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『学習する組織』をレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドの文脈で読む(12)第8章 p192〜

  この第8章から「第3部」となる。第3部は「核(Core)となるディシプリンー「学習する組織」の構築」というタイトルがついている。ディシプリンとは「実践するために勉強し、習得しなければならない理論と手法の体系」(第1章 45ページ)と定義されていた。
 第5のディシプリンである「システム思考」は要(Cornerstone)であるので、より基盤・土台のメタファーに近い。「システム思考」との関係性も考慮しながら読み進めていく必要がありそうだ。

自己マスタリーとは

 第8章は、そのコアとなるディシプリンのひとつである「自己マスタリー」を扱っている。まずは、以下に理解の出発点となる文章を抜粋しておく。

 「自己マスタリー」は、個人の成長と学習のディシプリンを指す表現である。高度な自己マスタリーに達した人は、人生において自分が本当に求めている結果を生み出す能力を絶えず伸ばしていく。学習する組織の精神は、こうした人々のたゆまぬ学びの探究から生まれるのだ。

P.M.センゲ『学習する組織』第8章 p.194

 この文章から「自己マスタリー」理解のための基本的なポイントが見えてくる。
 ・個人に成長と学習をもたらすもの。
 ・個人ごとに行なっていくもの。
 ・個人ごとに「自己マスタリー」の程度の差がある。
 ・続けていかねばならないもの。ゆえに終わりがない。

 さらに、センゲによれば、個人がこの「自己マスタリー」をディシプリンに掲げることで、以下の、2つの動きが見られるようになるという。
 (A)自分にとって何が重要かを絶えず明確にしようとする。
 (B)どうすれば今の現実をもっとはっきり見ることができるかを絶えず学ぼうとする。

 この「自己マスタリー」によって、自分にとって重要なものをより強く意識すると今の現実とは違う「ビジョン(ありたい姿)」へと強く結びつく。そして「ビジョン」と「今の現実」を対置することによって創造的緊張(クリエイティブ・テンション)が生まれる。クリエイティブ・テンションは「ビジョン」と「今の現実」という2つの手とその間にかけられたゴム・バンドのメタファーで語られる。その人「ビジョン」と「今の現実」との間の緊張が、その人の行動に結びつく。結果として成長や学習を引き起こすということである。
 そして(B)がより効果的になされるためには「システム思考」を学んでおかねばならない(学ばずに進むと学習障害や思考の袋小路に迷い込む)。

 なお、低度な「自己マスタリー」のときには、この「ビジョン」は「自分にとって良い考え」ぐらいであるが、高度な「自己マスタリー」に達した人のビジョンは、天命のようなより大きな目的意識のもとにおかれる。そこでは目的が世界(天)の求めるものと一体化しているため、世界がもたらす「今の現実」は「敵」ではなく「味方」となり、「困難さ」は「試練」となる。そのため、高い目標であっても諦めることはなく常に学び続けるということになる。そして自身が天命に添って学習し成長することが喜びや幸せとなる。報酬や対価を求める動きではなく、無条件の献身が見られるようになるという。

個人ビジョンの明確化

 自己マスタリーをディシプリンとするときに、まず取り掛かるのが「個人ビジョン」の明確化である。
 そのときにはそこで掲げられたビジョンが「何かを得たいふりをして、実際には何かから逃れること」になっていたり「誰かとの比較の中で生まれている」ものであってり、「本質的な欲求ではなく、2次的な目標すなわち手段に焦点を当てた」ビジョンになっていたりしないように気をつけなければならない。ビジョンは根底の目的意識や使命感が伴うものになるまで深く掘り下げて考えていかねばならないのである。
 しかし、簡単に最初からそのようなものが描けるかというとそうではなく、また状況が変わってくると一度明確化したと思ったビジョンも魅力的でなくなってくるかもしれない。だからこそ「自己マスタリー」はディシプリンとされなければならない、とセンゲは主張する。一度決めて終わりではなく絶えず何度も描き直す態度こそが重要だから、ディシプリンなのである

創造的緊張を保ち感情的緊張に惑わされない

 個人ビジョンを描く上で、「根底の目的意識や使命感が伴う」ものになると同時に大事になるのが、創造的緊張(クリエイティブ・テンション)を保つことである。創造的緊張があることによって、ビジョンに向けて人々が行動しはじめるからである。
 この創造的緊張と同時に起こり混同されやすいのが「感情的緊張(エモーショナル・テンション)」であるという。感情的緊張は、自分の能力への「不安」や存在価値の「否定」から起こると考えて良い。
 「感情的緊張」として「創造的緊張」を読み替えた人は、しばしば「ビジョン」を引き下げることによって対処する。無能な自分、価値の高くない自分にはこの「ビジョン」は高すぎると考えると「ビジョン」の引き下げは、とたんに正当性を帯びる。実際に低いビジョンにすることで「ビジョン」から今の現実が再び離れていき、再び創造的緊張が起こる。これが「感情的緊張」として捉えられると、さらに「ビジョン」の引き下げの気持ちが起こる。
 気づいた人もいるだろうが、ここでは、システム原型の「問題のすり替わり」が発動している。「ビジョン」に現実が追いついていないことが問題なのに、「ビジョン」が高すぎることに問題がすり替わっている。システム原型については、以下のNoteを確認してほしい。

システム思考の上に立つ

 センゲによれば「創造的緊張」を損なう「感情的緊張」に負けまいとする現実の対応の多くには問題がある。感情的緊張を逆手にとって「放っておけばひどいことになる」といいきかせるのは「対立操作」と呼ばれる。「〇〇反対」「〇〇撲滅」「〇〇のない世界を目指す」などのスローガンを掲げて進もうとするやり方がこれである。常に、不安や不満の中で生きていくことになる。また、それを無くした後のビジョンが無い(捨てている)ため、世界を実際に作る側に回ることは滅多にないといえる。
 また、感情的緊張を抑えつけようと「意思力」を強調する方法も問題があるという。達成のために、さまざまな物事を犠牲にしながらすすむことが常態化すると、創造的緊張の当事者である本人の幸福度は下がっていく。

 「感情的緊張」の問題を回避するには、「感情的緊張」と上記のような対処方法が何を引き起こすのかについて理解しておくことと、やはり基本になるのは「創造的緊張」へと焦点を当てることである。繰り返しになるが、「創造的緊張」に向かうには、より良い「ビジョン」を打ち立て、「今の現実」からそこに至る道筋を熱心に探ることである。そのためにも、第5の原則である「システム思考」によって物事が相互に関係して変化していくこと、自分が大きな世界の中の一部であり、そこで起こることへの思いやりとより大きなものにコミットメントすることの意味に気づくことである。

 また、「システム思考」だけではなく「共通のビジョン」や「メンタル・モデル」を構築するディシシプリンも共に学んでおかねばならない。なぜなら、何かがうまくいかなくなったときに、その組織に「共通のビジョン」と「メンタル・モデル」を構築する能力が欠けていると、いずれ組織の人々はバラバラになっていき混乱が生まれ、感情的緊張に個々のメンバーが振り回されるからである。そうした混乱が精神的ストレスとなって耐えられない組織では、人々に学習やビジョンの探求を委ねる「自己マスタリー」を奨励することだけを、経営陣にアピールすることは不安要因でしかないだろう。そのためにも、「学習する組織」の推進者は次章以降に出てくる他のディシプリンとの関係も学んでおかねばならない。

レゴ®︎シリアスプレイ®︎との関係

 レゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドを使うことで「ビジョン」と「今の現実」からなる「創造的緊張」の関係を意識させるワークは、比較的行いやすいだろう。また実際のワークでは「ビジョン」が現実との間にちょうど良い緊張感を生むために「アスピレーション」という考え方に沿って問いを投げていく方が良さそうだ。
 ここで、気をつけなければならないことは、「アスピレーション」の中身が「何かからの回避」であったり「2次的な目標の追求」の表現にならないようにすることである。この辺りも問いの投げ方(フレーミング)に注意を向けておきたい。また、ファシリテーターもしくは参加者同士の質問の中で、より本質的で根源的な欲求を掘り出していくことも意識しておくとよいだろう。

 「創造的緊張」でとどまらず、あえてそこにある「感情的緊張」を見出すワークも大きな価値がありそうだ。なぜなら「感情的緊張」による失敗を回避するための良い方法の一つは、自分の中に達成への「不安」が存在することを認め、それを優先することがどのような結果をもたらすかを理解しておくことだからである。
 具体的なやり方としても、「創造的緊張」のモデル(「アスピレーション」と「今の現実」のランドスケープ)をつくり、それを見ている中で湧き上がる、自分(たち)の中の「不安」を表現したモデルを作ってみるということが基本になるだろう。それほど難しくはないはずである。

 そして「自己マスタリー」として大事なことは、それが終わりのないプロセスであり、繰り返し探究し続ける中でそのレベルが徐々に高まっていくということである。「学習する組織」になっていくために、1回のワークで終わらずに、定期的に(4半期〜半年に1回)取り組んでもらいたいところである。最初はトレーニングを修了したファシリテーターが必要であろうが、ワークのプロセスを固めてしまえば、何回か後には自主的にセッションを行うこともできるだろう。

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