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『運、試し(に)擬人化』#毎週ショートショートnote

アサが草原の向こうから馬を連れて走ってきた。風がおいしい。草と土の湿ったにおいがする。足元には白い小粒の花が咲いていて、僕の裸足に寄り添う。
「はやくいくよ!乗れー!」

アサが叫んでいる。なぜそこまで焦っているのだろうか。僕は裸足だから早く走れない。ここの草原にはとげのある草木も生えているんだから。

「後ろ!来てるよ!!」

そうアサが切羽詰まった様子で言うから僕が振り向くと、草原の向こうで湿った土がえぐられ、飛び散っているのが見えて、その根元にはセディやケチェ、それに宿敵のジャハがいた。僕は大慌てでアサの方に向かって走る。
ああ、もう嫌だ!いつもいつも僕らばかりがジャハたちみたいな悪ガキに追い掛け回されるんだ!

「ウンタン、乗って!」

僕が馬に乗ると、アサも僕の後ろに乗って、馬を走らせた。びゅうと追い風が吹いて、僕らはすいすいと草原のまた先へ進んで、あったいう間にジャハ達から逃げ切っていた。

「やっぱウンタンは運がいいわね!」
アサが日焼けした顔にスッキリとした笑顔を見せるから、僕もつられて口角が上がる。

馬がぽくぽくと歩みを進めて、僕らはいつの間にか集落に着いていた。
朝の香りと音がする。狩りで獲れた鳥を焼く香り。それに合わせる香辛料と山の実ジャムの甘酸っぱく煮詰まった香り。あるいは寝床の藁の香り。
扉の開く音に、ぱちぱちと薪の燃える音。鶏も早速鳴いては、お寝坊に朝を知らせている。

 
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紙とインクの匂い。仕事をしながら早めのとる昼食の匂い。後ろを女の社員が通ったらしく、シャネルの香水も匂う。
雑音を拾うと、キーボードを打ち鳴らす音に、ページをめくる音。あるいは仮眠中の社員を目覚めさせるアラームの不快音。

「あー、これ、そうだねぇ…。」
担当者の凹凸のない顔を見て、今回もダメかと息をつく。

「なしですよね。薄々自分でも弱いと思ってました。」

「発想は悪くないけど、運や希望とかの正義系グループが悪者に勝つっていうのはちょっと子供くさいよねぇ。」
担当の細い目がこちらを向く。

「…絵本か児童書向きで書いてみる?発想自体は悪くないし。」という言葉を続きで待っていたが、気まずい沈黙だけが流れた。この担当者ははっきりものを言わないで、のらりくらりとしているからどうにも好きになれない。

「また別の書いてきます。じゃあ、自分はこれで。」
そういって担当の蛇原から原稿を取り返す。ぬめっとしてそうな苗字だと毎回思う。

今朝がた、夢に自分の顔そっくりのウンタンが出てきて言った。

「試しに運を擬人化してみたら。当たるかもよ。」
だがしかし、夢は夢。啓示もくそもない世知辛い世の中だ。

売れない新人作家の運賀はスーパーで買った300円のサンダルをひっかけて出版社12階、小説部門をあとにしようとする。
また雑音に耳を澄ませていると、後ろから猛烈な勢いでヒールを鳴らし、歩いて向かってくる音がする。何かと思って運賀が振り向くと、運悪く安物サンダルが磨き上げられた出版社のフロアで大滑走。運賀は大きくしりもちをついて、手に持っていた原稿は宙を舞った。

「大丈夫ですか!」

後ろから迫ってきたヒール女が近寄って原稿を一緒に拾ってくれる。シャネルの香水が香る。悪くない、そう運賀が下らないことを考えていると、

「これ、うちで出しません?」
女の目がキラキラしていた。
首に下がってぶらぶら揺れる社員証を見ると朝井希子。

「運……命?」
運賀があほ面でそう呟いた。


ウンタン(untang)、アサ(asa)、ジャハ(jahat)、セディ(sedih)、ケチェ(kecewa) すべてインドネシア語由来です。ぜひ意味を調べてみてください!

そして最後まで読んでくださりありがとうございます。
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