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思春期に傍観していた教師の涙を、せめて創作の中で拭いたかった……

 中学2年の頃、担任は美術の女性教師だった。
 美術は美術室で授業をすることもあれば、教室でする日もあった。
 男子の半分は不良で、特に教室で授業をする日はとてもうるさかった。
 その声量は、私を含め静かにしている生徒たちにとっても担任の話がまともに入ってこないレベルの大音量と言えば伝わるだろうか。

 不良たちはどこまでも荒れていた。ただ大声で雑談するだけに留まらず、定規や消しゴムを使った遊びで盛り上がり、あまつさえ配布されたプリントで紙飛行機を飛ばし合う始末。

「静かにしなさい!」

 担任は当然、何度も注意喚起をするわけだが、底知れぬ非道を極めし彼等がその程度で黙るはずも無く。それどころか、

「うるせえ、ブス!」

 担任に悪口を言い返す者まで現れる始末。絵に描いたような“学級崩壊”だった。

 不良の悪行はこれだけに収まらず、例えば給食で誰かが牛乳やヨーグルトなどを二重に受け取り、1個足りなくなる事件は日常茶飯事で、その度に担任が犠牲になることで事なきを得ていた。

 ***

 季節は秋だっただろうか。この日の終業前のHRも荒れていた。担任の話は相変わらず不良たちの雑談でかき消されていた。

「お前らうるせえよ、先生泣いているでしょ!」

 とある女子生徒の一言で、担任が廊下で立ちながら俯き、涙を拭っている姿に全員が気付く。しかし、不良たちはそれを見ても尚、嘲笑うのだった。ちなみに私は何も言えず、傍観するだけだった。不良たちにいじめられており、彼等に食い下がる勇気は微塵も無かったのだ。

「おい、何しているんだ!」

 学年副主任の男性教師が駆け付けた。「泣いている人を見て笑うのだけはやめろ!」

 ***

「◎◎先生(担任)が可哀想だろ」

 翌日の社会の授業は、教科書を1ページも進めなかった。社会の教師は45分ひたすら説教をし、最後にそう吐き捨てた。

「私も教師を始めたての頃は何度も泣いたわ」

 こちらは理科教師であり学年主任の言葉。気の強そうな女性教師だっただけに生徒全員驚いた。ちなみに理科の授業中も不良たちはうるさかったので、その注意も兼ねていた。

 ***

 こうして何人かの教師が説教をしたものの明確な効果は得られず、不良が更生することは誰一人として無く、非道に終着点は無かった。

「◎◎先生(担任)は教育センターへ異動となります」

 それは全校集会で発表された。担任は事実上の教師引退となってしまった。私のいじめ問題には真摯に向き合ってくれたのに、私は何もしてあげられなかった。

 その未練が、20数年経った今でも心のどこかに残っていたのだろう。

 というわけで、『SNS監視委員会』の第四話は、以上の実話を基にしている。学年や教科などは変えてあるし、担任の女性教師は実際は既婚で子どもも二人居た。ただ、紙飛行機は本当に授業中に宙を舞っていたし、泣いた後に男性教師が来たのも事実であり、まあまあ実話をなぞっていると言って良いだろう。

 問題は泣いた後の展開をどうするか。そこからは完全な創作となる。

 私は、思春期のあの頃に救えなかった担任教師を、せめて創作の中で救いたかったのだ。第一話をUPした今年1月の時点でその想いはあった。しかし、どうやって救うべきか、具体的な方法には長い期間悩まされた。

 しかし、自由で気楽な私はもう深く考えるのをやめた。7月17日という創作大賞の締切日が、半年近くも放置していた『SNS監視委員会』を完結に導くラストチャンスだと思ったからだ。当初は社会問題に一石を投じる風刺作品にするつもりだったが、今は矮小化、ミニマムな着地になっても良いとさえ思っている。肩の力が抜けた途端、第四話のストーリー展開もある程度は見えてきた。

当方128『“Fのコードが弾けなかった”から、今は気楽で居られる。』より引用

 7月に入り、ようやくゴールが見えてきた。キーワードは“矮小化”“ミニマムな着地”。名須谷先生のことを理解してくれる人が一人居るだけで、ハッピーエンドになるのではないか。こうして彼女を救うのはSNS監視委員会では無く、能瀬山先生に決まった。

 あとは見ての通り王道展開である。生きづらさに悩む名須谷と楽観的な能瀬山という対極的な二人が力を合わせ、全校生徒の前で曲を披露し、ステージ上でプロポーズ、二人で世界を巡る旅に出て終わり。どこかで見たような展開でありながら、教師がしてはいけないことでもある。ただ、教師も教育者の前に一人の人間であるということも伝えたかったので、まあこれでも良いのかなと。

 しかし、リアリティーを削り、その分エンタメ要素を強めた弊害もあるだろう。例えば“生きづらい読者”を、名須谷と同じように悩む教師の皆様を救う話にはなっていない。「こんな都合の良い展開ありえねえよ」で終わってしまう。ある程度のリアリティーを担保しつつ、それでも救いのある話に出来なかったことは反省している。

 ***

 これで、あの頃の担任教師を救ったことになるのだろうか。結局、事実も創作も教師を辞めているじゃないか。教師を辞めずに続ける方法を見い出すことが一番のハッピーエンドな気もする。でも変な話、不良は正論で説教されるよりもプロポーズとか色恋沙汰の面白いことが起きたほうが真面目に授業を受けてくれるのでは無いかなとも思ったので(実際は知らん)。

 途中スランプによりエタる可能性すらあった『SNS監視委員会』だが、何とか締切ギリギリで完結はしたし、色々な想いの詰まった第四話を無事に完成させただけでも良しとしようじゃないか。そして第四話は全5話中、最もスキをいただいた回でもあります。皆様ありがとうございます。

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