Waiting in Vainに関するあれこれ
サウンドの変貌
説明すべきことが非常に多く、ここまで触れることができませんでしたが、ウエイラーズのサウンドもアルバムExodusで大きく変貌を遂げています。
銃撃事件によるボブの国外脱出を受けてロンドンで再集合したウエイラーズのメンバーはIsland Records社長クリス・ブラックウェル(Chris Blackwell)が長期ブッキングした録音スタジオにこもって様々な音楽的実験を繰り返し、ブラックウェルを始めとする周囲の助言者の意見も取り入れてサウンドを刷新しました。
例えば、Natural Mysticではそれまでレゲエでは誰もやっていなかった曲へのフェイドイン、フェイドアウトを採用(Blackwellのアイデアと言われてます)、Exodus後半部では当時まだほとんど知られていなかったヴォコーダー(vocoder)をコーラスパートに大胆に取り入れています。
ロンドン育ちの新ギタリスト
こうした新機軸の中心になったのがアメリカに戻ったドナルド・キンゼイ(Donald Kinsey)の後釜としてギタリストとしてウエイラーズに参加したジュニア・マーヴィン(Junior Marvin)でした。
1949年ジャマイカ生まれのマーヴィンは9歳の時に家族とイギリスにやってきて多文化都市ロンドンで育ったジャマイカ系イギリス人です。
ちなみに発音が同じでスペルもよく似ているため、レゲエシンガーJunior Murvinと混同されやすいんですが、まったくの別人です。
豊富な経験と高い対応力
子役としてCMやTVドラマに出ていたマーヴィンはBeatlesの映画HELPやミュージカルHairのロンドン公演に出演した経験もある芸歴が長い人です。
ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)に憧れて牧師だった父親の教会で習わされていたピアノからエレクトリック・ギターに乗り換えたマーヴィンは、18歳でシンガーのリンダ・ルイス(Linda Lewis)とバンドを結成、その後単身アメリカに渡り、T-ボーン・ウォーカー(T-Bone Walker)のバンドに参加、ビリー・プレストン(Billy Preston)やアイク&ティナ・ターナー(Ike &Tina Turner)といった著名なミュージシャンたちとも演奏しています。
イギリスに戻ってからHansonというロックバンドを立ち上げて交友を広げ、数多くのセッションに参加、セッションを通じて知り合ったBlackwellに気に入られ、セッションギタリスト兼プロデューサーとしてIsland Recordsでいくつものレコーディングに参加しています。
Hansonはこんな感じです。もろロックです。
Island Recordsでの裏方仕事はこちら。
その1
その2
バレンタインデーの出来事
ロックやブルーズだけでなく様々なスタイルで演奏できるギタリストとしてイギリスの音楽関係者の間で高く評価されていたマーヴィンは1977年のバレンタインデーにブラックウェルから電話でギターを持ってチェルシー地区のタウンハウスに来て欲しいと言われたそうです。
そこにはボブとタイロン・ダウニー(Tyrone Downie)が待っていました。
すぐテストを兼ねて3人でアルバムExodusのために用意していた新曲で2時間ぐらいジャムセッションしてその場でテスト合格を言い渡されたそうです。
このエピソードはこれで終わりではありません。
なんと同じ日の少し早い時刻にアメリカからも国際電話があってStevie Wonder本人から直々に彼のバックバンドに入って欲しいと誘われていたそうです。
Stevieにちょっとだけ待ってくれと頼んで、マーヴィンはチェルシーに行って初対面のボブといきなりセッションしてボブの誘いを保留して自宅に戻って迷いに迷って家族や友人に相談した上でウエイラーズへの参加を決めたそうです。
申し訳ない気持ちでStevieに断りの電話を入れたら「すごいね」と言われ、ボブとの仕事を優先するように勧められたと本人は語ってます。
マーヴィンと言えば
ここからマーヴィンはボブの最後のコンサートまで行動を共にしたわけですが、ギタリストとして彼を有名にしたのは何と言ってもやっぱりこの曲Waiting in Vainの情感あふれるソロです。
このソロに関して本人が語っている箇所をインタビューから抜粋しておきます。
「ボブは単に曲の中にソロを入れるんじゃなく、曲に何かを加え、曲の一部となって曲をひとつにまとめあげるようなソロが欲しいって説明してくれたんだ。リスナーがそれに合わせて歌えるようなソロだ。ある晩、夜中の2時くらいにそんなソロをやろうとしたんだけど、どうしてもできなかった」
「家に帰ってこの曲の夢を見たんだ。内容は覚えてないけど、曲に関する夢だった。曲のことが頭に残っていたんだろうね」
「次の日、スタジオに戻って弾いてみたら前の晩夢で見たものがそのまま出せたんだ。ソロを弾き終えた時、スタジオにいた全員がフリーズした。お互い顔を見合わせて「誰も機械に触って間違って消すなよ」って感じだった。録音したソロを10回ぐらい再生してから「やった~、できたぞ!」ってお互いに笑いあったよ。そうやってWaiting In Vainは完成したんだ。神秘的ですごくスピリチュアルで有機的な体験だった」
マーヴィンはこうも語っています。
「何度も何度もやり直せば、ご褒美が与えられるってことだよ。筋肉の記憶、曲が持つヴァイブレイション、フィーリング、フィーリングを愛おしく思う心が、贈り物を与えてそれを特別なものにしてくれるんだ。あのソロを聴くたびに、「家に戻って練習しなきゃ」って思うよ。ステージに上がる前には必ず練習するんだ。一音でも間違えたくないからね。有機的に生まれたものを再現するのは簡単なことじゃないんだよ」
隠れたキーパーソン
マーヴィンはこの不滅のソロを残しただけでなく、サウンドエンジニアのロジャー・マイヤー(Roger Mayer)をウエイラーズに紹介し、バンドの音を欧米仕様にアップデートするのにも隠れた貢献をしています。
マイヤーはヘンドリックスがパープル・ヘイズ(Purple Haze)で使用したオクタヴィア(Octavia)というファズ用のギターエフェクターを開発したことで知られる音楽業界の有名人です。
旧知のマーヴィンに招かれてウエイラーズ・ファミリーに加わった彼はExodusのレコーディング開始前にスタジオにやってきてギターの弦をすべて取り外し、張り直してビシっと調律したそうです。
さらにレゲエのレコードは各楽器の音が微妙に調子はずれになっていると指摘して、マイヤーはギターとベースとキーボードのピッチを調整して完璧に同調させてくれたとマーヴィンは語っています。
マイヤーの手によって音程の狂いが修正され、サウンドがブレなくなり、より耳に心地よいものになったという訳です。
20世紀最高のアルバム
歌詞の内容、制作コンセプト、サウンドのすべての面でレベルアップしたアルバムExodusはそのトータルクオリティが評価されてタイム誌(TIME magazine)が選ぶ「20世紀最高のアルバム(Best Album of the Century)」に選出されています。
レゲエアルバムのNo.1じゃないです。20世紀に発売されたすべてのジャンルのすべての音楽アルバムの中で一番上という最高の評価です。
以上、今回のあれこれはロンドンで加入した新メンバー、ジュニア・マーヴィンと彼が関わったサウンド面での革新についてでした。
それじゃまた~
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?