Jammingに関するあれこれ
ここから「愛」の世界へ
「Natural Mysticに関するあれこれ1」にも書きましたが、これは2つの顔を持つアルバムExodusオリジナルLPのB面最初の曲です。
「愛」と「信頼」をテーマとしたB面の幕開けを告げるポジティブで明るく軽やかなダンスナンバーです。
アルバムExodusからは4曲(Jamming、 Waiting in Vain、 Three Little Birds、 One Love/ People Get Ready)がシングルカットされ、どれも世界的に大ヒットしましたが、1980年代中頃、東京のレゲエバーではダンスフロア仕様のこの曲が圧倒的な人気でした。
数えきれないぐらい踊った曲です。そういう意味で個人的に思い出深いナンバーです。
でもこの曲に関しては、ほかに書いておくべき大事なことがあります。
Stevieとの出会いと友情
それはボブとStevie Wonderのお互いに対するリスペクトと友情です。
アルバムExodusリリースの2年前、1975年にボブとウエイラーズはStevieと夢の共演をしています。
Stevieが企画しジャマイカの首都キングストンで開いた目の不自由な子供たちのためのチャリティコンサートがその機会でした。
音も画像もとんでもなく粗いですが、この時の演奏がYouTubeにアップされてます。
Stevieは1960年代の公民権運動を肌で知る社会的意識の高いアーティストです。
心から尊敬するマーチン・ルーサー・キング(Martin Luther King)牧師の誕生日を祝日にするために曲を作って世論に働きかけたことでもよく知られています。
そんな彼はジャマイカでの共演をきっかけにボブと意気投合し、親しい友人となりました。
Stevieと言えば、誰にも真似できないサウンドで1970年代欧米のポピュラー音楽シーンをリードした孤高のクリエイターです。彼に大きな影響を与えた唯一のアーティストがボブだと言われています。
ボブとStevieは1979年にもアメリカで共演しています。
ウエイラーズがフィラデルフィアでやったコンサートを密かに観に来ていたStevieをボブが発見してステージに呼んで二人でGet Up, Stand Upを歌ったそうです。
Master Blaster
その直後にStevieが書いたのが大ヒットとなったレゲエナンバーMaster Blasterです。
Master Blasterは副題Jammin’がはっきりと示す通り、ボブのJammingに対するリスペクトを込めたアンサーソングです。
歌詞ではっきりと名前を呼んでます。誰にでもわかるtribute(敬意のあかし)です。
幻となった3度目の共演
実はボブとStevieは連絡を取り合っていて、様々な形で再共演を計画していました。
StevieはMaster Blasterとルーサー・キングに捧げたナンバーHappy Birthdayを収めたアルバムHotter Than July(1980年9月リリース)の全米プロモーションツアーの全日程でウエイラーズの出演を予定していたと言われています。
でもほぼ同じタイミングでボブが病に倒れて活動を停止せざるを得なくなり、3度目の共演は実現しないままで終わりました。
余談ですが、この時ボブの代役としてStevieとツアーしたのがGil Scott-Heronです。
握手した時の演奏曲
Jammingにはもうひとつ有名なエピソードがあります。
1978年にボブはロンドンでの亡命生活を終えてジャマイカに帰国したんですが、そのきっかけとなったのがOne Love Peace Concertと題された平和のための大規模な野外コンサートでした。
このコンサートでウエイラーズがJammingを演奏中に敵対していたジャマイカ2大政党の党首マイケル・マンリー(Michael Manley)とエドワード・シアガ(Edward Seaga)が同時にステージに現れて、ボブに促されてその場で握手しました。
ボブを扱ったドキュメンタリーに必ず登場する有名なエピソードですが、決して彼のドラマチックで英雄的行為がジャマイカに和解と平和をもたらしたという美談ではありません。
二人は確かに握手を交わしましたが、政治的暴力という名の殺し合いは終わりませんでした。
以上、今回はボブとStevieについてまとめてみました。それじゃまた~