ホワイトデーお返し選手権 【ショートショート】
2月の第二土曜日、同じ吹奏楽部の秋美先輩が手作りのチョコレートをくれた。
「地球が28回転したあとの100倍返しを待っているよ、アハハハ」
なんて冗談っぽい口調、しかし本気の目で語りかけてくるものだから、目には目をということで、既にラブラブな彼氏の居る秋美先輩にも関わらず、手作りの何かをホワイトデーにプレゼントしようと決めた。
当然、僕以外の男子部員にも同じチョコを与えている。ライバルは12人、これはありきたりの物では勝てない。しかし何が良いのか思いつくわけもなく、今夜の夕食の食材にすることにした。
***
「おい沼倉、まいたけを使った料理教えてよ」
予告なく後ろから話しかけて来ないでよっ、という驚きの顔を僕に見せた沼倉沙希は、料理が上手なことで知られる僕のクラスメイト。
「まいたけ? 急にどうしたの?」
「ちょっとある人に奇抜なプレゼントしたいと思って」
その瞬間、溜め息にも似た誰かの吐息の音が聞こえたような気がした。
「ふーん、でもまいたけなんて初心者が容易に扱える食材じゃないよ」
「それでも作りたいんだよ。その人をびっくりさせたくて」
「じゃあ味噌汁の具として使う? それなら教えるのも簡単だし」
こうして予想以上のペースで事は進み、2日後には沼倉の自宅におじゃまし、二人きりでまいたけの味噌汁を作る練習をした。
「で、おたまでこうやって味噌を溶き入れるの」
沼倉の華麗なる手捌きに、僕はただただ見蕩れていた。
「ありがとう。来週も練習しに来て良い?」
「……う、うん」
***
そして、あっという間に一ヶ月が過ぎ、3月の第二土曜日。
「おい佐藤、屋上来い」
これなら勝てる。放課後、秋美先輩へのプレゼントと確固たる自信を持ち部室に向かおうとした僕を止めたのは同じ部の高橋だった。
「お前、何でよりにもよって沼倉にお願いしたんだよ」
「えっ? 何の話かな?」
「とぼけるなよ! もうクラス中で噂だぞ。あいつの気持ちも知らないで」
「人の気持ちなんて知るかっ!!」
僕は屋上なのを良いことに、力の限り叫んでしまった。
――女は男を裏切る生き物――
地球が太陽のまわりを17周するほどの時間を生きてきた僕が出した結論だった。
だから秋美先輩を喜ばせる為のプレゼントでは無かった。ただ高橋を含む12人のライバルを押しのけ、勝利を掴む為、ただそれだけの。
そして沼倉も――
「僕の知る限り料理が上手なのは彼女しか居なかった」
「おい、それだけか? 本当にそれだけの理由で沼倉を傷つけたのか!?」
そこまで高橋が怒るということは、沼倉は僕に好意を抱いているのだと察した。
「大体、好きでもない男を自分の家に誘うかよ。そこからしておかしいと思わなかったのか?」
だがそれも高橋の憶測に過ぎないだろう。仮に状況証拠が星の数ほどあったとしても、沼倉の本当の気持ちなんて彼女自身にしか分からないのだから。過去に数多の女子に裏切られてきた僕を舐めないで欲しい。
「大舞台で共にトロンボーンを吹いた俺からのお願いだ。もう一度、もう一度だけで良いから、女性という生き物を信じてみてくれ」
「どうして君はそこまで」
「ついさっき、沼倉の家に告白しに行った男子が居るんだよ!!」
その一言で目が覚めた。もし沼倉が僕のことを諦めていたら、その傷心に、その男子が漬け込んで来たら――。
「俺はもうこれ以上言わない。あとはお前が決めろ。お前の本当の気持ちを自分に問いかけろ」
――僕の右手には、まいたけの味噌汁の入ったタンブラー――
「遅れてごめん。これ、プレゼント」
気が付くと僕は息を切らしながら沼倉の家に居た。
「うそでしょ……ある人って私だったの?」
「話は後だ。まずは沼倉に告白したという男子に会わせろ」
「えっ? そんな人いないけど」
(1514字)
あとがき
またしても本来執筆していた作品が水曜に間に合いませんでした。過去作でお許し下さい。出来も1時間なのでお許し下さい。申し訳ございません。
2作品を並行して執筆中なので、どちらかを来週水曜以外にUPしたいですね……。
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