視力検査の果てに………

健康診断の結果

「左目0.7、右目0.3ですね」
看護師さんの言葉に、僕は驚きを隠せなかった。
だって、去年は両目とも1.0だったのに………。
しかも右目はランドル環が分裂して見えた。
これは乱視かも知れない。

この日、僕は浴びるほど酒を飲んで昏倒した。

いざ眼科へ

3週間後、僕は家からほど近い眼科に行った。
予約してなかったけど、すぐに名前を呼ばれた。

「視力検査だけでよろしかったでしょうか？」
女性の誤った日本語を僕はスルーし、小さく頷いた。

僕は丸椅子に座った。
前方にランドル環が見える。
女性が近寄ってきて、検査が始まった。

結果、左目1.5、右目1.2だった。
しかもレンズを入れて検査をすると、両目とも2.0だった。

「問題ありませんね」
女性がボソッと言った。
僕に視線を合わせず、女性はずっと手元をいじっている。
「だけど先日の健康診断では…」
「きっと器械で検査されたのでは？」
女性は僕が言い終える前に被せてきた。
確かに健康診断の時は、器械におでこをつけて、レバーを操作した。
「画面の明るさやその日の体調によっても変わりますから！」
先月は毎日残業が続いていて、休日出勤も2回発生していた。
要は僕の疲労と器械の明るさが原因だったのだ。
「緑内障、白内障および乱視の兆候もありませんから！」
上から目線で言った女性は、お尻を左右に振りながら去って行った。
なんて不愛想なんだろう………。
けど、良かった。
僕は右側の尻を軽く持ち上げると、放屁した。

なんで？　なんで？

「海空さん、次の検査を行います」
今度は眼鏡をかけた女性が近寄ってきた。
「涙の量を測ります。痛くありませんから」
するといきなり両目に糸を突っ込まれた。
確かに痛くはないけど………。

「終わりです。結果の数値はすぐに出ます。次はあちらの部屋で検査をします」
女性が暗い部屋に向かって歩き出した。
女性のズボンから、ピンク色のワイシャツがはみ出している。
「すみません。検査はいいです」
僕の声掛けに、女性がダルそうに振り返った。
「先生の指示ですから！」
当たり前のように言った女性に、僕はイラっとした。
僕は女性の前に移動した。
「僕は視力検査に来たんです。知ってますかあ？」
僕はあえて語尾を上げてみた。
「もちろんです。ですから次の検査を…」
「だからぁ～視力検査の結果、右目1.5、左目1.2だったんですョ」
僕は検査結果をちょけて言ってみた。
女性がムスッとするのを確認した。
「この検査結果で、なぜ他の検査が必要なのか、説明及び解説を願います」
今度はちょけずに僕は言った。真面目に言った。ビジネスマンのように…。
「せ、先生に確認してきます」
噛んだ女性は、診察室に消えて行った。

もう限界だ！！！

僕は診察室の手前に設置されているソファーに座った。
全く、何でもかんでも検査をしては金をむしり取ろうとしている。
僕は毎月アレルギーの薬をもらうために内科を受診している。
わずか3分の問診で、800円取られる。それも3割負担で800円だから始末に負えない。
僕は左側の尻を軽く持ち上げると、放屁した。
それにしてもきれいな室内だと感じた。
明るくて整理整頓がされているのは良い。
だけど何でもかんでも検査をし、利益を上げるのは本末転倒だ！
「臭ッ」
僕はソファーから立ち上がった。

女性が診察室から出てきた。
「検査はこれ以上しません」
でしょうね、という言葉を僕は飲み込んだ。
僕は待合室に向かって歩き出した。
「まだ先生の問診が残ってますけど！？」
僕は、またまたイラっとした。
女性の言葉が尖っていて、僕の背中に刺さったからだ。
僕はまた女性の目の前に立った。
「だからぁ～、右目1.5、左目1.2だったんです。わかりますぅ？」
「わ、わかりますけど…」
「その後メガネにレンズを入れて検査をしたら、両目とも2.0だったんです。にも拘らず、なんで先生の問診が必要なのですか？」
僕はズバッと言ってやった。
すると女性は、首を上下に動かし始めた。
はいはいはい、聞いていますよ的な感じで…。
僕はさらにイラっとした。
「態度が悪いなッ」
僕は少し声を荒げて言った。
ビクッとした女性が顔を上げた。
僕は大きく深呼吸をした。
「先ほどの視力検査におきまして、遠視・近視・乱視でもない、白内障・緑内障の兆候もないという検査結果でございました。私は予想だにしない結果に大変満足を覚えました。ありがとうございます」
僕は女性に対し、まるで大物政治家が街頭演説をしているかのような体で言葉を放った。
女性が口を開けたまま僕を見ている。
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
「この検査結果を踏まえたうえで、貴女にご再考頂きたい。本当に先生の問診が私に必要なのでしょうか？　それとも私の視力を3.0に導いてくれる最新の治療方法でもご紹介頂けるのでしょうか？」
僕は畏まって言ってやった。
「せ、先生に確認して来ます」
女性は再度、診察室に消えて行った。
僕は待合室に戻るため歩き出した。
勝利の放屁をしながら………。

女性が僕の所へやってきた。
女性の両目が赤くなっている。
ちょっとやり過ぎたかな？
「せ、精算をお願いします」
でしょうね、という言葉を僕は再度飲み込んだ。

５分後、受付の女性から名前を呼ばれた。
「海空さん、お会計2880円になります」
「はいっ？」
女性が続ける。
「お支払いはあちらの自動機械でお願い致します。お大事に！」
視力検査と涙の量を測るだけで2800円。
しかも涙の量がどれくらいの数値なのか教えてもらっていないし…。
僕は天井を見た。
そこには沢山のランドル環があって、僕の事を嘲笑しているように見える。
それを見た僕は、もはや言葉も放屁も出なかった。

「了」

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