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スノーホワイト・ペンシル

溶けるなんて知らないから、5歳の娘は愛してしまう。
指で触れてしまってから、それが失われていくものだってわかるんだ。
雪が降っていた。
街に雪が降って、朝はいつも以上に光に満ちていた。

「おとーさん! おとーさん!!」
娘は冷えた手をぎゅうっと僕に押しつけて、やたらに足をバタバタさせてる。
「きて! はやくー!」

どれどれ。僕はろくに上着も着ないでベランダに立った。雪の降るあの匂いが大気に満ちている。
娘は「ほら、ほら」って、雪を手のひらで丸めて差し出してくる。まるで、お父さんが生まれてから一度も雪を見たことないって信じ込んでるみたいに。早くしなきゃ消えちゃうってお父さんは知らないんだって思い込んでるみたいに。

「きれいだね」
僕はもう溶け始めてる雪を見つめて言った。

「おとーさん」
「なあに?」

「あのね」
娘は握った雪のかけらを見つめて言った。
「雪の白でできた鉛筆がほしい」

白色の色鉛筆は持っているのに(あんまり出番ないけど)、それとは違う白を娘は雪の中に見つけた。大人には見分けのつかない、どこまでも無垢な白。

「雪の白の鉛筆があったら、いつでも雪が見れるね」
僕がそう言うと、「違うの」と娘は首を横に振った。
「雪の白の鉛筆は使わずにしまっておくの。そしたらずっと消えないでしょ」

今朝降ったばかりの雪が、娘の手の中で透明に濁っていく。僕らはまるで名前を呼ばれたように空を仰いだ。
尽きることのない夢のように、雪がこの街に降り積もっていく。

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