【小説】今日が暮れる
その日は、何の前触れもなくやってきた。
いつもと同じ時間に起きて、いつもと同じように無難に働き、いつもと同じような時間に退社した。コンビニで8個入りの餃子とビールを2本買って、だらだらと帰路についた。
玄関のドアを開けて、微かに違和感を覚える。
部屋に入って電気をつけたところで、しばらくなにが起こったのか分からず、その場で立ち尽くした。
-無い。
友美の物が一つ残らず無くなっている。
これは一体どうゆう……。
昨日並んで座ってお笑いの番組を見ていたソファから、友美が持ってきたクッションだけが無くなっている。
ぼやっとした脳で部屋を見回すと鞄も、服も、化粧品も、マグカップもスリッパも無い。どこにも無い。
え、なにこれ…。
出てったってこと?え、なんで?
なんか喧嘩したっけ?いや、してないよな。
え、てか、こんな平日のど真ん中で?
状況を理解したときには、はっはっ、と息が途切れていた。呼吸の仕方が分からない。
慌てて電話を掛けるけれど、繋がらなくて、じわりと汗が滲んだ指で「今、どこ?」とメッセージを打つ。見返してみるとその前に送っていた「今から帰る」も既読になっていない。
頭によぎることは、なんで?の一言だった。昨日までの穏やかな日常が嘘のようで、その落差で脳がガンガンと痛い。
再び電話を掛けるけれど、繋がらない。
なんだこれ。なんなんだよ。
4年も付き合っていたのに、こんなに呆気なく終わるのか。別れの言葉も理由もなく、一方的に、終わるのか。
もう一度メッセージ画面を開いて、文字を打つ。
「突然なに?もう別れるってこと?とにかく理由を教えて。悪いとこあったら直すから」
3つ前のメッセージからずっと既読にならない。しばらく、本当に頭の中が真っ白になってボサッとその場に立ち尽くしていた。
なにが、どうして。どういうこと?
ぐるぐると理由を探すけれど、見つからない。決定的な仲違いなど無かったはずだ。
気が付いたら、この部屋で過ごしたあれこれを思い出して、涙があふれていた。
もう戻れないのか。
なんで、よりによってこんな平日のど真ん中で。明日も仕事じゃんか。
もう一度、電話を掛ける。繋がらない。
もう何もない。
もうここは机の上の冷え切った餃子と、ビールの缶が2本、ただあるだけの部屋だった。
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