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「「自粛要請に従わずコロナで休んだら無給」はアリかナシか」

2021/07/05



TONOZUKAです。


「自粛要請に従わずコロナで休んだら無給」はアリかナシか

以下引用

 前回に引き続いて東京女子医科大学のネタで恐縮である。話題性に事欠かないと言うべきか、マスコミやウェブメディアが殊更、この大学について書き立てる明確な理由までは分からないが、検索すると様々な事件が出てくる。

 今回は、労働問題に関するゴタゴタである。実は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行後、東京女子医科大は学生や労働者とのCOVID-19対応に関して、こうしたゴタゴタが何度も起きているようだ。

 例えばCOVID-19の流行が始まりつつあった2020年2月末、同大学は感染拡大防止のため授業を停止し、学生や教職員を自宅待機させていた。これは当時、多くの大学が取っていた処置で、やむを得ないことだろう。

 しかし、2020年5月11日に、学長、医学部長、看護学部長、両学部の教務委員長の連名で「6月登校にむけての準備のご案内」という文書を出した。その上で、父母会の積立金を使って全学生に対してPCR検査を一律に実施する通知をしている。「感度70%程度のPCR検査で、一体何をしようというのか」と感染症専門医から批判が集まったことは記憶に新しい。

 さらにはCOVID-19の“第1波”の際、2020年4月からの緊急事態宣言などの影響で外来収入が悪化したとのことで、同大学は職員の一部を「一時帰休」として自宅待機させた。その間の給与を4割減として職員から反発を受けた。加えて、同年7月には夏のボーナス不支給との方針を打ち出し、全体の5分の1に当たる看護師400人が退職の意向を示す騒ぎになり、あわててボーナスを支給する方向に転じたことも報道されている。

 COVID-19の流行は最近では経験のない「想定外の事態」であるため、後知恵であれこれ言うべきではないのだろうが……。前回のコラムで取り上げたプロポフォール事件を含め、職員を守ろうという気持ちが見えにくい組織だと感じてしまう。

不適切な行為で感染したら無給

 さて今回は、東京女子医科大が2021年1月末、系列病院の医師や看護師を含む職員に対して通達した「新型コロナウイルス感染症に罹患等して休業する場合の処遇について」という文書に関して考えたい。

 朝日新聞デジタルの記事によれば、この文書では、

(1)法人内の施設において新型コロナウイルスに感染したり、濃厚接触者と認定されたりして休業するに当たり、その感染原因等が法人からの自粛要請に反した行為にある、あるいはその他明らかに不適切な行為にあると認められる場合には、休業中の給与は無給とする

(2)発熱等の症状があり、総合感染症・感染制御部等の感染対応部署や上長から自宅待機を命じられた際、その原因等が法人からの自粛要請に反した行為にある、あるいはその他明らかに不適切な行為にあると認められる場合には、自宅待機期間中の給与は無給とする

の2点が通知されたという。これに対し、大学病院の医療従事者などからなる労働組合は「罹患した職員への『懲罰』とも取れる」と抗議し、撤回を要求している(労働組合のサイト)。

 報道によれば、大学は1月28日付で「学内や院内でのゴーグルなど感染防護具の着用や、1人での食事の徹底」といった自粛要請を職員に行っていた。この要請に反した行為、または明らかに不適切な行為によってCOVID-19に感染したと大学側が認めた場合は休業中を無給にするという大学側の通達に対し、組合は「自粛要請への違反や不適切行為の認定方法が不明だ」と主張し、従前の「罹患による休業や発熱による自宅待機は、特別有給休暇として扱う」という運用規定に反していると訴えた。

 主務官庁の文部科学省は、2月24日の衆議院内閣委員会でこの問題に対して質問を受け、「労働基準法に基づき適切に対応するよう指導した。(中略)大学も『今後適切に対応する』と回答した」(鰐淵洋子文科政務官)と答弁した。

「ノーワーク・ノーペイ」原則の適用は
 COVID-19に限らず、医療従事者も人間であるので、病気やけがは避けられないが、それによって就業できなくなった場合、法律ではどのような扱いになっているのであろうか。

 大原則を言うと、労働契約は民法上の雇用契約(民法623条)でもあるから、賃金などと労働の提供が対価関係にある。これが「ノーワーク・ノーペイ」の原則とされるものである。この規定は、民法の修正法である労働契約法でも、公法的規制※である労働基準法でも踏襲されている。

※公法的規制というのは、「健康保険法の縛り」などと同じような「行政」と「市民」の関係で適用される規制だと考えればよい。例えば、医師が適応外の治療を行ったからといって、健康保険上、厚生局からは指導や支払い拒否の処分を受けるかもしれないが、医師と患者との関係で、この治療が必ずしも「医療過誤」になるというわけではないのと同様である。

 従って、東京女子医科大側が主張するように、労働者の体調管理が悪くて出勤できなかったり、不慮や私用により遅刻・早退をするなど、労働者に責任があって就労できない場合や、地震や台風などの誰も悪くない自然災害による遅刻・早退のような場合には、同原則が適用され、賃金は発生しない。余談だが、憲法28条によって労働者の権利として保障されているストライキに関しても、ノーワーク・ノーペイの原則は及ぶとされている(菅野和夫・著『労働法』第11版、弘文堂、938ページ)。

 COVID-19以前、職員がかぜで体調を崩した際には、「患者にうつしてもいけないし、休むよ」といった電話を気軽に職場にかけていたものだ。そのような場合、多くは年次有給休暇を取得していたのではないだろうか。年次有給休暇は、労働基準法第39条で定められた「継続勤務年数に応じて一定日数、有給で休むことができる制度」なので、理由を問わず休んだ場合にも賃金は支払われる。一方、特別有給休暇というのは、労働基準法の規定を超えて、法人の裁量で付与されるものである。東京女子医科大のケースでは、恐らく従前は感染症防止の観点から、特別有給休暇を付与して自宅待機させることを就業規則で定めていたのだと思われる。

 ちなみに、有給休暇に関する就業規則の変更は、労働組合や労働者の過半数代表者の意見を聞いて労働基準局に届ける必要がある(労働基準法第90条)。秋北バス事件大法廷判決(最高裁昭和43年12月25日判決)は、「労働者に不利益な就業規則の変更は合理的な理由がないと許されない」としているし、合理性の要件について第四銀行事件(最高裁平成9年2月28日判決)では「労働者の被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合または他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況などを勘案して判断して決める」と述べている。この点から、東京女子医科大のケースでも、「労働者に不利益をもたらす就業規則の変更を勝手に行っている」という労働組合側の主張に分がありそうである。

 一方、休業について企業側・病院側に責任がある場合は「ノーワーク・ノーペイ」原則は適用されない。この責任というのは、賠償責任のようなものではなく、どちらがリスクを負担すべきかという危険負担のような考え方である(民法536条)。

 例えば、第三者の放火による工場の焼失や主要な発注先の倒産といった事情で、工場を稼働できないという理由から、自宅待機や休業が命じられた場合などでも賃金支払い義務は消滅しないというのが一般的な解釈である(前出『労働法』498ページ)。働く場をきちんと提供しておくのは使用者側の「責任」というわけである。

 また使用者側が、ある理由から労働者の就業を拒否している場合も、ノーワーク・ノーペイ原則は適用されないと考えられている(前出『労働法』)。最近はあまりないが、労働争議の際に、使用者側が労働者を工場などに入れない「ロックダウン」(言葉自体はCOVID-19で有名になった)などが該当する。今回の「熱があるならCOVID-19に感染していることも考えられるので、本人は大したことがないと思っていて実際に業務に就けるレベルでも、病院に出勤するな」というのは、まさにこれに該当するであろう。

感染は誰の責任なのか

 今回、東京女子医科大は日常生活における自粛要請を出していたというが、職員がそれを守らずにCOVID-19に感染したと主張して、大学側が出勤停止命令を出した上で賃金の支払いを拒めるのだろうか。

 労働安全衛生法第68条、同施行規則61条1項1号では「病者の就業禁止」を定めており、その中で、事業者は「病毒伝播のおそれのある伝染性の疾病」にかかった労働者の就業を禁止しなければならないという規定がある。ただし、COVID-19はこの規定の対象外である。指定感染症であるCOVID-19の場合、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)に基づいて、事業者からではなく都道府県知事から就業制限(第18条2項)が課されるからである。従って、COVID-19を理由とするなら、知事の処分がなければ「使用者都合」ということになる。

 また、私生活上の自粛などを要請しているようだが、これについて強制することを就業規則上、明記しているのだろうか(「自粛を強制」というのも変な話だが……)。もし明記していないのであれば、これを守らないことによって感染してしまった場合に、特別有給休暇を使わせない「懲罰」を科すのは許されないと考えられる。労働者の懲戒を行う場合は、就業規則に事前に明確に記載しておく必要があるからである。また、労務への従事を使用者である大学側が拒絶し、賃金を支払わないというのであれば、感染経路について、労働者の責に帰すべき事情であるとの立証責任は使用者側にあると言えよう。

 1年ほど前、慶応義塾大学病院にCOVID-19以外の治療目的で来院した無症状患者67人にPCR検査を行ったところ、4人(約6%)が陽性だったという報道があった(日経メディカル、2020/4/24)。病院勤務者であれば、院内で感染したとの高度の推定を及ばせてもよいと思われる。もちろん個々人の感染予防対策は必要だが、病院勤務者である以上、それをやっていれば絶対に感染が防げるというわけではないのだ(つまり、「感染した人=感染予防対策が不十分だった」という論理は成り立たない)。医療従事者のCOVID-19感染に対して、使用者である大学側がねぎらうどころか、非難するような姿勢は言語道断であり、文科省などから指導を受けるのは当然だと考えられる。


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