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大人になるため母を殺した | 掌編小説

140字からはじめて―

 

「もっと早くやれば良かったよ、こんなに、何て言うか、スカッとするならさ」
「だろ?俺って強くなったんだなぁって実感するっていうか、大人になったっていう喜びがさ、じわじわと湧き上がってくるんだよな」
「そうそう。やめてくれって血だらけのみっともない手ぇ伸ばすからさ、僕の方が強いんだぜって、もうなんか、自分が誇らしくて仕方がないの!」 

興奮冷めやらぬといった調子で、光吉は唾を飛ばしながらチョコレートケーキにフォークを突き刺す。獣のようにむさぼり食う様子はとても見ていられないが、文句を言う者はない。彼はもう「大人」だから。

ギャアギャア笑って、俺のときはこうだったと、訊いてもないのに語り出す京介に彼が向ける眼差しは輝いている。少し前までは京介を追いかけるだけで、まるで餓えた犬みたいな目をしていたくせに。

いかにも光吉好みの、誰も知らないアイドルの歌が爆音で流れる会場で、私は一人溜息をつく。
出てくる料理はスイーツばかり。そろそろ舌が馬鹿になりそうだ。そんなんだから、みっともない腹を揺らして歩く羽目になるし、京介にいびられて毎日泣いていたくせに。

「優ちゃんも飲む?」
「ん?」
キンキン声のアイドルがうるさくて、あまりよく聞こえない。
傍らに座る桃子は微苦笑すると、オレンジ色の液体が入ったボトルをずいっと私に押し出した。
「あぁ、いらない。私もう甘いの無理」
桃子は「そうだよねぇ」と困った顔を浮かべると隣のテーブルにボトルを回す。
気が弱くて、光吉と並んで“なきむしーず”とか呼ばれていたのに、彼女もいつの間にか「大人」だ。

「私、やっちゃった。ごめんね、優ちゃん」いつかそう言った彼女があまりに申し訳ないって顔をするから、正直少し、腹が立った。
私たちだけは子どもでいようねと約束したのに。

「なぁ、優。お前はいつやるんだよ?まだ踏ん切りがつかないのか?」
京介が子どもだなぁと言うと光吉が笑う。
「私は、だって……殺せないんだもん」
怖いから。人を殺すなんて、私には無理。

桃子も光吉もできたのに?まだ子どものままなの、あんただけだよ、優。
大人になりたい私はそう言うけれど、うるさいうるさい!大人になんてならなくてもいいもん!

 

うんざりするほど長かった光吉の宴がやっと終わると、私は一人、また溜息をつく。

「ねぇ優ちゃん」
不意に呼びかけられて振り向こうとする私に、桃子は小瓶を押しつけた。
「これ、使って。私も光吉君もこれを使ったの。みんな使ってる」
桃子は周囲を警戒しながらこそこそと言う。

「何?これ?」
「良いから。やる前に、少しだけ飲むの。勇気が出るから」

桃子はそれだけ言うと、「じゃあね、応援してる」と付け足して走り去った。

大人になれるのか。これを飲んだら。じゃあ今すぐに飲んでやろう。全部飲んでやろう。
これでもう私だけ子どものままだとからかわれたりしないし、京介たちと肩を並べて語り合える。私はこうやって殺したって。

私はちょっとピリ辛いそれを一気に飲み下す。
腹の底からじわじわと熱くなってくる。
なんでもできる。今の私なら。

 

私は火照った体で意気揚々と帰宅した。

 「お帰り!優」
ママの声。

大人になりたいか?
なりたい!
どうして子どものままなんだ?
だって、ママが人には優しくしなさいって言うから。

じゃあどうする?
殺す。それで私は、大人になる。

 

誰かを殺したいなんて一度も思ったことはなかった。
ずっと子どものままでいい。ピーターパン万歳。

でも、やっと私も大人になったんだって思うと、そんなに悪い気はしなかった。


村には掟がある。大人になるために大人を殺す事。でも私は成し遂げ、大人になり、祝福された。宴も開かれ大好きなオムレツが沢山でた。私は最ッ高の気分で食べた。でも、何故か美味しくなかった。ママが作っていないから?そういえばママはどこ?そういえば最後に殺した大人、ママにそっくりだった。
伊浪冬馬『私は大人になりました』


火樹銀花(Twitter)にて定期更新中、メンバーから送られる140字小説を10倍にして返すプロジェクト。第二回の作品は、伊浪冬馬(Twitter)より『私は大人になりました』。
前回作『嘘』はこちら

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