雨のせいで、もう氾濫すれすれの場所もあった。
ブータンの川はバングラデシュやインドに流れ込むから、あっちの方では大変なことになるかも、とキンガさんが言っていた。
ブータンにいると地形の図と地が逆転する。
今まで私は、平地が背景で(地)、山が物体(図)だと思っていた。
でもブータンにいると、大体どこも山なのだ。
そこに時々谷がある感じ。
今までは、何もないところ(=平地)に山があるという認識だったのが、こっちでは何もないところ(=山)にぽつぽつと谷がある感じ。
『谷』という概念を、この国に来て初めて肌で感じた。

窓の外を見ながらサンゲに、明日晴れるかなぁ?って訊いた。
「晴れますようにってお願いシタラ、晴れますヨ」
彼はいつもの笑顔で答えた。
なんだか、ブータンって感じがした。
 
 
 
お金がある人は時間がなくて、時間がある人はお金がない、ってサンゲが言った。
前者は日本人、後者はブータン人を意図しての話だったけど。
なんだろうね、幸せって。
本当に、考えれば考えるほどわからなくなる。
だけどきっと、
キンガさんがめちゃくちゃな英語&日本語をしゃべって、
私がほええ?って反応をして、
サンゲが私たちのやり取りを笑いながら説明してくれて、
最後にはみんな涙が出るほど爆笑して、
きっとそういうのが幸せなんだと思う。
それが毎日ずっと続いていけば、
それだけで人生は何の過不足もなく満たされているんじゃないかと思う。
本当は、難しいことなんて何一つないんだよ、きっと。
ブータン、明日が最後の夜。大切に、大切に過ごそう。
 


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