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当たり前ではない、愛おしい日常

 昨日はいつものように金曜日の朝市に行った。ここのところ毎週のように思うのだけれど、葉物野菜の価格が異常に高い。ものによっては旬の時期(少し涼し目の季節)の倍くらいにもなっていることに驚く。

 少しでもお買い得に、と色々な店を見て回り、頭の中で計算機を弾く。「安かろう、悪かろう」では元も子もないから、出来るだけ安くてしかも新鮮なモノを選ぶとなるとなかなか頭を使う。いつもの葉付きのビーツの束も、以前の倍の値段。今回は葉を落としてお皿に5つ盛られているのを半額で買った。悪くない。ビーツは粗めにおろして生のままサラダのトッピングにしたり、カレーや肉じゃがやスープに入れたり。我が家ではすっかりお馴染みだ。

 朝市から帰って、カートに詰めた野菜や果物を玄関先で取り出していたら、お隣さんが顔を出された。台湾からの移民のご家族で、もともとはご夫婦と50代と思しき娘さんが3人。(うちお一人は結婚で別居されている。)同居の娘さんのお一人は数年前に糖尿病で亡くなられた。ご両親が経験された逆縁の哀しみは、生涯癒えることはないのではないか。それ以来、ふっくらとされていたお父様(80歳くらいか)がひとまわり小さくなられたように見え、胸が張り裂けそうになる。

 「こんにちは」とお父様が私に話しかけて来た。「お元気ですか?」日本語だ。ご家族のうち、お父様だけは日本語をお話しになる。とても親日家な方で、子供達が小さかった頃にはクリスマスや子供の日などに欠かさず贈り物を届けてくださった。確かお孫さんがうちの息子と同年で、生まれ月も同じだったと記憶している。

 娘さんが出勤されるようで、玄関先で小さな椅子に腰掛けて靴を履かれていた。足が少しご不自由で、道でお会いすると片足を引き摺るように歩かれている。お父様が車で職場まで送って行かれるのか、娘さんのことを優しい眼差しで見守っておられた。開かれた扉の向こうからは、漢方の朝鮮人参?を煎じる独特の香りが漂っていた。奥様とは中国語で会話をなさっているので、私にはその内容はさっぱり理解できない。

 「今日は暑いですね」と話しかけると「夏だからね〜、それが当たり前なのよ。」とお父様がお応えになった。なんともお優しい口調になんだか泣きたくなってしまった。最近はそんなことが多い。頑張っているひとたち、季節の移ろい。たまたま早起きをして見ることが出来た見事な朝焼け。些細な日常生活が愛おしくありがたい。

 

今朝見た朝焼け。まさに早起きは三文の徳。

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 先日、戦火を逃れて二人の幼子を連れて帰国された日本人女性の記事を読んだ。いつ戦争に駆り出されるか分からないご主人様、そしてお義母様を残されての出国、その胸中をお察しする。

 ブラジルにも18歳以上の成人男子には徴兵制度があり、さまざまな権利を剥奪されないために基本的には務めを果たすことになっている。うちの息子もその年齢を迎え、本来なら徴兵の対象であったが、このご時世で志願者が多く予算が足りないとのことで免除となった。
 
 数年前にその年を迎えた親戚のお子さん、階下に住むクッキング男子も1年間の務めを果たしている。定職に就いた、大学に進学した、健康上の問題などで免除になる例も少なからずあるが、免除が難しい年もあったようだ。その期間には住処を提供され、給与が支給される。でも、万が一の場合は国を守るために戦場に駆り出されるということになるのか。今起こっていることも、他人事のようにはとても思えない。
 
 帰国されたその女性が、義母様から伝授されたボルシチのレシピをシェアされていた。ご自分が根を張るつもりで移住した、愛する第二のふるさとの食文化を知ってもらいたい。そんなお気持ちが伝わって来た。そうだ、朝市で買ったビーツを使って、初めてのボルシチ作りにチャレンジしてみよう。平和を願いながら。

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 今週に入り、サンパウロでは屋内外に限らずマスク着用の義務が解除となった。但し、人と人とが密着する交通機関ではまだ対象外。外を歩いた感じではマスク着用率は半分くらいだろうか。息子が通う予備校の講義室は百数十人の予備校生でぎゅうぎゅう詰めになる。換気が不充分と思われるため、引き続き自主的にマスクを着用している。朝市では、お店の方々は早速マスクを外し、お客さんはマスクでガッチリガード。大声で呼び込みをするので皆警戒しているらしい。ブラジルでは4月の終わりにカーニバル開催も予定されているので、この先も何事もないよう祈るばかり。

サッカーの試合中ももうマスクをする必要はなくなった。

 
 【オススメミュージック】
 
 ジャズピアニストの大江千里さんのアレンジによる美しい旋律を、ただ目を閉じてじっくりとお聴きください。


 

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