見出し画像

東大院卒と働く中卒が学業を放棄するまでの話⑦/⑨

〜前回までのお話〜

誕生日に親からもらった一万円を元手に
音楽の街・御茶ノ水にて8,000円のアコギを
手に入れた14歳の少年(私)は、帰宅後、
すぐに何をどう練習すればよいのか
頭を悩ませ、近所の本屋さんで教則本を
買ってギタリストへの第一歩を踏み出そうとした。

・まくら

「武道館でライブをやるっていうのは夢じゃないよね。自分にとって最高のメンバーと一緒に最高のロックンロールをやるとか、そういうのを夢って言うんだよ」

甲本ヒロトがハロルド作石との対談で
そのように言っていた。
ヒロト氏らしい純粋な美しい名言だ。

確かに「武道館でライブをやる」というのは
夢として設定するには違う気がする。
もしライブができたとしても誰かに強いられ
自分が本当は納得してない「売れるように作りました」みたいな音楽や人気アーティストのサポートメンバーとして武道館のステージに立ったとして、それを達成した人は「夢が叶った」とは思うまい。

かたや自分のやりたい音楽、自分が聴きたい音楽を
自分で作り、気の合うメンバーと商業的なことを
度外視して世に出せた人間は「夢を叶えた」と
誰もが思うわけではないだろうが幸せだろう。

私は後者だった。
自分にとって最高のメンバーと
最高の音楽を鳴らした作品をリリースし、
下北沢のサブカルの聖地のような店で
週間チャートの二位を記録した。

これを他人は大したことではない、
志が低い、と思うかもしれないが、
私は夢を叶えたと満足している。

音楽を含む創作は、まず自分が楽しみ、
自分を満足させることが最も重要だと
長年の活動で私がたどり着いた結論だ。

そしてギターを手にした14歳のとき、
自分の人生を捧げようと
思えるほど夢中になれるものと出会えた私は、
もしかしたらその時点でひとつの夢を
叶えていたのかもしれない。

・情弱少年、教則本を買う。

さて、ギターを買ったものの
何をどう練習すればよいのか
皆目わからない私は、近所の本屋さんに
ギターの弾き方が書いてある本を探しに来た。

とはいえ東京郊外にある小規模な本屋である。
それほど品揃えがよいはずもない。

『フォークギターの弾き方』
『エレキギターの弾き方』
『教則シリーズ・ヴァン・ヘイレン』

ギターの教則本はこんな感じだった。
どれもギターの教則本には変わりはない。
ならば買うのは一番、価格が安い本に決まっている。
私が手に取り、レジへ向かったのは
『フォークギターの弾き方』だった。

そして帰宅してビニールに包まれた教則本を開く。
まずAm、Dm、そしてEというコードの押さえ方が
書かれていた。
8,000円のフォークギターでそれらを鳴らすことを試みる。
右手の親指で六本の弦を一番上から下まで。

「ぽ、プツプツプツ、ぽーん」
え?
親指、小指を除く左手の指で押さえた弦の
音が出ない。
弦がめちゃくちゃ堅い……
私は手が小さいうえに握力もない。
弦をうまく押さえることができなかったのだ。

プロはこんなものでギターソロなど弾いたりしているのか!?
と驚いたが、そんなことで挫けるほど
ギターを弾けるようになりたい、という願望は
中途半端なものではなかった。

あとからわかったが、この8,000円の安物ギターは
弦高が異常なほど高かった。
いわゆる弦とフレットとの縦方向の幅だ。
当然、これが高いほど弦を押さえるのに
握力の強さが必要となる。

これは弾きにくいギターの代表的要因であり、
アコギの弦はエレクトリックギターと
比べものにならないほどに堅い。

しかし、そんなことがわかるはずもない
ギター童貞の私は数日、それらのコードを
押さえられるまで練習した。
そして、いよいよ曲を弾いてみようと教則本の
課題曲みたいなのを確認した。

曲は『私の城下町』
これは……こんな曲、聴いたことねーし、
自分が弾きたい音楽では絶対にない。

その教則本にはタイトルどおり、
いわゆるフォーク/歌謡曲しか掲載されておらず、
かろうじて知っていた曲は
さだまさしの『精霊流し』と
イルカの『なごり雪』のみ。
渋すぎる。私は場末の酒場で流しをやるつもりはない。
そもそも、そんな職業が90年代にあったのかどうかも怪しい。

しかし、とりあえずは何でもいいから
弾いてみるほかない。
これが弾ければ、ロックしてロールするのに
必ず役立つはずだ!
と、A型まる出しの真面目さで取り組んだ。
いつの時代も情報弱者というのは哀れなものである。

・ロックを弾きましょう

そんな感じで数ヶ月、ギターを練習した。
方向性を豪快に間違えたとはいえ、
来る日も来る日もFive&Dimeなジャンクなギターを
練習した左手の指先はボロボロを乗り越え、
タコができたように皮が厚くなり、
”それなりに” 音楽らしきものを奏でられるように
なってきた。

学校でギターが弾ける友人に
そんな感じでギターを練習していると話すと
友人は苦笑い。当たり前である。
お前はGuns N' Rosesが好きなのではないのか、と。
翌日にロック系のギター専門誌を貸してくれた。
表紙でダブルネックの変わったギターを構えた
おっさんがジミー・ペイジという偉大なギタリスト
だということも知る由がなかったが、
のちに彼のプレイにも私は夢中になる。

・そして再び楽器屋へ。

そして放課後に学校から程よく離れた楽器屋へ
友人と行くことを約束した。
どうやら楽器屋では「試奏」という名目で
弾きたいギターを弾かせてくれるとのことだ。
ということは憧れのギタリストが使っているのと
同じ形のギターを弾ける。
なんて素晴らしいのだ。
もう授業なんか、いつも以上にうわの空である。

その日は部活もない日。
こんな私でも一応はスポーツする部に
所属していた。
中学というコミュニティでは運動部に入らねば
スクールカーストの最下層として三年間、
雑魚キャラ扱いで同級生に見下されることを
意味する。
今はどうか知らんが、そんな時代だった。

・今回も長いので。

そして私は楽器屋で初めてエレクトリックギターを
触ることになるのだが、そこでいよいよ本格的に
人生をバグらせる。
その詳細はまた次回。


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?