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【まったり骨董日記_vol.24】兵庫県豊岡市・柳行李の工房へ

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骨董好きの我が夫、気は穏やかだけれど少々偏屈。
独自のルールとスタイルで営まれるその暮らしは、ときどきちょっとヘンテコです。お役に立つ情報はありませんが、くすっと笑ってもらえるような話をひとつ。
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先日、兵庫県豊岡市を訪れ、日本唯一の柳行李(ヤナギゴウリ)伝統工芸士・寺内卓己さんの工房「たくみ工芸」を見学・撮影させていただきました。
長年、寺内卓己さんを撮影しつづけている写真家・山口規子さんによる写真撮影ツアーでのことです。

柳行李とは、コリヤナギという植物でつくられた行李(コウリ/柳や竹を編んでつくった入れ物)のこと。
灼熱の夏から凍える冬まで、一年を通じて気温や湿度の変化がはげしい日本において、柳行李は古来、衣装を傷めずに保管できる入れ物として重宝されていました。また昔は他にも文庫行李として書類を入れたり、飯行李と呼ばれる弁当箱になったりと、暮らしのなかでさまざまに利用されていたと言います。

そして、その昔、但馬(タジマ)と呼ばれていた兵庫県の豊岡は、日本における杞柳細工(キリュウザイク/コリヤナギを編んでつくる細工もののこと)の発祥の地。
東大寺の正倉院に、奈良時代に但馬でつくられた柳箱が10数点納められていることからも、豊岡の柳行李が1200年以上もの歴史を持つ、由緒正しい伝統工芸であることがわかります。

民藝運動の父・柳宗悦もまた、著書のなかで柳行李に触れていました。
<但馬を語るものは「柳行李」であります。(〜中略〜)自然は編むためによい材料を与えてくれたと思います。そうして祖先たちはよい技術をこの町の人々に授けてくれたと思います。>(柳宗悦・著『手仕事の日本』岩波文庫より)

けれども時代は移り変わり、現在、柳宗悦のいう柳行李の<よい技術>を受け継いでいるのは、豊岡市の出石(いずし)にある「たくみ工芸」のみ。
杞柳細工をする職人はいても、柳行李を編める職人は、寺内卓己さんただ一人だけだそう。

コリヤナギを畑で育て、刈り取りして皮をはぎ、天日干しをしたのちに行李を編む。。。
寺内卓己さんは、すべてをその手で行なっている伝統工芸士であり、平成23年度には伝統的工芸品産業大賞のグランプリを受賞している匠なのです。

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軽くて丈夫で少々乱暴に扱っても壊れず、防虫性や吸湿性に優れ、汚れれば洗うこともでき、また雨に濡れればコリヤナギがふくらんで編み目が詰まることからかえって防水性が高まるという柳行李。
伝統的な収納箱としての柳行李だけでなく、こうした機能を活かしつつ、暮らしに使い勝手のよいものをと明治の頃にアレンジされた行李カバンも秀逸です。

年月が経つにつれて、飴色のいい風合いが出てくるといいますから、使えば使うほど愛着もひときわでしょう。「たくみ工芸」が工房近くに新たにオープンした「伝統工芸館 杞柳」で、明治期の行李カバンや江戸の頃の柳行李を見ることもできました。

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ところで「性猶杞柳(セイユウキリュウ)」という言葉をご存知でしょうか?これは「人間の本性は、曲げて器にできるコリヤナギのように善にも悪にもなり得る」という意味の四字熟語。
なにやらカンタンに七変化しそうなイメージですが、実際にコリヤナギを編む作業は、決して一筋縄ではいきません。

下にコリヤナギを敷いた踏み板の上にしゃがみ、体重をかけてがっちりと押さえこんだうえで、コリヤナギに麻糸を通して編み上げていく。
めまぐるしく動く手、じりじりと移動していく足、時にコリヤナギを腕いっぱいに抱きかかえるようにして押さえる姿。

柳行李を編むという仕事は、繊細かつ精密な指さばきが必要とされつつも、手先だけでできる“手作業”ではなく、武道にも通じるような全身全霊をかけた“技”なのだ、ということを、拝見してはじめて知りました。

ひょいと曲げられるどころか、コリヤナギ一本一本でしなりが異なり、そこに込める力加減を変えなければならないだけでなく、一度、麻糸を通してしまったら跡がついてしまい、やり直しはきかないと言います。
そして、この技を習得するまでには最低でも10年はかかるのだ、とも。。。

コリヤナギでも人間でも、本気で相手を知ろうとするならば、じっくり時間をかけて真剣に、全身全霊で向き合わないといけないのかもしれません。
そういえば、私が夫と知り合ってからまだ6年なのでした。
あと4年かけて、相手を思い通りに組み伏せる“技”をしっかり習得していこうと思います。

【工房インフォメーション】
「たくみ工芸」

兵庫県豊岡市出石町魚屋99
HPはこちら

町のメインストリートから少し奥まった、閑静な場所に佇む「たくみ工芸」。寺内卓己さんが日頃、作業されていらっしゃるのはこちらの工房です。昔ながらのひなびた店構えにも心がなごみます。

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「伝統工芸館 杞柳」
兵庫県豊岡市出石町内町107-1
Instagramはこちら

2021年3月にオープンしたばかりの「伝統工芸館 杞柳」。ここでは「たくみ工芸」の若いお弟子さんががんばっています。かわいくてお手頃な柳細工のバッグや藤細工の小物なども充実。また、藤かご編みの体験もできるそうで、こちらも豊岡観光で必訪のスポットですよ!

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【写真集インフォメーション】
写真集『柳行李』(日本カメラ社 刊)は、写真家・山口規子さんが「たくみ工芸」の寺内卓己さんを、3年かけて取材・撮影した作品。最初は写真撮影をするだけだった山口さんですが、いまや店番を頼まれたり、毎年コリヤナギの収穫を手伝ったりするようにもなっているそう。写真家としてのテクニックがあるからだけでなく、柳行李づくりを一から知り、モノづくりへの想いを共有しているからこそ撮れる素晴らしい写真の数々は、見れば見るほどため息が出ます。柳行李の魅力、そして豊岡の魅力を知るうえで、欠かせない一冊です。

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