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ザリガニ少年に幸あれ

数日前からわが家は、もう何度目かもわからない保育園の洗礼をくらっている。
保育園の洗礼というのは、4月から保育園に行き始めた2歳長男がもらってきた風邪菌を家族みんなに分け与えてくれる儀式。
大げさでなく2週間に1回は風邪をひいている気がするし、家族全員回復するまでに1週間は要するので月の半分以上は何かしらのウイルスとの同居を余儀なくされている状態である。

というわけで、しつこい咳ととめどない鼻水そして微熱さらには1歳次男を携えて、わたしはなんとか長男を保育園まで迎えに行ったのである。

一足先に全回復した長男、元気にご帰宅。
風邪からの復活を遂げた幼児は恐ろしくパワフルだ。
風邪をひく前より総HP値が上がっていると感じるのはわたしだけだろうか。

この日も体力があり余っていたようで、保育園から帰ってきたあとも外で遊ぶと意気揚々としている。
夕飯の準備が残っているわたしが、「おうち入ろうよ〜」なんて言ったところで聞くわけもないのが2歳児。
わたしは重たい体に10kgの次男を抱っこ紐でくくりつけ、長男の外遊びに付き合うことになった。

最近の長男の外遊びはもっぱら生き物探し。
家の周りをぐるぐるとフェンスに沿って歩きながらカエルやクモ、バッタなどを見つける。
カエルは必ず捕まえて、逃して「バイバ~イ!」とやるまでがワンセット。
生き物に興味を持ってくれるのは母としてとても喜ばしくて、できる限り付き合いたいとは思っている。元気な状態ならね。

虫を探しながら家の周りを2周し、フラフラのわたしが玄関前で長男と「家に入る、入らない」の問答を繰り広げていたところ、
「こんにちはー!!!」
とよく通る声が聞こえた。

道路の方に目を向けると、ビニール袋を手に持った小学生がこちらを見ている。
こんがりと日焼けした肌、これぞ夏の少年といった感じの男の子。
素敵なご近所さんという印象をこの初対面の少年に植え付けるべく、爽やかな挨拶を試みたが出てきたのはやはりどん詰まりの鼻声だった。

それはともかくとして、キミと同じような大きさの小学生の集団はだいぶ前に家の前を通り過ぎたぞ。大丈夫か、少年。

群れからはぐれた少年は、そのまま去っていくのかと思いきや、立ち止まったままなにやら持っていたビニール袋をガサガサと探り始めた。
わたしも男児の母の端くれである。
男児+ビニール袋はあまりよろしくない予感がする。
虫か、魚か、木の実か、虫か虫か虫。さて、どれがくる…?

少し緊張しながらも様子を見ていると、先程と同じよく通る声で
「ザリガニいりますか!?」
と。

…ざ、ザリガニときたか。
男児の母といえど若輩者のわたしは、ザリガニは未履修なのよ。

この時点で選択を迫られているわたしの脳みそはフル回転。

モココは どうする?
▷ザリガニをもらう
▷断る
▷逃げる

(もらった場合ザリガニを飼うんだよな…?ザリガニってどうやって飼うん??というか触れる気がしないのだがどうすれば…でもせっかく声をかけてくれたわけだし、無碍にするのもいかがなものか…)

ふと横を見ると長男が興味津々、少し年上のパイセンに憧れの視線を向けながらずんずん近づいていく。

とりあえずザリガニを見せてもらおうと思い、少年に
「ザリガニ捕まえたの!?見てもいい?」
と声をかけ、ビニール袋の中を覗いた。

確かに、いた。
立派なザリガニ殿が二体鎮座しておられる。

「触ってもいいよ!!」
と少年がキラキラした笑顔で長男に話しかけてくれる。
"自分が苦労して採ったザリガニを触らせる"ということは、小学生の彼にとってはとてつもないご厚意なのだろう。
それを見ず知らずの親子に屈託なく勧めてくれる少年。

初めてザリガニを目にした長男はというと、完全に固まっていた。
手を背中の後ろで組み、絶対に触るものかという意思表示をしている。

そんな長男を見た少年は
「怖い?こっちのやつは死んでるから触っても挟まんで。」
と二匹いるザリガニのうち、丸まって動かない方を指差した。

優しい子だなぁ。
日本の未来も暗くないんじゃないかね。
………ん?今死んでると聞こえた気が…

少年の方に目を向けると、少年もハッとした顔をしている。
たぶん少年も気づいてしまったのだ。
ザリガニが1匹死んでいるということは、
もし、自分がザリガニ(生)を持ち帰れば、この幼児にザリガニ(死)を渡すことになる。しかし、この幼児にザリガニ(生)を渡せば、自分はザリガニ(死)を持ち帰ることになると。

どちらにしてもあまりよろしくないと判断したのだろう。
少年はそそくさとビニール袋の口を縛り
「じゃあ、またね!」
と通学路の方へ向かって歩き始めた。

潔くて好感を持てるね。
素直でよろしい。

そして、少し離れたところで、何かを思い出したかのように少年がぱっとこちらを振り向いた。

「ザリガニはあっちの川におるから。小3になったら採りな!」

長男にザリガニの居場所を教えてくれた。
あと、キミは3年生やったのか。


家に向かって長男と歩きながら、わたしは心が少し軽くなっていることに気づく。

ああ、そうだ。
ここ数日、わたしはずっといっぱいいっぱいだった。
夫の出張と子どもや自分の体調不良が重なり、一人で何とかしなくちゃいけない、と余裕を失っていた。
その張りつめた糸を、ザリガニの少年がふっと緩めてくれた気がする。

ありがとう、少年。
あなたにはたぶんなんのこっちゃかわからないと思うけど、あなたの優しく天真爛漫な言動に救われた主婦がここにいます。
ザリガニはもらえなかったけど。

ザリガニ少年の未来に多くの幸あらんことを。

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