不妊治療#22 夫と別れるか真剣に悩む

12個あった受精卵が
5日目にすべて成長停止。

クリニックで精算を終えたものの
この事実に呆然として、足に力が入らず
しばらく椅子から立ち上がれなかった。

渡された「受精卵の報告書」を見ようとしたが
視界が霞んで読めない。
涙が出ていた。

今日は妊娠するつもりで家を出たはず。

少ししたらおさまるかと思ったが、
涙が溢れて止まらなくなった。

仕方がないのでお手洗いに行く。
受付の女性が心配そうに見ている。
他の患者が来る前に、クリニックを出た。

真っ赤な目のまま
ふらふらと近くのカフェに入った。

落ち着かなければ。
温かいミルクティを注文する。

どういう事だろうか？
受精卵が育たず、すべて死んだという事は。
一昨日まで、順調に育っていたのだ。

それはもう、精子の質の問題である
としか考えられなかった。

卵子はこれだけ数が取れて、全部受精している。
卵子の質の問題だとはあまり思えない。

いずれにせよ、私の卵子と夫の精子では
子供ができないのかもしれない。

もちろん、何度も採卵して受精させれば
胚移植できる受精卵ができるかもしれない。

でも、今回12個すべてが成長を停止したのだ。
その確率は果てしなく低いと思えた。

私は居ても立ってもいられず
近くで一番大きい書店へ行き、
医学の専門書を探した。

生殖医療の本を開いたが、専門用語で難しい。

それに、実験用のラットの事のように
受精卵について淡々と書かれている学術論文を
読む心境にはなれなかった。

本に答えを求める事をやめて
もう家に帰ろう、と思った。

でも、夫に何と伝えよう？

夫はどれだけショックを受けるだろう。
私の伝え方はとても重要だ。

しかし自分でも理解できていない事を
どうやって人に伝えられるだろうか。

平日だったので夫は出社していて
何時に帰ってくるか分からない。
昼すぎに帰宅することもある。

今の状態で夫に会うのは避けたい。
夫の精子の質を責めてしまいそうだ。

それは夫にはどうにもできないことだし、
夫の存在意義の一部を否定する行為に思えた。

まだお昼過ぎだった。
とりあえず映画館へ行き、一度見た
スターウォーズをもう一度見て時間を潰した。

映画を見ている間は
受精卵のことを考えずに済んだ。

時間が経ったので、涙は止んだ。
それでもまだ問題は解決していない。

夫はまだ会社みたいだ。

とりあえず今日は料理を作る気になれない。
「夕食を外で食べてくるね」
とだけ、LINEした。

毎日自炊していたので
これはとても珍しいことだった。

食欲はなかったが、定食屋に入った。
味のしないご飯を口に運びながら

「私が子供を持つには、夫と別れて
　他の人と再婚するしかないかもしれない」

と思った。

私も夫も頑張れば再婚相手が見つかるだろう。
それぞれが子供を持てるかもしれない。

まだ見ぬ子供か、愛する夫か。

夫と出会った日のことを思い出した。

初めてのデートで交際を申し込まれたこと
夫と会う時はいつも緊張したこと

半年で結婚を決めて両親に反対されたこと
それでも夫と結婚すると決めたこと。

片付けられない夫にイライラしたこと
食後お風呂になかなか入らず怒ったこと

おしゃれなので外出準備に時間がかかること
夫の皿洗いが大変そうで食洗機を買ったこと。

一緒に行ったハワイ、パリ、ローマ。

海外旅行に慣れていない夫が機内で倒れたこと
夫だけが子供のスリ集団に囲まれたこと

なぜか夫の間抜けなことばかり思い出した。

私が会社を辞めるとき、賛成してくれた。
それで私は死なずにすんだ。

子宮筋腫の手術の時は看護してくれた。
採卵の時も付き添って見守ってくれた。

夫はよく朝食を作ってくれる。
物静かで、怒ったりしない。
でも細かいことで拗ねる。

そして笑顔は最高にかわいい。

どう考えても夫と別れるという選択肢は無い。

やはり、これからどうするか、ではなく
夫にどう伝えるか、が問題なのだ。

なぜ受精卵が育たなかったのか？
それは私が考えても分からない。

とにかく胚培養士に直接聞こう、と思い
クリニックに面談の予約をした。

そして帰宅して、夫には

「今日はとりあえず胚移植せずに
　胚培養士に話を訊くことにしたよ」と伝え

話してしまいたくなる前に眠ることにした。

※この記事には後日談があります。