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飯平誠の休日 前編

飯平誠の起床時間は平日と変わらない。
7時に起床すると、まず枕元に置いてある2リットルのペットボトルを直飲みして胃を洗浄する。半分程度飲んでゲップをして、必ず放屁をする。
その後トイレに直行。
手も洗わずに飯平は歯磨きを行う。いつも歯茎から出血するけど、飯平は気にしない。だって今日は嬉しい休日なのだから。
顔を2.3回洗った飯平は、タオルでゴシゴシ顔を拭く。坊主頭の飯平は、休日に髭はそらないと決めている。理由は簡単。単に面倒くさいから。
リビングのソファーに座った飯平は、とりあえず、ぼーっとする。
テレビもつけず、スマホも見ず、本当にただ、ぼーっとする。
残っているペットボトルを直飲みした飯平は、また放屁した。あまりの臭気に涙が出てきた。その涙を手の甲で拭う。
基本、飯平は飯を作り喰らう以外、何もしたくないのである。

8時55分。
飯平はアパートを出た。空は鉛色で頬に当たる風が冷たい。
飯平は赤色のベイスボールキャップを被り、黒色のパーカーに青色のジーパンと雪駄を履いている。
飯平は休日になると季節、天候を問わず雪駄を履いている。靴下と靴を履くのが面倒なくらい、飯平はメタボリックシンドロームなのである。

目的地の中華料理屋に到着した飯平。すでに大汗をかいている。マスクが濡れていて窒息しそうになる。飯平はジーパンからハンドタオルを取り出して顔の汗を拭った。
この中華料理屋は朝の9時から営業している。飯平の1日はここから始まる。
暖簾をくぐった飯平。店内に客はおらず貸切状態。
カウンター席に着くと同時に、飯平はメニュー表の真ん中に人差し指を置いた。
女性定員が呆れた顔で厨房に戻って行った。
飯平はパーカーを脱いだ。
「おい飯平。そんなに汗かいて、まさか走ってきたのか?」
茶色い染みがたくさん付着している白色の割烹着を着た大将が言ってきた。
「あっ。大将、おはようございます。僕は走れませんよ」
飯平は無意識のうちに自分のお腹を擦った。
「2月の真冬だそ。ったく、その腹を何とかしねーとな」
大将がにやけた。明らかに飯平の事を見下している。
「た、大将。いつもの下さい」
「いつものだとぅ? 偉くなったもんだな!」
大将が睨んでくる。大将は前歯が欠けているのでちょっと面白いと思っている飯平。
「ちゃんとメニュー表を見て、指を差しましたよ」
反論する飯平。
「そうじゃなくて、ちゃんと声に出して注文しろって事!」
「す、すんません」

10分後、注文したメニューが到着した。


1食目:かつ丼&ラーメンセット(魚の煮つけ、お新香つき)1500円+税


飯平はまずラーメンを喰らった。
鶏ガラスープに麺が絡んで美味しい。自家製のしなちくが甘くてやみつきになる。
次いでかつ丼を喰らう飯平。
「うまいなあ~。丼の王様はかつ丼。うな丼じゃないからね」
飯平は独り言を言った。
ラーメンのスープを味噌汁がわりにして飲む飯平。
「落ち着いて食えよォ」
大将が声をかけてきた。
「た、大将。僕はこれが普通なんです」
「オイ! たまねぎを飛ばすんじゃねえョ」
「あっ…すんません」
テーブルに飛んだたまねぎを、飯平は右手で掴んで食べた。
「馬鹿!なんて行儀が悪い奴だ。親の顔が見てーや」
「自分…親とは連絡を取ってないので…」
「喋りながら食うんじゃねえョ。ったく、これでも食え」
呆れた大将が、小皿にキャベツの千切りを出してくれた。
「大将。いつもありがとうです」
「そうは言ってもな、お前はいつも1番乗りで来てくれる常連客だからな」
嬉しくなった飯平は、ラーメンのスープにキャベツの千切りを放り込んだ。


わずか10分で完食した飯平。
「大将。ごっ…ごちそうさまでした」
「オウ。また来週な」
飯平は店を出た。天に向かって伸びをする。
「暑いな」
半袖のまま飯平はずんずん歩いて行く。意外と歩くのが早い。
飯平はコンビニ経由で公園に到着した。
公園のベンチに座った飯平は、コンビニの袋からワンカップ酒を取り出した。
「これは水分補給だから」
飯平は自分に言い聞かせると、ワンカップ酒を一気に飲んだ。
そして飯平は、エクレアを3個食べた。
満足した飯平は、ぼーっと空と木々を交互に見て時間を潰した。

時刻は11時になった。
飯平はまた暖簾をくぐった。こちらのお蕎麦屋も貸切状態。
入口から一番近いカウンター席に座った飯平。
すると、厨房にいる大将と目が合った。
大将が舌打ちをした。
アニメでしか見ないような分厚いメガネをかけている大将。こっちの大将はキレイ好きで、いつ来ても割烹着が真っ白でちゃんとアイロンもかかっている。
飯平は運ばれてきたお冷を口に運んだ。
「いつものか?」
大将のだみ声が怖い。
「お、お願い致します」
飯平は頭を垂れた。
どこの大将も飯平を見るときつく当たってくる、だけど飯平はそんな事は気にしていない。何故なら美味しい物が食べられればそれで満足だからだ。
そんな飯平を大将たちは面白がっているのかも知れない。
「お待たせですぅ~ごゆっくり」
女性店員がダルそうに言っても、全く動じない飯平。


2食目:ざるそば&親子丼セット(お新香つき)1300円+税


飯平はつゆに半分だけそばをつけると、一気にすすった。
「ズズズズズッ」
「うるせえなぁ!」
大将に怒られた。
でも大将が嬉しがっているのを、飯平は知っている。
だから飯平はどんどんそばをすすっていく…。
大将の頬が緩んでいるのを飯平は確認した。
次いで飯平は、親子丼を左手に持った。
丼の中央に鎮座している鶏卵を、飯平は箸でつぶした。
そして一気にかきこんでいく…。
「おいおい。茶漬けでも食ってんのか? あ?」
大将から指摘されても飯平はスルーした。今はこの親子丼が全てなんだ。柔らかい鳥肉ちゃんと、甘くて深みのある鶏卵ちゃんが、タレの染みこんだご飯にあうんだョ。
もう最高だよ。
飯平はわずか6口で親子丼を平らげた。
この店に通い続けておよそ1年になる。
いつも変わらないこの美味しさに、飯平は改めて脱帽した。
「た、大将、今日もごちそうさま」
「ごちそうさまでした、だろ?」
大将が忙しそうに手を動かしながら言った。
「はいッ。ごちそうさまでした!」
「最後にこれ飲んでいけ」
大将がカウンターに紙コップを置いた。
「た、大将。いつも言ってるけど、僕は…」
「四の五の言わねーで、さっさと飲め。そして痩せろ!」
大将からまた怒られた飯平は、紙コップに注がれた青汁を一気飲みした。
「これで100キロ以下になったな」
大将が、がははッと笑った。
飯平は残っていたお冷を飲んで口内を洗浄した。


【後編に続く】


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