映画の”高濃度なクチコミ”を生み出す5つの「琴線スイッチ」
こんにちは。モダンエイジの映画大好きマーケター栗原です。
前回は、『大怪獣のあとしまつ』の事例をもとに、映画におけるクチコミの重要性と、どんなクチコミが発露されるかを想定しながらマーケティングコミュニケーションを検討する重要性、について書きました。
↓↓前回の記事はこちらです。
SNSでの友人知人の投稿、リアルでの会話、映画レビューサイトでの高い点数、尊敬する著名人の評価…、こうしたクチコミは未鑑賞者の意欲醸成に大きな影響を与えます。
特にその映画についてどこがどう良かったのか長々と説明していたり、文章や口調からその熱量を感じられたり、その映画に対する熱狂を感じられるような”高濃度なクチコミ”に出会うと、より「観てみたい」といった意欲を醸成することができるでしょう。
今回はそのようなクチコミが、鑑賞者の中でどのように生み出されていくのか、人はどのような時に映画について「語りたい!」と思うのか、そのメカニズムについて考察していきたいと思います。
■感情を大きく揺さぶること
まず大前提にはなりますが、人の感情を大きく揺さぶらない限り、上記のような”高濃度なクチコミ”は発生しません。
と言いますのも、映画を劇場で観終えた後、時間をかけてクチコミを書ける人、わざわざ人に薦めるためにクチコミを書こうと思う人がどれだけいるでしょうか。
例えばデートで映画を観に来ていたとします。そのカップルは、鑑賞後ランチやディナーに行ったり、別のスポットをぶらぶらしたりと忙しくなってしまうので、クチコミを悠長にしている時間はあまりなさそうです(スマホばかり見ていたら相手に怒られちゃいますね)。家族で劇場に行ったとしたらどうでしょう。映画を観終えた後、ショッピングをしたり、車を運転したり、はしゃぎまわる子どもの相手をしなければならないと思うと、じっくりクチコミを書いている暇はなさそうです。
そうして映画鑑賞後、落ち着いて時間がとれるころには、「観に行った」という報告めいた投稿しかできなかったり、それならまだマシで、クチこむことをもはや忘れている、クチコミを書くことすら脳裏に浮かばない、といった人が大半を占めるのが現実でしょう。
そんな中で、映画の鑑賞意欲を左右するような”高濃度なクチコミ”をしてもらうためには、その映画の余韻が持続するくらいに、大きく鑑賞者の感情を揺さぶらなければいけません。
どんなに忙しくても、どんなに鑑賞から時間が経っても、その映画について「なにがなんでも語りたいんだ!」と思ってもらわなければいけないのです。
■映画における「琴線スイッチ」
少々前置きが長くなりましたが、そうした大きな揺さぶりを生みだすためには、タイトルの「琴線スイッチ」の考え方が重要であると考えています。
この琴線スイッチをどれだけ多く、どれだけ深く押すことができるのか。それによってどれだけ大きく感情を揺さぶることができるのか。
映画を観て生じる感情は沢山ありますが、自分の実体験や他の方のクチコミを見て、普遍性のあると考えられる部分を、5つの琴線スイッチとして抽出しました。それがこちらです。
〇感動・共感
映画を観て、登場人物の心情やシチュエーションに感情移入をしたり、その結果強く感動して、涙を流してしまったり、強い感情を伴う琴線スイッチ。例:「自分も主人公と同じような経験をしたことがあって、共感しすぎて号泣してしまった」
〇興奮
映画を観て、無心になって楽しんだり、怖がったり、笑ったり、思わず興奮して「面白かった」と口ずさんでしまうような、アトラクション的琴線スイッチ。例:「頭を空っぽにして楽しめる最高のコメディ映画!超笑える!」
〇予想外
映画を観て、いい意味で騙されたり、予想外の仕掛けに翻弄されたり、「やられた感」だったり、そのインパクトを共有したくなるような琴線スイッチ。例:「前半のシーンが、ちゃんと後半の伏線になっていて、見事な回収に鳥肌が立った」
〇示唆・考察
映画を観て、社会問題を考えるきっかけになったり、暗喩的な描写を考察したくなったり、観客の頭を悩ませ、心をかき乱すような琴線スイッチ。例:「こういった地域に住んでいる人が、こんな問題を抱えているとは知らなかった。」
〇驚嘆
映画を観て、その映画の他の要素がどうであれ、ある突出した要素を「凄い」と讃えたくなるような琴線スイッチ。例:「ストーリーは微妙だけど、あのシーンのワンカットのアクションは凄すぎた!」
ここから派生して、説明や言語化が難しいものも含めて色々な感情が生まれうるので、あくまで考えやすいように5つに抽象化したものだと捉えてください。
まず映画の内容そのものが、こうした琴線スイッチのどれか一つでも確実に押せるパワーを持っていなくてはなりません。そして映画の内容が素晴らしいだけでなく、マーケティングコミュニケーションによって、押せる琴線スイッチの種類や深さをブーストしてあげること。こうした合わせ技によって、”高濃度なクチコミ”が生み出される可能性を引き上げることができると考えています。
■『コーダ あいのうた』
いまご紹介した琴線スイッチを、直近公開され、”高濃度なクチコミ”が多く上がった映画で見ていきたいと思います。まずご紹介したいのが、今年1/21(金)に公開された『コーダ あいのうた』です。公開から1か月ほど経過した現在でも、映画ファンの間で大きな話題になっている作品です。
未鑑賞の方はこちらであらすじをチェックしてください。
本作に寄せられた実際の”高濃度のクチコミ”を見てみましょう。かくいう私もクチコミにひかれて、劇場に駆けつけたうちの一人です。
どうでしょうか?思わず映画を観たくなってしまうような素晴らしいクチコミですよね。本作については、上記のような”高濃度なクチコミ”が、ここで挙げればキリがないほど、現在進行形でSNSを賑わせているのです。
この映画がそうしたクチコミの発露を実現したのは、作品がポテンシャルとして持っていた、下記のような琴線スイッチを深く押すことができたいたからだと思います。
感動・共感…「めちゃくちゃ泣ける。」「家族愛に号泣。」
示唆・考察…「聾唖の人の苦労や葛藤、考えさせられる」
「家族と夢、どちらを選べばいいのだろうか」
驚嘆…「エミリア・ジョーンズ初めて知ったけど、凄い歌唱力」
「普通見せ場になるはずのシーンの、あの勇気ある演出が凄い」
そして感動要素を押し出した予告編や、歌唱力に定評がある上白石萌音さんのキャスティングなど、映画本編の力と合わせて、マーケティングコミュニケーションが一貫していたことも、上記のような琴線スイッチを効果的に押すことができた要因だったと思います。
映画本編が強いのはもちろんのこと、マーケティングの後押しも適切でした。どんなクチコミが生まれてほしいのかを想定しながら、プランニングを行っていたのではと推察されます。
■『スパイダーマン:ノーウェイ・ホーム』
続いては、世界中を席巻している、「スパイダーマン」最新作です。こちらの作品について熱狂的なクチコミが数多く生まれていたことは、もはや紹介するまでもないでしょう。「スパイダーマン」のクチコミについては、こちらの記事でも語っていますので、ぜひ覗いてみてください。
そんな本作を改めて琴線スイッチで見てみましょう。
感動・共感…「スパイダーマンをずっと観てきてよかった、ありがとう」
「涙なしでは観られない」
興奮…「笑って泣いて、わくわくする最高のエンターテインメント」
予想外…「まさかこんな展開になるとは」
示唆・考察…「あのシーンやこの小道具はオマージュや小ネタだろうか?」
驚嘆…「スパイダーマンVSドクターストレンジのシーンの映像が凄い」
「ユニバースを超えてヴィランを揃えた企画自体が凄い」
もちろん「スパイダーマン」というコンテンツの強さはあります。ただこれがただの続編だったならば、ここまでの”高濃度なクチコミ”が生まれることはなかったと思います。
上記のように多方面から琴線スイッチを押すことができていたこと、特に「予想外」「感動」のスイッチは強く、鑑賞者が語りたい要素を多く持っていたことが、他のエンターテインメント作品との差を生んだ一因でしょう。
またマーケティングコミュニケーションも、映画の内容と相乗効果で琴線スイッチの深度を高めるようなものでした。
まず予告編では、アクション要素を強く打ち出しつつ、ヴィランの登場を小出しにして、観客の事前の「興奮」「考察」を盛り上げました。そこから映画の公開後は、ネタバレ厳禁の空気感を作り出し、映画本編における「予想外」を際立たせたことや、公開後の「感動」を煽るような、宮野真守さんがエモーショナルにナレーションするTVCMも放映されました。
こうして普遍的な琴線スイッチとしては5つすべてを抑え、あらゆる方面から”高濃度なクチコミ”を生み出すことができたこと、これが予習・復習が必須の本作が、高い鑑賞ハードルを乗り越え、記録的な大ヒットを打ち立てている一つの要因なのではと推察しています。
■本編×マーケティングで琴線スイッチを押すこと
直近の話題作でも見てきたように、大切なのは映画本編×マーケティングの合わせ技です。
言い換えれば、映画本編そのものが持つ力と、マーケティングコミュニケーションを掛け合わせて、観客のどんな琴線スイッチを押して、どんなクチコミを生み出したいのかを考えること。
前回の記事から繰り返しにはなりますが、映画を観てどう感じるかは観客の自由ですから、クチコミに正解も不正解もありません。そのためクチコミを完全にコントロールすることは不可能です。
ただマーケティング観点から、どういう琴線スイッチを本編×マーケティングの合わせ技で押し、どういったクチコミを発露させるのかを事前に設計しておくことで、映画のとってより良い未来が築ける可能性があるのではないかと考えています。
何かの参考になれば幸いです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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