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身のほど知らず

ボクサーを舐めてはいけない。

身のほど知らずの凡人はよく言う。
「俺の方が身長高いから勝てる」と。

そのからだは、鉄のかたまり。
そのパンチは、吊り鐘の橦木(しゅもく)。
その目は、光センサー。
そのフットワークは、ネコ科動物。
その当て勘は、スナイパー。
その空間把握能力は、赤ちゃんを見守る母親。

凡人の誰が勝てようか。

地獄のようなトレーニングを重ね、鍛えに鍛え抜いたその能力。己を知って敵を知り、連日連夜「殴り倒す」ことを脳が枯れるまで模索し続けいるその「サムライ」を前にして、凡人は言う。

「俺の方が身長高いから勝てる」と。

一方、凡人の低能っぷりも舐めてはいけない。

朝起きて「あ〜腰いてぇ〜」とダラダラぼやき、玄関で靴を履く時はもたついてよろめき、街に繰り出しては、松屋でW定食を食べて動けなくなるまで腹を満たし、右側重心の歪んだ体で立ちながら煙草をふかし、ただただぼーっと佇む始末。しまいには「俺、喧嘩したことあるから♪」と、疑いのない自信をまとう。

愚の骨頂だ。

凡人の言う喧嘩というのはたかだか20秒の話だ。ボクサーの3分12ラウンドを戦い抜く体力、気力、集中力とは雲泥の差なのだ。

1分以内に「陸で溺れる」ことになるだろう。

テーブルに足の小指をぶつけては「痛ってーーー!」と泣き叫び、しばらく何もできない状態になるのが凡人。
ボクサーは顔が腫れようが、片目を失おうが、指や腕の骨が折れようが、血だらけになりながら何も言わずに相手を仕留めにかかる。

1分以内に「スクラップ」にされるだろう。


「全てが違う」のだ。

ボクサーを舐めていけない。


「はい♪ここまでの話聞いてどうだった?お前、それでも勝てるって思う?」

「ん〜、凄いってことは分かるんだけど、そのボクサーの身長って165cmでしょ?俺175cmあるもん。体重だってその選手より15㎏多いんだし、絶対勝てるって。勝てるよ。うん♪」

「振り出しかよ!ははっ♪」


『身のほど知らず』って、ある意味幸せなことなのかもしれませんな。






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