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smashing! オレのいせかいひざくりげ・中

キィィィ…ン

凪いだ水面に緩やかに広がる波紋のように、空気が震えた。ずいぶんと長いこと眠っていたようだ。男は寝台から体を起こすと、天から射す薄明光線に目を細めた。天使の梯子と呼ばれる現象だ。彼をここに捕らえているのは、目には見えない呪の鎖。

気付けばまるで深い深い井戸の底。泥の中で藻掻いて、手の伸ばしても上には届かない。だからただひたすら待つのだ。自分の知らないあの空の下に、どうかここから連れ出してはくれないかと。
ある日釣瓶が落とされ、掴んだ手ごと一瞬で外の世界に引きずり出される。もう井戸の底には戻りたくない。そんな日がやってくる予感を。彼はずっと待っていた。

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「やーここ広いねえ!全然進んでる気しないん」
「…すみません、迷いました」
「だと思った!」

洞窟の中なのに閉塞感がなく、普通に太陽光も降り注ぐ。その分方向感覚が狂いがちで、しかも磁場が狂っている。それでも全く焦りが湧いてこないのは、この伊達さんの呑気さだ。どんな状況にも順応しそこに楽しみを見つけてしまう、そんな性格はこっちの彼にしても同じだった。

「伊達さんお腹空きませんか?飯にしましょう」
「いいねえ!なんか実が成ってたなあ、採ってこようか」
「宿屋の喜多村さんがお弁当を持たせてくれたので」
「あいつそういうとこほんとマメよね…」

少し開けた場所に出て、平たい岩に座り弁当の包みを広げた。ちょっとピリ辛風の香り、チヂミに似たパンケーキに肉団子、謎の肉の唐揚げ。パンチ効いてるなあ。伊達さんは大喜びでチヂミを手にしている。ラスダンでこんなアジアンテイストランチにありつけるとは。

「ああ、いい香りですね…」

オレと伊達さんは声が出ないくらいに驚いた。今の今までオレたちしかいなかった空間に、突如として人が現れたからだ。ギギギ…と音が鳴りそうな感じでそっちに顔を向ければ、まさにシュッとした黒づくめの美形が煌びやかなマントを纏って立っていた。あすごく知ってる人。ここで雲母さん登場。

「!!これ、すごく美味しい!」

いつ奪ったのか、伊達さんの持っていたはずのチヂミを頬張り、目を輝かせている雲母さん。当の伊達さんはと言えば、魂抜かれたモブみたいなってる。なんだそのデレ顔。まさかこの二人も初対面なのか。

「お兄さんこれ、もっと食べてもいいよお?」
「ありがとうございます。あの、この先が僕の家になるんですが、よろしかったらお二人とも寄って行かれませんか?」
「行く行く!そこでこのお弁当食べようシダラ!」

あ…オレの答えを待つ間もなく行っちゃった待って。二人の後ろを歩きながら、それよりもオレはさっきから嫌な予感しかしない。このラスダンの洞窟にあってあの黒づくめとマント。ここにいるのは明らかに「ボス」のはずだ。考えたくはないが。

「まさかあなたが……ボスなのか?雲母さん…」

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「ささどうぞ。今温かい飲み物を用意しますね」

洞窟らしからぬ洞窟の奥。まるでヨーロッパ辺りの古城的なその空間は、贅を凝らした調度品や細工で飾り立てられ、こここそが異空間みたいになっている。関係ないけど雲母さんてハイテクだけど雰囲気がまんまアンティークなんだよな。伊達さんが大理石のテーブルにさっきの弁当を置き、嬉しそうに待っているように見えた。

「あの伊達さん、お話が」
「…シダラ。その刀、しっかり持っててほしいん」
「え?刀?」
「…来るよ」

すると壁面を占めていた大きな肖像画が光に包まれ、いきなり何かが転がり出た。いつのまにか古びた絵は消え、ただ額縁だけが残っている。目の前にはふわふわのネコミミケモリン。さっき伊達さんが人力車で言ってた通りの、しかもピンクの。コスというよりまんま獣人に見える。

「もうさーこういう呼び出し方やめてほしい」
「ごめんよおスグルン。だってここしか結界解けないんだもん」

ふわりと独特の香り。これはマタタビだな。でもこんな強烈なの初めて嗅いだ気がする。ケモリン、ネコはこれじゃ正気を保てないんじゃないのか?そう言うとスグルンは大きな琥珀色の目をくるんとさせ、大笑いした。俺にしか使えないし効かないの。これは「まやかし」の効果を消す特注のマタタビらしい。
いつのまにか贅沢な作りの部屋は一変、暗く閉ざされた洞窟に。よかったお弁当無事だったあ。伊達さんは弁当を抱え、凝った造りの椅子ではなく苔むした岩に座っていた。

「さて。スグルンお弁当持ってて。行くよシダラ」
「え…雲母さんは…?」
「大丈夫、俺らは今からあの子んとこ行くのよ」

やっと解いてやれる奴が来てくれた。

伊達さんがオレの手を取り、微笑んだ。




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下 へ続きますよ!
ごめなさ…上中下になっちゃった…


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