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読書紹介44 「蟻の棲み家」

あらすじ
東京都中野区で、若い女性の遺体が相次いで発見された。二人とも射殺だった。フリーの事件記者の木部美智子は、かねてから追っていた企業恐喝事件と、この連殺人事件の間に意外なつながりがあることに気がつく。やがて、第三の殺人を予告する脅迫状が届き、事件は大きく動き出す・・・・。貧困の連鎖と崩壊した家族。目をそむけたくなる社会の暗部を、周到な仕掛けでえぐり出す傑作ノワール(暗黒小説)。 

感想

正直言って、報道などで見聞きはしていても「自分には関係ない」と思いこもうとしていたこと。実際に、この物語を通じて、貧困や虐待、人権を無視した言動等々、心がしめつけられるような気持にさせられました。
 
私自身は、望月さんの作品を読むのは2冊目。
とにかく、どちらの本も密度が濃く、内面に響く、いや、えぐるような鋭い言葉、社会を冷徹に見つめる目からつくられたフレーズに圧倒されました。言葉に重みがあるのは、自分が経験したり、これまでの人生の中で葛藤、苦悶し、慟哭や誰にぶつけていいか分からない憤りなどをずっと心の中で練り上げていたからではないか?とも思えました。
 
社会的な弱者に対して、

スマホで調べられ、職業安定所などで情報も出ているし、自分がわがままを言わなければ仕事はある、今の貧困や状況は自己責任だ。ただ、甘えているだけだ。

という意見がぶつけられる時があります。
 
しかし、それは、自分の生活が安定しているから言える言葉だと考えさせられました。この本を読んで。
明日、いや、今日の寝る場所や食事の心配をしないでも生活できる人だから「冷静」に言える言葉です。

本当に暮らしに困ると、先々の事を考えるゆとりがなくなくなります。
切羽詰まると、よりよく行動するための知恵もアイデアも、そして実際の行動力も出てきません。
考える力さえなくなります。

そんな中で、今よりもっといい生活や就職などの情報を落ち着いた心で得られるはずもありません。そんな伝手(つて)も失われていきますし。

この物語うを読むと、自分が今持っている物差しで、自分の経験や自分の恵まれた環境で、相手を理解しようとする危うさ、相手の内面を「知ったつもりになる」欺瞞について、胸に迫ってくる感覚がありました。

 以下は、心に残った、考えさせられた言葉の数々です。

<人間心理・生き方など>
・相手が自分と同じようなクズでないと気に入らないのがクズな人間の特徴。

・学校でも家でも、顧みられることのない女は男性関係を持つ年齢が早くなるのは、男性に対する興味もあるし、誰かと1対1の関係を築きたい、その他大勢の中の一人でなく、自分を他と違う存在として扱ってほしいから。
 性行為をしている瞬間は、相手にとって自分は特定の存在になる。それで簡単に不特定多数の男と付き合うわけ・・・。そのうち学習してしまう。普通は遊ぶと金が減る。でも、売春は損でいるつもりなのに金がもらえるってことに。

お互いを尊重するというのは、想像力をもった人間の間にしかないことだ。世の中には、異なる立場があると自覚的に認識するということだから。

・他人を尊重する風潮を持たないコミュニティの中では、価値判断は「馬鹿にされるか、馬鹿にするか」の二択になる。もしくは「自分に有益か有益でないか」。そういう中で子供は、役に立たない面倒なものだ。子は小突かれて大人の機嫌によって、暴言を吐かれ、時に暴力を振るわれる。
 そういう家庭では、親は子に早く独立してほしいと望み、子はもとより、家に居場所はない。男の子は仲間と徒党を組み、女の子は身体を売って生活の為に金を稼ぐ。

・画一的という言葉が「つまらない」と訳されるようになったのはいつからだろうか。画一的であるからこそ、担保される充足もある。

・経験を積んだものが、現場を牛耳る。

・人は聞かれたがっている。
そして、よっぽどの事情がなければ、自分の知っていることを披露する。

・人からの受け売りをあたかも自分の考えや発想のようにして発信していると、自分の頭で何かを考える暇がなくなる。

・人間は、人を自分に重ねるしか人を理解する術がない。自分が貧弱であれば、人はみな貧弱にしか見えない。

・我が身に火の粉がかからないところにいる人は辛辣なものだ。

・生育環境で人は出来上がる。どんなに聡明な要素をもった子でも、例えば教育を与えられなければ、その聡明さは引き出されない。

<報道・社会の在り方など>
・雑誌は一元的な見方に満足しない人たちが金を払って読むものだ。しかし、そういう人たちは一方で、非人間的なことには加担したくないという心理も持っている。

・犯罪や事件は往々にしてつじつまが合わないものだ。そして、大半は疑わしい人が犯人だ。

・世の中が整理されて清潔になり、機能的になると隙がなくなり、今まで隙間にいた人たちが押し出されてくる。それを人権家たちが表に引っ張り出して救済しようとするわけだけど、弱者の構造はきれいごとで解決できるほど単純じゃない。

・世の中に何が起きても、それが自分の身を脅かすみのではないと思えるというのは、安定した社会がそこに暮らす人に与える特権だと思う。

・業界のコアは、人が思うより古くさい。どれほど情報の流通が広域化、複雑化しても心臓部は義理と人情だ。借りと貸しを繰り返して、大量に流れてくる情報の意味や価値を互いに手探りする。

・情報と情報の端をつなぎ合わせれば、それらしい話が出来上がる。だから事件記者は、情報のおこぼれを嗅ぎ分けようと日夜励んでいる。

著書情報
「蟻の棲み家」
望月諒子   
発行所   新潮社
発行年月日 令和3年11月1日
値段    750円(税別)

皆様の心にのこる一言・学びがあれば幸いです

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