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#003 湘南モノレールと江ノ電とよしもとばなな


来た道を戻らなくてもいいのだ。

はじめての場所を通って、しばし立ち止まってしまっても、居場所は見つかるのだ。

たとえ元の場所に戻れなくても。

よしもとばななの『王国』という小説(全4冊!)が好きで、何度か読み返している。分かれ道に差し掛かるとふと思い出して、読む。

この小説、

居場所というものが、場所ではなくて人にあるのだと教えてくれる。語弊を恐れずに言えば、居場所の作り方ノウハウ本のように優しく書いてある。

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この小説を久しぶりに思い出したのは、

「湘南モノレールにも、江ノ電にものりたい。」

という、いつもながらに注文の多い王子様(4歳)の要求によって決行された旅の途中でのことだった。

我々は埼玉県の所沢市在住なので、はるか湘南に向かってまず大船まで行き、そこから湘南モノレールで湘南江の島駅まで行く。そして江ノ電の江ノ島駅に乗り換え、藤沢まで乗って帰宅……というコースを設定した。

暖かに晴れたこの日。JR根岸線を経由して、大船駅に到着した我々は、湘南モノレール駅を目指した。

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懸垂式のモノレールに乗るのはこれが初めて!

湘南モノレールの何が印象的だったかって、そのスピード、高低差、最後に開けた景色(海方向)に向かってビューンと下ってゆく急降下のドラマティックさ。この「山を下る」ところで、わたしの何かが蠢き出した。

湘南江の島駅を降りると、空気はもう海辺の町。

とにかく海を見よう!と歩いていくことにした。途中で江ノ電の線路を超えると、道の両側にはレストランやカフェ、土産物やなどが並んでいて海辺の観光地らしい景色をしみじみ味わうことができた。

そして現れる海。

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晴れて暖かで、もう走るしかない気持ちよさでした。

混雑するシーズンではなかったので人は少なく、海も心なしかリラックスした波のリズムに見えた。

ここでまたわたしの奥底で何かが疼く。何かを思い出しかけている。何だろうこの感覚。

目の前では子がはだしになり、ズボンをびしょびしょにぬらし、もはやパンツまでびっしょりになりながら波から逃げたりしながら、渚を駆けまわっている。着替えを持ってきて本当に良かった。ちょっと離れたところにサーファーが何人かいて、もうちょっと離れた場所にヨットが浮かんでいる。

波は動き続け、人々は海と戯れ、楽しい嬉しい大好きな空気が満ちていて、不幸なことなんてかけらも見つけられない、そんな場所。そんな場所でわたしは立ち尽くしている。

何だろう、この感じ。

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水際に江ノ島の影が写っている。水鏡!

何だろう…と思っていたら、やがて海に疲れた子が帰ると言いだしたので、わたしたちは江ノ電の駅に向かって歩き出した。

駅について、ホームで電車を待つ、その時になってやっとこさわかった。

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江ノ島電鉄の江ノ島駅


かつてこの江ノ電に乗った時のこと。あの時は独身で、まだ文章を書く仕事ができない焦りとか、自分の可能性へのうぬぼれなんかを抱えながらも、自分だけのペースで歩いていた。

今はあの時と違う駅で乗り、違う駅で降りようとしている。傍らには子どもがいて、これから来る電車を心待ちにしていて、わたしは子どものペースに合わせて歩き、どんな電車を使って家に帰るのか相談している。

1人の時には考えられなかった、この駅にこんな形で来ることになるなんて。この感じ。あの小説の世界。

わたしは来た道と違う道を通って、旅をしていく。この旅の仲間がわたしの居場所で、仲間は増えたり減ったりするけれど、この旅をしながら築いていくもの、それがわたしの王国。

「大船駅」から「湘南江の島駅」、そして「江ノ島駅」から「藤沢駅」へ。

疾走する湘南モノレールから、穏やかにとどまる海を経て、のんびりと家々の間を走っていく江ノ電へ。

生きていると、スリリングに早く進むことが楽しい時もあれば、焦ってもゆっくりとしか進めない時がある。

そのすべてが、わたしの王国のための時間なんだよね…ということを、この小さな旅で確認したみたい。わたしがこんな思いにしみじみしていると、隣の4歳が落ち込んでいる。

「動画が、じょうずにとれなかったの。」

湘南モノレールに乗ったときの前面展望動画がスマホでうまく撮れなかったことが悔やまれてならないらしい。

それでも、また次の新しい電車に乗りに行きたいと言う。

そういうものだよね。

違う電車に乗って、新しい場所に運ばれていこう。きっとそうやって君は君の王国の基礎を築いているはず!

(次回は、レトロな譲渡車両が活躍している流鉄です。)


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