【連続小説】SNS監視委員会(第二話)
第二話 1年B組・赤羽利の場合
『小さい胸に、大きな穴が開く』 20XX-09-06 23:17
やっと手に入れた星たちは、ヒトデに変わってしまった。
長いようで短い夏の間に、目を離していた隙に、輝きは失われていた。
皆さんこんばんは、ムコク・ノイタミナです。
いつも創作の小説を投稿しているこのブログですが、今日は本当の話をさせて下さい。
今日、友達を全て失いました。全てと言っても3人だけなんですけど。
そもそも夏休みの間、私は元友と一度も会いませんでした(何だよ元友って)。実はハブられていたことを2学期初日に知りました。
どうしてこうなったんだろう。理由を何度聞いても答えてくれません。いや、一つだけ教えてくれました。「そういう、しつこいところだ」って。
出会ってからの5ヶ月。少なくとも私は楽しかった。でも他の皆はそうではなかったのだろう。何故もっと早く気付かなかったのか。後悔してもしきれない。
……暗い話をしてしまってごめんなさい。明日からはまた小説ブログに戻ります。おやすみなさい。
***
「このブログからIPアドレスと位置情報割り出せる?」
雑居ビルの暗く狭い一室。花崎はキャラもののシールでデコられたノートPCの画面を差し向けた。
「出来ないことは無いけど、処理中の案件が3つもあるから、これ以上タスクを増やすのは正直しんどいかな」
今日も誰かのTwitterアカウントに潜入中の舘林は答えた。
「そもそもブログ主は何で悩んでいるんだ?」
山辺の問い。花崎はスマホから彼のLINEにブログのURLを送信した。「僕にもURL送るだけで良かっただろ」と、舘林が花崎のPCを右斜め前に7cmほど避けながらツッコミを入れる。
「何だ友達問題かよ。しかもプロフィールにJC1って書いてあるし。女の人間関係は複雑で面倒くさいから対応したくねえわ」
いじめ問題だと期待していた山辺は一瞬で気を落とした。
「私たちSNS監視委員会はいじめにだけ手を付けているわけじゃないでしょ? 多種多様な生きづらい人を救っていかなきゃ」
「それは分かるけど、俺も忙しいんだよ。今日も5校回って生徒に聞き込みしないといけないし」
「じゃあ、どこの中学かだけ特定して、あとは学校に任せちゃえば良いんじゃない?」
***
「午後の授業は中止です。今から緊急の個人面談を開きます」
翌日13時30分、1年B組の教室。担任の女性教師・名須谷の突然の言葉に生徒たちはざわついていた。
「静かにして下さい。これは校長先生からの命令で、1年生全員を対象に行うものです。B組は美術部の部室で一人ずつ行います」
まずは出席番号5番までが名須谷先生と共に部室棟へ。部室に着くと名須谷と1番の赤羽利のみ入室し、残りの4人は廊下で待機する。
「赤羽利さん、最近学校はどう?」
「うーん……」
普段から先生たちとは全く会話を交わさない赤羽利。今も緊張している。
「例えば、勉強は問題ない?」
「勉強は……何とかついていけていると思います。試験も親に褒められるくらいには点を取れていますし」
「確かに成績は良いほうだね、特に国語」と、期末試験の成績や通知表のデータを見ながら名須谷は優しく言った。
「じゃあ勉強以外はどう? 何か悩みとか不安なことはある?」
「えーっと……あの、その……」
俯き、ウジウジする赤羽利の顔に自分のそれを近付け、微笑みながら「何でも言って良いんだよ」と囁く名須谷。
それからである、赤羽利がゆっくり口を開け、赤裸々に語りだしたのは。同じクラスの寺武、比美川、村根に縁を切られたこと。その理由を尋ねても答えてくれないこと。自分の何がいけなかったのかを3人に聞いて欲しいこと。
***
「よし、一人目からビンゴ!」
同じ頃、SNS監視委員会のアジトでは花崎がガッツポーズをしていた。委員会の3人は面談の一部始終をモニタリングしていたのである。
ムコク・ノイタミナのブログの投稿からIPアドレスを割り出し、その位置情報から付近の中学校に目星を付けた。校長のメールアカウントをハッキングし、名須谷を含む1学年の担任宛にメールを送信。
>本日の5限と6限を使い、全生徒と個人面談を行うようお願いします。
>特に学校生活における悩みは必ず聞き出し、適切な対応を取ること。
>場所は部室棟で、A組は科学部、B組は美術部、C組は合唱部の部室を使用すること。
面談に使用する3部屋を指定し、それらの防犯カメラ映像もハッキングした上で観察していた。校長は体調不良につき学校に長期不在であり都合が良く、自宅からフリーメールで送信したという設定である。小左向の通う学校でもあるので、彼のいじめ問題を対応した時に校長に関する情報もついでに得ていた。
「まさか小左向君と同じ中学校とは。男子は不良が多く、女子は友達と簡単に縁を切るドライな人たち。この学校大丈夫か?」
映像を見ながら嘆く舘林。
「そう言えばあれ以来、小左向から連絡来たか?」
山辺の質問に対し、花崎は首を横に振った。「あいつもダメだったか。なかなか増えないな」と山辺。
***
【出席番号11番:寺武の面談】
「はい、赤羽利さんに友達を辞めると告げたのは事実です」
「どうしてそんなことをしたの?」
「空気を読めないんですよ。例えば私が話をすれば、比美川さんと村根さんが『だよねー』とか言って共感してくれるのに、赤羽利さんだけは『私は違うと思う』とか言うんですよ。こっちはただ他愛もない話で盛り上がりたいだけなのに、調子が狂うと言うか……」
【出席番号18番:比美川の面談】
「赤羽利は話が長い。しかも“ぶっちゃけるタイプ”っていうか、発言の一部に毒を感じることもしばしばあって。だから話の途中に『人の悪口言うなよ!』って怒っちゃった時もあるし」
【出席番号22番:村根の面談】
「あいつ付き合い悪いんすよね。映画誘っても一度も来たことないし。アクションやホラーの人気作には興味無いみたいだし、あと鬼滅やONE PIECEの映画も断られたっすね。皆読んでいる漫画も読まないで、いつも小説の本ばかり読んで。うちらに合わせようとする努力が微塵も感じられないんすよ」
「うーん……気持ちは分かるんだけど、だからと言って一方的に縁を切るのはどうなのかな。ちょっと一回、4人だけで話し合ってもらえる?」
「まあ、いいっすよ」
***
面談の映像を最後まで見届けた3人は、赤羽利への罵詈雑言の数々に言葉を失っていた。
「4人の話し合いも見る?」
館林の問いに「それはやめておこう。赤羽利がブログで報告してくるまで何もするな」と山辺。
***
その日からムコク・ノイタミナはブログを更新しなくなった。特に花崎は彼女の身を案じ、憂いた。過去の記事を読んでみた。ほとんど小説だった。煽らず静かに感動させる文章表現に心が震えた。
「こんな美しい文章を書ける人が、友達を傷つけるはずないと思うんだけど」
進展もないまま4日が経過し、花崎はふとした疑問を山辺と舘林にぶつけた。
「フリで落としてオチで上げる。物語の構成では良くある手法だ。あえて一旦落とすフリがあるからこそオチの上げが効いてくる。赤羽利さんはストーリー仕立てで話をするタイプなんじゃないかな。でも人間は発言の一部分だけを切り取って批判しがちなんだよ。だから途中のフリだけを聞いて怒る人もいるし、オチで上げるまで待てない人もいる」
「アクションやホラーのように、部分的な見せ場を強調する映画は嫌いなんじゃねえの? おそらく彼女は物語全体の構成を吟味したいのであって、派手なアクションシーンを見たり恐怖体験をしたいわけでは無い。だから本ばっか読んでいるのかもな」
意見を言い合ううちに、3人の中で答えは出ていた。「赤羽利さんに会いに行こうよ」。花崎の提案に2人は賛同した。
***
『たった一つの願いごと』 20XX-09-11 23:45
斜め向かいの家に幼馴染が住んでいた。
物心つく頃から私と彼は公園で遊んでいた。何度も手を繋いで歩いた。
小学校ももちろん一緒だった。私は彼とばかり会話していた。異性と仲良くする私は浮いていたらしく、クラスの女子は誰も話しかけてこなかった。
彼が引っ越したのは小6の7月だった。私はぼっちになった。ずっと彼に頼ってばかりだったことを後悔した。七夕の夜、「中学で女子の友達を作りたい」と流れ星に願った。
しかし、蓋を開けると私は何日も一人で居た。友達の作り方を知らないのだから当然だ。話しかけるタイミングも、話す内容も分からない。考えたり悩んだり迷ったりしている間に女子たちはグループを一つ、また一つと作っていき、ますます入りづらい空気になった。
「一人で俯いていないで、仲良くなろうよ」
入学5日目、私を見兼ねた女子が話しかけてくれた。彼女の居る3人グループに入ることが出来た。私のたった一つの願いごとが叶った。とても嬉しかったのを今でも覚えている。
……昔話を書いたって何も変わらないのに、何しているんだろう私。
明日の放課後、元友3人との話し合いが開かれる。
このまま終わりたくない。その気持ちは今でも変わらない。
でも、この4人が納得する答えを出したい。
それが私にとってのバッドエンドだったとしても。
***
「……誰ですか?」
翌日。夕日に染まる校門を出た赤羽利は、眼前で進路を塞ぐ3人に驚いた。
「SNS監視委員会の山辺だ。話し合いの結果を教えろ」
「山辺君ちょっと黙って。私が説明するね」
花崎が事の経緯を簡潔に説明した。ムコク・ノイタミナのブログから色々調べ、赤羽利に辿り着いたこと。彼女が友達問題で悩んでいることを知り、極秘に調査していたこと。そして、委員会はあくまでも生きづらい人の味方であるということ。
「勝手なことしないで下さい。これは私の問題です」
「3人と話し合いはしたのか? それだけ教えろ」
「……直前までしていました。結論は、覆りませんでした」
赤羽利と元友3人の話し合いは難航した。最終的には赤羽利がグループ復帰か除名か、3人で無記名投票を行うこととなり、無常にも2票を集めた除名に決定したのだった。
「……そうか。教えてくれてありがとう」
「ここまで良く頑張ったね。エライぞ!」
舘林と花崎は笑顔で褒め称えた。しかし、
「……んねえ……んねえ……かんねえ……」
赤羽利が小声で何かを発し続けた。
「わっかんねえんだよ!!」
8秒後には大声で叫んでいた。
「何で私の言いたいことが正しく伝わらないの? 何で途中の一言を聞くだけで怒るの? 何で話の全体を理解しようとしないの? 何で私の気持ちを誰も分かってくれないの?」
「教えてやるよ……人間は分かり合えない生き物だからだ!」
山辺も大声で対抗する。
「昨日のブログ読んで思ったことだけど、お前は友達を作ることが目標になってしまっていたんだよ。だから友達が出来たらそこで終わってしまった。願いが叶ったと錯覚してしまった。でも本当に大事なのはそれからだったんだよ。その関係を維持する努力をする必要があったんだ」
「またお前は……傷口に塩を刷り込むなよ」と舘林。しかし山辺は続ける。
「『友達を大切にしろ』『人の気持ちを考えろ』、学校はいつも漠然としたことしか教えない。それらが具体的に何を意味するか、考えたことあるか?」
「何だよそれ……言葉がふわふわしていて分かんねえよ!」
「簡単なんだなーこれが。逆の言葉で言いかえるだけさ。『大切』は『嫌われない』、『気持ちを考える』は『嫌われないようにする』、つまり『嫌われない努力をしろ』ってことなんだよ。多くを望まなくて良いから、好かれる努力をする前に、まずは嫌われない努力をしろよ。それすら学校は教えてくれないもんな」
「ハァ? それだけで良いのかよ!」
「良いことを教えてやる。社会に出たら友達と言う概念は存在しない。上司と部下、先輩と後輩、そして同期ですら友達とは全く別の付き合い方になる。だから会社で友達を作る必要なんかないし、友達ほど大切にしなくても良い。お互い干渉しすぎず、ほどほどに良い関係を保つのが正解になるんだよ。何が言いたいかって言うと、学校で友達を作る努力とか、その関係を維持する努力なんて、社会では全く通用しないってことだ!!」
(それはそれで違うような……)と舘林は心の中で思った。
「だからよ、友達付き合いが難しいなら、無理に作らなくても良いんじゃねえの? 友達を作らなければならないという固定観念に縛られるなよ。そんな学生のお遊びを頑張ったところで社会に出ても何の役にも立たないんだから。お前は一人のほうが向いているよ。かと言って同級生に嫌われても良いとは言っていないからな。さっきも言ったように、嫌われない努力だけは怠るなよ」
山辺にここまで言われた赤羽利は、とうとう反論の言葉を失った。お互い力の限り言い尽くし、今は2人の息切れの音だけが鳴り響く。
「最後に私からも言わせて。小説はすごい良かった。感動した。赤羽利さんはこれからも赤羽利さんらしく居て欲しい。いつか貴方の良さに気付いてくれる人は絶対に現れるから。そう信じて生きて行こうよ」
花崎はそう言うと、分厚い書類の入ったA4サイズの封筒を赤羽利に手渡した。
「この先、どうしても生きるのが辛くなったら開けてね」
***
翌日、赤羽利は話し合いの結果を名須谷に報告した。
「頑張ったね。今まで辛かったね。まあ3人もまだ13歳だし、あっちはあっちで大人げないやり方だったとは思うよ。せめて赤羽利さんは誰も憎まず、その人の良い部分を見つけられる人になって欲しい」
名須谷は赤羽利の前ではそう言ったが、その後は一人でずっと考え込んでいた。
(また生徒を救えなかった……私、教師失格なのかな)
(つづく)
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