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smashing! おおきなさむいをおいこして

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。彼らの友人、小越優羽と結城卓。彼らは同性で恋人同士。小越は売れっ子の若い庭師。結城は元不動産会社営業。

「寒の中日」という最も寒い日、大寒。小越優羽の誕生日だ。お正月の神様がお帰りになる日だと、小越の実家や昔からの庭師仲間の間では、基本仕事を休むことになっている。今年の大寒は珍しいことに結城が忙しく、小越の誕生日を一緒に祝うことができなかった。そんなのまた別の日で大丈夫だから、小越はしょげる結城にそう伝え、実家で庭師仲間と呑んでは騒ぐ一日を過ごしたのだった。

「卓、唐揚げこのくらいでいいか?」
「ありがと鬼丸、あと、なんか野菜みたいなの欲しい」
「終わりがけの冬瓜でキムチ漬けたのは?」
「それがいい!持って帰れるかな」

朝診後の佐久間イヌネコ病院。遊びに来ていた結城は、今夜あたり実家から帰ってきそうな恋人の小越に、ちょっと美味しいものを食べてもらいたい、そう佐久間に持ちかけた。丁度大量の唐揚げを昼用に作ったばかりで、喜多村と佐久間はこれでもかと結城用に持たせてくれ、冬瓜のキムチの他、喜多村特製のズッキーニの辛味噌炒めも追加。持って帰れるかな、そう結城が戸惑うのも無理はない。みちみちの大型保冷バッグは、おそらく3キロを超えていると思われる。

手の空いた佐久間が結城を送っていくことに。後片付けを仰せつかった喜多村のお遣いリクは、夕飯用の台湾料理店のルーロー飯。結城は佐久間と手を繋ぎ、商店街を歩く。なんだ相手違いのカップルさんだな、馴染みの八百屋の大将の茶々を受け流し、旬のカブをせしめる結城。

「卓はカブが好きだなあ」
「カンタンで美味しいもんね、鬼丸に教えてもらったやつ」
「卓のセンスが良いからアレンジが利くんだよ」
「もー褒めすぎだって!奢んないけどね!」

一見キャッキャウフフなバカップルだが、年の差10才弱の健全なお友達同士。には全然見えない。やり手のJKに転がされるヒョロヒョロ青二才院長にしか見えない。大きなスーパーの前に差し掛かって、佐久間の目が釘付けに。そろそろ毎年恒例チョコレート戦争シーズン(?)。チョコレート大好きな佐久間は自分のために仕入れるのにも忙しい時期だ。

「今年は優羽に沢山チョコあげようと思って」
「すごいな、更に、ってこと?」
「誕生日のリベンジ!」

記念日はお祝いしてナンボや!結城の怪しげな関西弁はいいとして、少ししょげていた結城が元気を取り戻したことに、佐久間はほっとした。この年上の友人は、強気で豪胆なガワの中に、繊細で脆い魂を抱えていて、ともすれば相手の負担となることも、自分の中に飲み込んでしまう癖がある。佐久間はなるべく気付いた時に、それとなく結城に声を掛け、何てことない話をしながら心を緩めてやろうとする。でもその大半は、結城の恋人である小越が担ってくれているのだ。

一緒にいたいから家にいられるように、細々した頼まれごとを受け日々を過ごしながら、結城は全身全霊で小越を慕っている。それを知っていて全て懐に抱え結城を護る小越。あの若さで大したもんだ、小越とゲーム仲間で仲のいい喜多村は、小越のことを嬉しそうに褒める。

優羽からメール来た!嬉しそうに結城が携帯の画面に触れる。よかったじゃん早く帰ろうか。佐久間はここまで来る途中でさらに増えた買い物袋を抱え直し、結城の背中を押す。

何もかも信じて任せればいい、だけどそれが一番難しいもんな。

通りの向こうから見知った彼が走ってくる。ほらちゃんと来てくれたじゃん、佐久間は結城と顔を見合わせ、笑った。


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