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読書紹介41 「火車」

あらすじ

休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意志で失踪、しかも徹底的に足取りを消して・・・なぜ、彰子はそこまでして、自分の存在を消さなければならなかったのか?いったい彼女は何者なのか? 謎を解く鍵は、カード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。山本周五郎賞に輝いたミステリー史に残る傑作。

感想

平成4年に刊行された作品。
ある意味、1980年代からバブル崩壊までの経済や世相を、事件の犯人を追うというなぞ解きやスリリングな展開の物語としてまとめ上げられている作品です。

多重債務、ローン地獄に陥って、人生の落とし穴にはまる人。
そして、そんな自分の過去を消して、誰かになり替わろうとした人の悲哀が物語られています。

・その場では店のレジでは、カード1枚出して伝票にサインするだけで買うことができるならば足元が浮ついた気分になって、あれもこれもと思うのは人情だ。問題は、そこで歯止めをかけるものがないということだ。

・傍目からは「ちゃんと計算できる」と思われていた人間たちが、多重債務者になっていく。真面目で気が小さい、几帳面な人たちが。

・使い捨て社会のせいじゃないか。ぜいたくな使い捨て。
みんな生活が派手になってるし、その代わりにお金の使い方についての教育がされていない。

・「お金もない。学歴もない。とりたてて能力もない。顔だって、それだkで食べていけるほどきれいじゃない。頭もいいわけじゃない。三流以下。会社でしこしこ事務してる。そういう人間が、心の中に、テレビや小説や雑誌で見たり聞いたりするようなリッチなくらしを思い描くわけ。
 昔はね、夢見ているだけで終わってた。さもなきゃ、なんとしても夢をかなえるぞって、がんばった。それで実際に出世した人もいたでしょうし、悪い道へ入って手が後ろに回った人もいたでしょうよ。
 でも、昔は話が簡単だったのよ。方法はどうあれ、自分で夢をかなえるか、現状であきらめるか。

・交通事故において、ドライバーの責任論だけを云々して、おざなりな自動車行政や安全性よりも見てくれと経済性ばかりにこだわって、次から次へとニューモデルを出してくる自動車業界の体質に目を向けないことは間違っている。

・たしかに、一部には問題のあるドライバーがいます。免許をとり上げた方が社会の為だという人間だ。しかし、そういうドライバーとなんの過失もないのに事故で命を落とした人を一緒にして「ただ事故にあったのは、本人が悪いから」と言い捨てることは間違っている。多重債務者についても同じだ。

「火車」より


 
ローン地獄に陥る人たちを批判、自己責任論で断罪するのは簡単です。
しかし、世の中は、便利なものを導入し、物を売るために、常に光の部分だけを喧伝し、広めることに力を入れ、その影の部分や落とし穴への警鐘や対策を「光」の部分以上に行うことはありません。
現在でも、クレジットカード以外に、学校での「一人1台タブレット」、「マイナンバーカード、」「生成AIの導入」などなど、影の部分による危うさを感じるものが多くありますが、一度導入されれば、「使うのが当たり前」で、その落とし穴については「自己責任」で対処してくれと言わんばかりです。

そして、それで経済や社会が「回って」いき、つまずいた人に対して、自己責任論で見て見ぬふりをするとしたら、こんな歪んだ社会や「成長」もないと思います。

「火車」は30年前の作品で、当時のクレジットと言う便利なものが世の中に広まった時に、それを使う人々に何が起こったか、どんな危うさがあったのかを描いています。

よく日本経済について「失われた〇年」と言われ、「バブルよ、もう一度」的なことが語られることがあります。

しかし、本当にバブルの時代がよかったのでしょうか?

現在でも、「景気回復の実感がない」と言われますが、バブル時の経済成長時でも、世論調査では多くの人が同じこと~「円高で生活不安 ジワリ」「好景気の実感がない」~と新聞に記録されています。
また、投資歴70年。1980年代を含め、現在まで投資をし続けている藤本茂さんは、バブルのころの日本より、むしろ、今の日本の実体経済の方が本物でまとも、これから上がっていくとの見方も示しています。
ある意味、バブル時が異常だった、見せかけの成長だったともいえます

お金のことを無視して現代社会を生きることはほぼできませんが、お金さえあれば幸せになれるわけではないことを、もう一度考え直しておきたいとも思えた作品でした。

心に残る言葉もたくさんありました。

・死者は生者の中に足跡を残してゆく。人間は痕跡をつけずに生きてゆくことはできない。

・努力して良くなるってことは、やっぱり才能があったのよ。ダメな人は、どれだけ好きでもダメだもん。

・一般人というのは、案外と頑固でいったん「―」と思い込むと、「アリバイがあるなんて、どうせでっちあげに決まっている」と平気で言う。「そんなもん、あてになるものか」と、一蹴してしまう。周りが見えなくなり、「事実(自分にとって大切か)」が重くなる。

・名前とは、他人から呼ばれ認められることによって存在するものだ。

・人生行路で躓いているとき、同級生会うのは本当に嫌なものだ。

・鉄仮面みたいな完璧な美女になりさえすれば、100%人生バラ色、幸せになれると思い込んでいる。だけど、実際には整形したって、それだけで彼女が思っているような「幸せ」なんか訪れないわけですよ。

・怒りは人を雄弁にするものだ

・赤の他人に親しい人間に言えないような内々の話をしてしまうということはよくある。他人同士なので、かえって気楽だからだろう。

・死の儀式、死につながるものにのぞむと、人は、日頃心の奥にしまい込んであるようなことをふと口に出してみたりするものだ。

皆様の心にのこる一言・学びがあれば幸いです

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