贅沢品

「こうやって家族で食事をするのもずいぶん久しぶりだな。」
父が上機嫌で僕に喋りかける。
「えぇ、私たちがいつも忙しくて、あなたをずっと家に一人にしてしまっているものね。申し訳なく思っているわ。」
今日は数年ぶりに家族揃ってのレストランでの食事だ。
「勉強はどうだ?ついていけてるか?」
「・・・まぁ・・・それなりに・・・。」
「あら、私たちの子どもだもの。あまり期待しては可哀相よ。」
母はそれでフォローしたつもりなのだろうか。
僕が落ちこぼれなのは自分で分かっている。
そもそも作られた子どもたちとは元々が違うのだ。

今や子どもは『究極の贅沢品』と呼ばれるようになった。
家庭で子どもを育てる夫婦はごくわずかだ。
ほとんどの大人は一生独身で、ほどよい仕事と趣味を楽しみながら自由に過ごしている。
人口が足りなくなる分の子どもは、学者や芸術、スポーツなど一芸に秀でた人材から、精子や卵子を高額な対価を支払う形で国に提供してもらい、そこからAIが最適と思われる組み合わせで受精卵が作られ、人工子宮を活用し子どもが産まれていた。
その子どもたちは親は誰かを知らない。
ただ、その子にあった能力が伸ばせるように成人まで施設で手厚く育てられる。
しかし、僕はごく平凡な夫婦の元に産まれた。
子どもがいても国から経済的な援助は一切無いので、僕の両親は僕を育てるお金のために朝から晩まで休み無く働く日々を送っている。
僕は家でひたすらオンライン授業を受ける日々だ。
今や、家庭で育つ子どもはごくわずかなため、学校も無くなってしまった。

「私たちは幸せね。今の時代にこうやって子どもを家で育てることが出来たのだから。私たちはね、どうしても自分の血を分けた子どもが欲しいと思ってしまったの。だからあなたが無事に産まれてきてくれた時、本当に嬉しかったわ。」
「あぁ、俺たちは金持ちじゃないから大変だったが、お前の成長が何よりの励みになった。」
両親は楽しげに昔話に花を咲かせていた。
僕は久々の家族団らんを美味しい食事と共に楽しんだ。
いつもは一人で寂しい食事だから、こうやって家族で過ごすことは夢見てきたことの一つだ。

楽しい食事が終わり、食後のコーヒーを飲んでいるときだった。
「大事な話があるんだ。俺たち二人で話し合って決めた事だ。」
父が改まって話し始めた。
「お前はあと一年で成人になるな。俺たちはこの十数年、お前を育てるために必死に仕事を頑張ってきたんだ。それは分かってくれるよな?」
僕は頷いた。
「私たちは自分が選んだ道と分かりながらもずっと自由に生きてる人たちのことが羨ましくて仕方なくなってしまったの。」
母が申し訳なさそうに俯いた。
「今日をもって私たちは家族を辞めることにした!」
父が高らかに宣言した。
「えっ・・・?そんな・・・。」
「お前が成人するまでの一年間の生活費は用意してある。だからお前は今まで通り暮らしてくれ。一年経ったら就職と同時に家を出て一人で暮らしてくれ。じゃあ、元気でな。」
父はそう言い残し、レストランを出ていった。
「お父さんが言った通りよ。じゃあ、元気で頑張ってね。」
母もあっさりと店から出ていく。
その顔は全ての重荷から解放されたように晴れ晴れとしていた。
一人取り残された僕は途方に暮れた。
「どうしろっていうんだよ。本当に自分勝手だ。
僕が頭も良くなく一芸に秀でたところもないから就職も難しいと先生に言われていることを知ってるくせに。二人が苦労したことさえ僕にはなんの責任もないのに・・・。子どもが欲しいからと勝手に僕を産んでおいて要らなくなったから捨てたんだな。
くそ。ペット以下じゃないか!!!」

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