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金髪でも碧眼でもない

美しい金髪と涼しげに透き通った青い瞳は確かに魅惑的だ。それを持つ者は勝ち組で、持たざる者は負け組。

でも、
よく笑う柔和な目許と知的でユーモアの溢れる言葉の方がずっとずっと綺麗で魅力的だ。

おそらくストックホルムで一番有名なカフェの、ど真ん中の小さなテーブル席で、金髪青い目のお客に囲まれながら二人の外国人はケラケラ笑っている。「別に道行く人全員を観察しているわけじゃないけどさ、金髪碧眼の女性だったらパッと目を引く綺麗な人がいるけど、男は全然ダメだよね、ぶっちゃけ」彼は身を乗り出してコソコソと耳打ちを試みるが、それでも十分に声はデカい。「もし君が金髪で青い目だったら仮にとんでもないドブスだったとしてもすっごいモテるだろうね。日本では」私がそんなことを口走ると、「それはスペインでも同じだ」と彼は笑う。

「君たち日本の女の子だって、一部のヨーロピアン男子の間では影なる人気者なんだよ。……でもそういう奴らってちょっとキモいよね。勝手に”理想の日本”を押しつけて期待してるだけだし。彼らにとって重要なのはその彼女が日本人であることだから」

ふーん。そう言う君がそのキモい奴らの一人じゃない保障はあるのだろうか。

「結局人間は珍しいものが欲しいんだよ。スペインでも日本でも金髪碧眼は珍しいし、日本に関するあれこれって僕らにとっては凄く珍しく見える。少なくともイメージの上では」

チラリと外を見ると、もう外は暗くなり始めている。ということは、おそらく15時を回る頃だろう、ということは1時間は余裕で経過している、とぼんやり考える。私が視線を戻すと、「それでさ、――」と彼はお喋りを続けるのだ。

可笑しい。ド陰キャ早口の口下手オタクくんだったらどうしようとソワソワしていた数時間前の自分が馬鹿みたいだ。目の前であれやこれや喋っているその人は、アプリのアイコンのアバターと瓜二つだし、念のためと言って送ってきた本人画像とも寸分違わずそのままだった。


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I hope you say yes,   (イエスだったら良いな)
Have a nice day.       (良い一日を)   
--B.

スマホを片手にベッドにひっくり返り、思わず「はぁあ?」と漏らしたのはほんの数日前のこと。なんとなく始めた文通アプリ、彼とは記念すべき2往復目で『直接会いたい』はおかしいやろ。

この時点で私が君について知っていることは
・ファーストネーム、B___a
・性別、男性
・年齢、21
・誕生日、7月
・職業、コンピューターサイエンスをやっている大学生
・趣味、読書(最近は哲学書にハマっている)と音楽
・アイコンのアバター、暗髪のモジャモジャ頭に丸眼鏡
せいぜいこの程度だ。

でも一つ重要なのは、彼もまた留学生だということ。スウェーデンの南端に滞在しているスペインからの留学生。私はストックホルムから電車で30分くらいのところに住んでいるが、彼曰く、今度ストックホルムに観光に行くのでその時に会えないかということらしい。

ひょっとして、もし良かったら、会ってみようかななんて思ったりしない?もちろんお互いほぼ何も知らないのはわかってるし、全然断ってくれても構わないんだけど。時間がないとか、安全に思えないとか。ただ、もし会えたらそれって最高にクールだし、留学の思い出が増えたら良いなと思って。

マジかぁ。そりゃーね、全然違う地域に留学してる他の留学生と接点ができるのは最高にクールだと思うけど、この状態で初めましてこんにちはしてもひじょーに気まずいだけだと思うのよ。

……まあな、でもな、確かに、『会ってみたい』という気持ちは凄くわかる。留学生って、人恋しいから。

私はこの『会わないか云たら』を10回は読んだ。そして、まぁスウェーデンお得意のFika(コーヒータイム)だけなら良いか、と結論づけたのである。短ければ20分、長くてもせいぜい1時間くらいかなと。

というわけで取り敢えずインスタの交換を提案。私のIDを教えると暫くしてフォローリクエストが来る。開いてみる。

アイコンはデフォルト設定の真っ白けっけ。フォロワー4、フォロー4。これは……もしかしてとんでもない地雷を踏んだんじゃあるまいな。

相互フォローになってDMを始めると一つ目のメッセージは「2018年からSNS断ちしててインスタほぼ開いてないんだ」で、送られて来たのは一枚の自撮り。一応本物だという証明にと送ってくれたのだが、本来は黒であったであろう色あせたクタクタの部屋着にボサボサの髪。顔の真横で控えめにピース。

……。なんか、バチバチにかっこつけられても困るとはいえ、君は第一印象それで良いんか。というのが正直な感想だった。ただまぁ、そこはかとなく漂う良い人感、知らんけど。

グッドリアクションを付けて無難に返信。

私「それは知らんかったごめん。いきなり携帯の番号よりは良いかなと思っただけなのよ」
B「それは同意。こういう時のために一応アカウントだけは残してあるから」

――1時間後
私「ストックホルムには一人で来るの?」

――それから2時間後
B「いや、他のドイツ人と一緒。まあ、みんなのことあんま知らないんだけど、一応前に会ったことはある」

――更に1時間後
私「おーそれは良いね!だよね?一人よりはましでしょ?」

――そしてまた1時間後
B「うん。それにグループの方が安いし」

……なんだろう。私は彼を尋問しているのかしら。
あわよくば直接会う前にDMでもうちょっとお近づきになれるかと思ったが、こりゃダメだ。IDを教えたついでに「金曜日か、その土日なら空いてるけどどう?」と訊いてあるのにそれについてさえ何も言ってこない。もう何でもいいや。このまま立ち消えになったところで別に損はしないし。無理にメッセージを続けても仕方がない。

私「うん、そだね」

私はそれだけ言って、ほったらかしを決め込んだ。

――数時間後
B「ところでさ、何にもコメントしてなかったけど金曜日いけるよ!(絵文字) それで、Fikaするのにどこか良いカフェ知ってる? 僕は知らないからさ (絵文字)」

流石の彼も私のトーンが明らかに下がったのを察知したらしい。いきなりテンションをぶち上げてくる。そのあまりの変わりように、私はちょっと性格悪かったかなとか反省する。

そんなこんなで、淡々と場所を決め、まあ15時半の日没までには帰りたいし、長くても1時間だなということで14時は?と訊いてみると、

B「13時半はどう??」
私「おけ」
B「おけ! じゃあ13時30分に」

というわけで。13時半にカフェ集合。その夜の共用キッチンではイタリア人の友に「明日の予定は?」と問われ、私は「アプリで知り合ったスペイン人にストックホルムで会う」と答えるのである。

「えぇ! どこどこ、何時? デートかデートか?」
「えぇ……デートだと思う?」
「そりゃもうあんた、最高にロマンチックじゃーん」
「はぁ」
「もしなんかあったら直ぐアタシに電話するんだよ!? 秒で助けに駆けつけるから」
「あはは」(笑えねぇ……)

そして迎えた当日。彼は黒のスニーカー、黒のジーパン、黒のパーカーに黒のジャケットで、写真よりは多少整ったモジャモジャ頭に丸眼鏡をかけて、待ち合わせのきっかり5分前に登場するのだ。


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「スウェーデンの人達ってほんっと笑わないよね」
私はコーヒーカップを片手に呟く。

「あーね、前にグループワークでさ、あまりに無表情だからなんか面白いこと言ってやろうと思ったんだけど、数人が口だけ笑ってくれただけで、他のみんなは真顔だった。ま、面白くなかったんだろうね」

私は哀しすぎるその場面を想像して思わず爆笑する。さもありなん。そして顔を見合わせ、「今後一生スウェーデンには住まねぇ」と言って二人でケラケラ笑う。ストックホルムのカフェのど真ん中の席で。

「でもスペインもなぁ、あそこは陽キャのための国だから、ド陰キャの僕が住むところじゃないんだよなぁ。僕はパーティーもナイトクラブも耐えられないし、お酒もほぼ飲まないし。君は今後ずっと日本に住むの?」

「どーかな。別に決めてるわけではないけど、絶対に日本で生活していきたいとも思わない」
「じゃあ住むならどこ?」
「うーん、次に行くならオランダかなぁ。オランダの大学の修士課程のコースで凄く興味があるのがあって」
「オランダ!?」
何やらニヤつきだす彼。

「何が面白いの!?」
「いやぁ、北欧を理想の国だって崇め奉ってるのは割とEU圏内でもあるあるなんだけどさ、実際に来てみると別に住みやすくないってみんな失望するんだよ。それでこぞって次に目指すのがオランダなんだ、ってオランダ人の奴が前に嘆いてたから」
そう言って彼は吹き出す。

「そういう自分はスペインじゃなかったらどこに行くのよ?」
「うーん、特に決めてないけど、ある程度お金が貯まったら、色んな所を点々としたいな。日本も言ってみたい。本当に」

そして今度は日本についての質問があれやこれやと始まるのである。ヨーロッパでまことしやかに囁かれている日本に関するステレオタイプが真実かどうかについて。「日本人の君が聞いたらおかしいと思うかもしれないけど、――」なんとかかんとか……割と突っ込んだ話まで知ってる知ってる。

さては君、結構ガチな日本オタクだな?


世の中結局お金だとか、資本主義は嫌いだとか、でもアメリカは一回この目で見てみたいとか、辛いことを一切感じない幸せになれる薬を渡されたら飲むかとか、罪を犯した人間は本当に更生できるのかとか、白人至上主義を嘆いたり、核問題についてどう思うかとか、スウェーデンでの生活のたわいもないこと、将来のこと……

ふと気づけばとっくに16時を過ぎている。

いい加減出るかとカフェを出て、特に当てもなくストックホルムを歩き回りながらお喋りすること更に1時間。

17時30分を回る頃、私たちはストックホルムの中心にあるその大きな駅に到達した。私はここから帰るのである。

「これからどうする? 僕は特にすることないけど……」
「リーディング課題やんなきゃなぁ」
「あぁそれはヤバい。手遅れになる前にやらないと、カフェイン片手に徹夜することになる」

なんだろう。彼の横で、次に会うのはいつかなぁとか考える。
彼の滞在する街と私の滞在する街の間の移動は電車を3,4本くらい乗り継いで5,6時間はかかるし。
まぁ、そもそも彼は半年の留学なので1月にはスペインに帰るし。
来年の6月には私も日本に帰る。

文通続けようねって約束して、日本に来るときは連絡してねって言って、一緒に写真を撮った。会えて良かった、楽しかったよって。最後は別れのハグをしてくれないかと両腕広げて待っている彼。自分から迫って来ないところが陰キャなのか、ジェントルマンなのか……ま、両方か。挨拶にしては心持ち強めだと思ったのは気のせいじゃない。

なんとなく名残惜しかったけど、17時半が丁度魔法の解けるタイミングなのだ。

長くてもせいぜい1時間だろうなんて思っていたのに。あんなに可笑しくて楽しくて。勿論、私はスウェーデンで楽しい留学生活を送っている自信があるけれど、一切気を張らないで、ただただ心の底から笑ったのはいつぶりだろう。きっと最後にそんな風に笑ったのはスウェーデンに来る前で。日本の親友達と一緒にいたとき以来だ。

どんな形であれ、彼のいる人生は楽しいだろうなと、漠然とそんな気がした。

私の大して上手くもない英語をうんうんと聞いてくれて、ニヤニヤしたり、声を上げて笑ったり、知的で真面目で陰キャの彼はちゃんと「私」を見ている人で、ちゃんと「相手」を見ている人だった。

くるりと背を向けて、ちらりと振り返りさようならを言う。
"Bye!"
そうして私達は真逆の方向へ帰路についた。


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寮に戻るとイタリア人の友が待ち構えていて、「どやったん、どやったん」と聞いてくる。

「あのね、すっごい楽しかったよ。彼、陰キャすぎて陽キャの国スペインには住めないんだって」
「あー、なるほどね。まぁイタリアもそういうとこあるからなんとなくわかるわ。てことはあんたに対してもシャイやったんか?」
「いや」
「ほ~ん」
「なんだろうなぁ、ずっと前から知ってる誰かにひっさしぶりに会ったみたいな感じだった。ほんとに。でも次いつ会うかは正直わからないねぇ。物理的に遠すぎる。留学してるの南端だし、今学期終わったらスペインに帰るし」
「スペインのどこ住んでるん?」
「マドリード」
「あんたそれはさぁ、日本に帰る前に会いに行かなきゃだめよ! それに、マドリードは綺麗な街やで、バルセロナより安いし」

自分も可愛いガールフレンドがいるくせにニヤニヤが止まらない彼女。

"Awww, now you have a Spanish guy!"
"Really? Who knows?"
"Heyyy! Kiki!"


いつかまた、ご縁があれば、きっとどこかで会えると思うよ。

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