しんちゃんがやってきた

しんちゃんが誰かというと、かつて旅先のブエノスアイレスで、2、3週間お世話になった日系アルゼンチン人家庭の末っ子で、出会った当時はまだ7歳ぐらいだった。

当時、家族や親戚のあいだで、しんちゃんは「ワルガキ」として知られていた。にこやかで愛想の良い2人の姉に比べると、たしかにしんちゃんはきかん坊であった。

でも、いきなり家にやってきた見ず知らずのニホンジンに対して、しんちゃんはやさしかったし、なにがしか興味を抱いている様子でもあった。

ともあれ、それからウン十年が経過し、アルゼンチンで立派な金融マンとなったしんちゃんが、約一ヶ月のバカンスを過ごすため、ひとりでニホンに降り立った。

しんちゃんはいわゆるイケメンではないが、しっかり鍛えられた肉体を持ち、高級取りである(たぶん)。もてないはずがない。なぜひとりでやってきたのかについてはとくに尋ねなかった。

ともあれ、父親が沖縄系、母親が九州系と、ニホンジンの血を引くしんちゃんが、何らかのルーツへの関心から日本に来たであろうという予想は、見事に裏切られた。彼は旅行好きのガイジンだった。

ソウル経由で東京に到着したしんちゃんは、東京観光などそっちのけですぐに中部地方に旅立ち、飛騨高山、金沢を経て、京都、大阪を観光、ふたたび東京に戻って2、3日休むと、直行便で宮古島へと旅立った。

初め、旅行日程を聞いて、てっきり父方の親戚が宮古島にいるのだと思った。でも、彼は父方の親戚がどこにいるかなど知らないという。宮古島へ行ったのはビーチ目的であった。

日本語をほとんど話さないしんちゃんは、Googleマップ、ギョウザ、ファミチキを頼りに日本滞在をマイペースでこなした。東京やその近郊でも、ほとんどスマホに入れたスイカを使って公共交通のみの利用で歩き回った。

でっかいスーツケース2つ、キャリーバッグ1つ、リュック1つにたくさんの日本土産を詰め込んで、都営浅草線空港アクセス特急で成田空港に向かったしんちゃんは、めちゃくちゃクールだった。

しんちゃんの一ヶ月の旅行は、緩急がよく計算され、無駄なくあちこちをめぐるパーフェクトな日程だった。最後の日、旅のよもやま話を聞きながら、ずいぶん勉強になった。

かつての「ワルガキ」は、熟練した旅人となって日本に降り立ったのだった。

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