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アイスクリームって、やっぱり、おいしいよね。小説『あなたの人生、片づけます』を読んで。

アイスクリームを「やっぱりおいしい」って思えた時、きっと人は元気なんだろうなって思う。
生きていれば、思いもよらないことが起こることはしょっちゅうあるし、余計なことを言って、意図せず誰かを傷付けてしまうこともある。
きっと、「今日は絶好調だ!!!」なんて日は、あとから数えてみたら、少ないのかもしれない。
だけど、前向きな時は、気持ちも元気だし、体中にエネルギーも満ちているから、きっと記憶には残りやすい。
そんな記憶が、「今日はしんどいな」って日の、助けになってくれる。
過去の絶好調がきっと、今日の不調を救ってくれるような、そんなかんじなんだと思う。

垣谷美雨さんの『あなたの人生、片づけます』には、ちょっと不調、が、気付けば迷宮入りになってしまった人がたくさん出てくる。
部屋の散らかり具合なんて、きっとそういうものだ。
ある日突然ぐちゃぐちゃになるわけじゃない。
今日出したものをそのままにしておく、
次の日も、そのまた次の日もそのままにしておく。
そんな一日一日のちょっと不調を積み重ねていくうちに、取り返しのつかないような汚部屋になってしまう。
もうどこから手をつけていいかわからないし、それに、自分はそりゃちょっと不調かもしれないけど、異常なわけではない。
だから、全部をやり直すなんて、そんなのやる気にもならないし、やる必要もない。
そうやって、散らかった部屋の中で、何かがおかしい部屋の中に住み続けてしまう。

だけどもし、「今日は絶好調だ!!!」なんて日が、二度と訪れないとしたら。
人は、どうなっていくんだろう。
思い出せば元気になれるような記憶があるから、今日も頑張ろうと思うし、新しい思い出も作りたいと思える。
だけど、もしその「絶好調」を超える日が二度とこないと知ってしまったら。もう、その記憶しか要らないとしたら。

きっと、過去にしがみついてしまう。

それは、生き方としては、ちょっと、異常なのかもしれない。
でも、それをごまかして、気づかないように、空いた隙間を埋めていく。
心の隙間を埋めるはずが、扉の中を、引き出しの中を、部屋の中を埋めていく。

気持ちとか、思い出とか、そういう目に見えないものに、人はしがみつきたくなる。
でも、目には見えないから、不安にもなる。
不安を埋めるために、目に見えるものに、手を伸ばす。
物が埋まっていれば、空間が埋まっていれば、あの記憶と結びついた物があれば、それが安心になっていく。
しがみついて、執着して、過去から離れられなくなっていく。

小説の中には、そんなちょっと異常な登場人物が、描かれている。
「ここまでは異常だよね」と思いながら、胸が、ズキっと痛んだりもする。
「自分は違うよ」と思いながらも、「でも、わかる」とも思ってしまうから。

高校生の男の子が、アイスクリームを食べて
「やっぱり、これ、おいしい」と微笑むシーンがある。

あぁ、わかるなぁ、その爽快感。
なんだかいろいろあったけど、
でも、やっぱり、このアイス、おいしいなぁ。

そんな風に思えた時は、きっと、もう元気になっている。
気持ちの中でぐしゃぐしゃになってしまった過去の記憶を整理して、
目の前のアイスクリームに、舌の上でとろけていくアイスクリームに、
意識を集中できている。
じわーっととけたあとに、スッと息を吸うと、また、甘い嬉しい余韻が広がっていく。

あの幸せな感覚を覚えていれば、きっと。
多少の苦虫を噛まされても、またがんばれるはずだ。

だって、アイスクリームは、やっぱりおいしいから。
いつだって。
過去にしがみつくことをやめられた瞬間、
ふわっと心の中に風が吹いた瞬間。
アイスクリームは、いつだって、やっぱり、おいしいんだ。

ふと部屋を見渡してみる。
あぁ、まだ過去にしがみついているなぁ。

今週末は、少し片づけてみようか。
大好きなあのアイスクリームを買ってきて、冷凍庫に用意をして。
キレイさっぱりになった部屋の中で、きっと、
満面の笑みで食べるんだ。



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★紹介した本001
『あなたの人生、片づけます』垣谷 美雨著 2016年 双葉文庫
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