誇り高きニャン友 前編
私が会社員のときの話です。
当時のわたしはほんとーに会社に行きたくなくて、昼休みはよく公園で、逃げるように弁当を食べていた。
その公園にはノラらしい猫が何匹もいた。
ふと気付くと、周囲から猫がぞろぞろと出てきている。白毛や茶色など、さまざまな色あいのノラ猫が、イチモクさんにある場所を目指している。
見ると、その先ではおばさんが猫たちにエサを与えていた。
住宅街の真ん中にある公園で野良猫にエサを与えると、フン害がどうとかいわれてるけど、わたしにとっては自分のエサのほうが大事だ、と気にすることもなく重い箸を動かしている。精神が病んでいるせいか、食欲はわかない…。とはいえ食べないと体重が激おちするので、無理やり食べる。
それにしても、ノラ猫はああやってエサをもらえて、いいご身分なものだ。わたしのようななさえない中年には、エサをくれる人なんてだれもいないから、こうやって身も心もぼろぼろにしながら、仕事を続けなければならない。今の世の中は無能な人間よりネコのほうが、なまじ生きやすいのかもしれない。
と、一匹のノラ猫がベンチの背もたれにちょこんと、足をあつめるように立って、じっとわたしのほうを見ている。
もちろん名前なんてわからないので『ナナシ』とかってに命名。オスかメスかもわからない。
「…なんだよ。エサなんてやらねえぞ。こっちは自分が食うので精一杯なんだから」
ナナシは首をかしげながら、じっとこちらを見ている。
それにしても変わった猫だ。よく画像なんかで見る猫とは違い、まったくかわいげながい。ふてぶてしさというか、気迫というか、恐怖さえ覚える。野良として何の保証もないまま、独り修羅場をくぐってきた戦士、といったような顔つきだ。
わたしにとっては目のくりくりした、愛嬌のある子ネコよりもこちらほうが、どこか厳しい世の中をわたってきた同士、といったような気がした。
わたしは何気に携帯をかまえて、写メをとってみた。まったく逃げる様子もなく、ぎろりとこちらをにらんでさえいる。
ナナシはやがてひょいと塀のほうにとびうつり、じっと空を見上げた。おりしも秋の紅葉が色づく季節で、もみじやいちょうの葉がひらひらと舞う中、彼の鋭い視線が木の葉を射抜くように注がれていた。
「なんだ、何をしたいんだこいつは」
わたしは会社に戻ってからも、ナナシのことがずっと気になっていた。
彼は秋空の果てに何をみていたのか。自由気ままな野良猫の世界で、何を目指し、何を求め生きていたのだろうか。ただ会社のいいなりになっている自分と、それはどちらがましなのだろうか。
結局は自由か安定を選ぶか、というだけかもしれない。どちらにもリスクは存在する。でもその果てにあるものは、いったいなんだろう。あるいは自由も安定も、その果てにあるものはよく似たものなのかもしれない。
翌日、同じ公園にコンビニ弁当を抱えてまた行ってみると、ナナシは同じ場所にいて、同じ方向をやはりじっと見つめていた。
朝から季節外れのにわか雨がときおり降っていた。地面はしっとりと濡れ、光を反射する落ち葉が、大量に地面を埋め尽くしている。強風で一気に枯れ落ちたようだ。
ナナシは雨の中もずっとここいたのだろうか。彼の凛とした力強い視線を見ると、それもありえるような気がする。
美しい紅葉は見る影もなく一瞬で散ってしまった。が、そのおかげで、覆い茂っていた美しいイチョウの奥に、…彼がじっと見ていたものが、姿をあらわした。
2階建てぐらいの物置らしい建物は、だいぶ古いもののようだが、その雨どいのあたりに何か、かすかに動くものがある。
そこには体を丸めた小さいネコがいた。ナナシが見ていた昨日から、ずっとそこにいたのだろうか。いやその前からかもしれない、いったいいつからそこにいたんだろうか。体を震わせ、かなりぐったりしている。相当弱っているらしい。
公園にはいつものおばさんがいたので
「すいませんご近所の人ですか?脚立とか家にありませんか?」
と、脚立を借りて、雨どいにはさまった子ネコの救出作戦がはじまった。
おばさんは119番しようかとおろおろしていたが、見た感じはさまっているというわけでもないので、たぶんそんな大げさにしなくても大丈夫。わたしは軒先に脚立をかけて、子ネコをめざしてのぼった。
ふりかえると、ナナシがやはりじっとこちらを、というより子ネコのほうを見ている。わたしが子ネコを抱きかかえて救出すると、ふいに首をそむけて、さも用は済んだといったふうに、姿を消した。
子ネコはだいぶ衰弱していたようなので、おばさんに世話をお願いした。あたりは雨でぬれていたので、わたしのスーツにはところどころ泥がついてしまい、昼休みもとっくに終わっていた。わたしはそのまま会社に戻って、当然上司からおしかりを受けたが、子ネコをたすけていたと言い訳をする気にもなれなかった。
ナナシはいまごろどうしているだろう。なぜあのとき姿を消してしまったのか。あそこにいた理由は、子ネコを助けたかったからなのか。わたしは仕事をしながらもナナシのことが気になっていた。
その日の仕事が終わると、わたしは急いであの公園に向かった。
…後編へ続く(´・ω・`)
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