見出し画像

『学習する組織』をレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドの文脈で読む(13)第9章 p240~

 第9章では、2つ目のコアとなるディシプリンである「メンタル・モデル」を扱っている。「メンタル・モデル」は、認知心理学の分野で早期から発展してきた概念であり、『学習する組織』でもその成果を受けて説明が進められている。

メンタル・モデルとは

 「メンタル・モデル」は、世界の中のあるものごとについての頭の中にあるイメージ、である。「あいつはバカだ」という非常に単純なものであることもあれば、「水の循環」のように複雑なものであることもある。
 重要なことは、私たちは外界で起こっていることではなく、「メンタル・モデル」にしたがっていることだ「メンタル・モデル」がなければ人間はうまく推測を働かせられない。「メンタル・モデル」は学習されるものであるが、時に学習を妨げるものにもなる。「メンタル・モデル」の性質について理解し、うまく対処することが「学習する組織」になるために欠かせない。

メンタル・モデルのディシプリン

 「メンタル・モデル」に効果的に対処するためのスキルは大きく2つに分けられるとセンゲは指摘する。

 (A)振り返りのスキル
 (B)探求のスキル

 振り返りのスキルは「メンタル・モデル」を浮かび上がらせるためのスキルである。それが自分の中でどのように作られてきたのか、そしてそれが自分の行動に影響を与えているのかをはっきりと意識できるようにする。
 探求のスキルは「メンタル・モデル」を構築していくためのスキルである。複雑な問題や意見の対立が見られる問題においては特に重要になる。他の人と協力しながら、お互いがよりよい「メンタル・モデル」にたどり着けるようにする。注意しなければならないのは、合意や一致がなくてもよいということである。それぞれの「メンタル・モデル」が異なっていても、問題が解決されお互いに恩恵が得られるものになっていればよいのである(むしろ「メンタル・モデル」が一致していることで起こる問題がある)。

 より具体的な方法として、次の4つが取り上げられている。

(1)「信奉理論」(口で言うこと)と「使用理論」(実際の行動に暗に示される理論)の違いに正面から向き合う。
(2)「抽象化の飛躍」を認識する(観察したことから一足飛びに一般論化していることに気づく)。
(3)「左側の台詞(本音)」を明らかにする(普段は言わないことをはっきり言葉にする)。
(4)探求と主張のバランスをとる(効果的な共同学習のスキル)。

P.M.センゲ『学習する組織』第9章 pp.258-259
ただし、括弧と数字は筆者が追加している

  (1)の「信奉理論」と「使用理論」は、行動心理学の大家、クリス・アージリスによる概念である。この乖離を認識することが「メンタル・モデル」を浮かび上がらせる非常に良い方法である。ちなみに「使用理論」がより深層に根付く「メンタル・モデル」に相当すると考えられる。他の人による指摘や過去の自分を離れた視点から見つめることによって「使用理論」を意識することができる。人々の心の中に生まれるこの乖離がいかに組織を蝕んでいくのかについては、以下の本をぜひ参照していただきたい。

 (2)の「抽象化の飛躍」は、人間の記憶のメカニズムと深く関わっていると思われる。抽象化にはメリットも多い。抽象化によって私たちは、より多くの状況に対して「推論」を働かせる知識を作り出している。ただし、多くの状況に対して推論できるように安易に「抽象化の度合い」をあげると「推論」がもたらす正確さは落ちていく傾向にある。
 「抽象化の飛躍」を防ぐには、それが身の回りにあふれていることを知り、「抽象化」および「推論」を引き出すときの、手がかりや事実を丁寧に確認することである。本書以降に出版されたものであるが『FACTFULNESS』はその大切さを教えてくれる。

(3)は「信奉理論」と「使用理論」を浮かび上がらせるための具体的かつ最も強力なワークショップの手法である。「発言」と「考え」が食い違っていることの効果を知ることによい。「考え」が相手に見えず「発言」のみが伝わっていくことで次に何が起こっていくのかを想像する(実際にあったことを振り返ればよりよい)ことも重要である。

(4)のうち、「主張」は「自分の考えの正しさを相手に伝えること(結果として相手の行動変化を期待する)」である。「探求」は「問いや疑問を発して何が正しいのかを探ること」である。「主張」だけだと対立がエスカレーションしやすい。「探求」だけだとプロセスは迷走し虚無的な感覚に陥っていく。その2つのバランスを保つ感覚を身につけることが重要である。そのバランスを保っている状態を「相互探求」とセンゲは呼んでいる。

 最も生産的な学習は、通常、主張と探求のスキルが融合された場合に起こる。別の言い方をすれば「相互探求」である。つまり、全員が自分の考えを明らかにし、公の検証にさらすのだ。

P.M.センゲ『学習する組織』第9章 pp.271

メンタル・モデルと自己マスタリー

 本書では「信奉理論」と「使用理論」との関係を説明するところにおいて、自己マスタリーとメンタル・モデルとの関係にも言及がなされている。この関係性は、「信奉理論」と「使用理論」との関係を考察したクリス・アージリスとは異なるセンゲ自身の2つの理論の関係性への見解である。少し長いが重要な部分なので引用する。

 信奉理論と使用理論との乖離によって落胆するかもしれないし、それどころか皮肉なものの見方に陥るかもしれないが、その必然はない。往々にして、乖離はビジョンの結果生じるのであって、偽善の結果ではないのだ。たとえば、人を信頼することが本当に私のビジョンの一部だとする。それならば、私のビジョンのこの側面と私の現在の行動との間にある乖離には創造的な変化の可能性があるのだ。問題は乖離にあるのではなく、第八章「自己マスタリー」で取り上げたように、乖離について真実を語らないことにある。信奉理論と現在の行動との乖離が認識されない限り、どんな学習も起こらない。
 だから、信奉理論と使用理論との乖離に直面したときに発すべき第一の問いは、「私は信奉理論を本当に大切にしているのか?」「それは本当に自分のビジョンの一部なのか?」である。信奉理論に対する揺るぎない決意がないのなら、その乖離は現実とビジョンの間の緊張を表しているのではなく、現実と(おそらく人の目を気にして)推進する考え方との間の緊張なのだ。

P.M.センゲ『学習する組織』第9章 pp.261

 第8章の自己マスタリーでは、ビジョンと今の現実の適切な乖離(創造的緊張)が、行動を生み良い結果をもたらすとされている。ここでセンゲが述べているように、人々の信奉理論をビジョンにすると、この乖離は問題ではなく、解決への推進力に変わる。もちろん人々の信奉理論が「建て前」や「格好つけ」程度のものに留まっていれば推進力にはならない。自己マスタリーのディシプリンに取り組むことは、メンタル・モデル上の乖離を逆手にとって推進力にすることになっていく。

メンタル・モデルとシステム思考

 センゲは「メンタル・モデル」を飛行機の「フラップ」のメタファーを使って説明している。「システム思考」のメタファーは「システム思考」である。「フラップ」がなくても飛行機は飛ぶことは飛ぶが、非常に効率が悪くなる。

 すなわち「システム思考」で展開される議論は、議論するひとたちの「メンタル・モデル」と密接に関わっている。「システム思考」は「メンタル・モデル」に影響を与えるために行っていると言って良い。そのとき議論している人たちが「メンタル・モデル」を意識していなければ、学習の効果は非常に悪いものになる。
 「システム思考」をどこまで「メンタル・モデル」に反映させられるかも重要である。特に「フィード・バック」とその「遅れ」は、ほとんどの人の「メンタル・モデル」に組み込まれていない(だから多くの人が「ビール・ゲーム」(第3章)に失敗する)ので、その点について特に注意を払いながら学習が進められるべきだ。
 そして「システム思考」を通じて可視化され、問題に対応できる形に修正された「メンタル・モデル」(を可視化したシステム図)はそれに関わる組織の財産となる。センゲはそれを「一般的構造」のライブラリーと呼んでいる。「一般的構造」のライブラリーはその組織が「学習する組織」となっている度合いを見るための最も良い指標の一つになるだろう。

レゴ®︎シリアスプレイ®︎と「メンタル・モデル」

 「学習する組織」のディシプリンの中でも、レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドと最も関わりが深いと考えられるのが、この「メンタル・モデル」である。それは、「考え」を手を使ってモデルに表現してもらうことで、何もないときの「発言」以上のものをそこに浮かび上がらせることができるからである。
 そうはいっても、自分の欲や弱さも含まれる「使用理論」としての「メンタル・モデル」を、ありのまま浮かび上がらせることは、参加者にとって時に恥ずかしく抵抗感もあるだろう。その感情が強すぎるとうまくいかないかもしれない。
 そのときには、「信奉理論」を「建て前」や「格好つけ」ではなく真のビジョンに置き換えるというアプローチが良さそうである。具体的にはアスピレーション・モデルを作らせて、そこに向かってどのような行動をするかということを語らせることによって間接的に「使用理論」の修正すべきのみ浮かび上がらせるということである。

 一方で、「抽象化の飛躍」を防ぐという「メンタル・モデル」の修正については大きな困難が伴いそうだ。「抽象化の飛躍」が起こっている状態で作られたモデルは、他の人から見たらそれが正しいとはなかなか思えない、その人の「思い込みの産物」となる。
 それを防ぐためには、主張の裏付けになるデータや事実を突きつけていくということになるが、それはレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドでどのように取り扱えるかを考えねばならない。一つの方法としては、データや事実をまずインプットし、それに基づいたモデルをまず個人で、そしてグループで統合して作らせていく方法が考えられる。それを見て、自分が普段「メンタル・モデル」を通じて感じていることとの差異を語らせれば、「メンタル・モデル」の修正への手がかりになるだろう。

 また、システム思考の「フィードバック」や「遅れ」の要素の取り込みも、単に参加者に問いを投げてモデルを作らせるだけでは難しいだろう。何かの問いを投げてモデルを作らせたのち、そのモデルに見られる表現の中に「フィードバック」や「遅れ」を表現させるという順番でアプローチする方法が考えられる。そこではコネクションのテクニックが必要になると思われるが、AT4の標準的なファシリテーションとは異なる工夫が必要であろう。そのためにAT1で作ったモデルを1回、要素に分解するというプロセスを入れることも考えられる。このモデルを要素分解するというテクニックは、レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドの応用範囲を大きく広げるものであると考えている。筆者としては、この『学習する組織』の話にとどまらない一つの探求テーマとして今後も追いかけていく予定である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?