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相手の名前が思い出せないときに田中角栄になっちゃう人。

稀代の政治家田中角栄はとにかく毎日人に会った。

別に田中角栄だけがたくさんの人に会っていたわけでは当然ないが、とにかく人に会った。

「それはもうたくさん」


毎日いろんな人に会うわけだから、相手の名前を覚えるのは大変に骨の折れる作業だ。いくら田中角栄が「コンピューター付きブルドーザー」という異名で呼ばれようが、脳の記憶のキャパシティは私たちと同じはず。


あるとき角栄は、久しぶりに会った知り合いに「あ! 田中角栄さん!」と呼ばれたが相手の名前が思い出せなかったらしい。

そこで、はたと閃いて「あ〜と、君の名前はなんだったかな?」と聞いたらしい。

相手は「あ、佐藤です」と答える。角栄は続けて

「違う違う! 佐藤さんだということは承知しているよ。私が聞いているのは君の下の名前だ!」

すると相手は「あ、B作です(仮)」と答えるから「あー、そうだそうだ、B作さんだったね。佐藤B作さん、久しぶりだねぇ」と会話を続けたらしい。

田中角栄の人心掌握術と、当意即妙の機転の利き方がわかるエピソードである。これが本当の話なのかは知らないが、有名な逸話ではなかろうか。



私が生命保険会社にいたとき、すばらしい上司がニコニコと私の席にやってきて「イトーくん、相手の名前が思い出せなくて困る、という経験はないかい?」と聞かれたことがあった。

正直そんな経験は塵芥ちりあくたほどもなかったのだが「あー、そんなに多くはないですけどあるかもしれません」と答える。


すると上司は「そういうときはね」と言って、

「お名前なんでしたっけ? と聞くといいんだよ」と言ってきた。私の心の中では「あ、これは田中角栄の手法だな」と合点がいく。

そんな私の心情はつゆ知らず、上司は続けて「そしたら相手は『高橋です』と答えるでしょ? そしたらすぐに言うんだよ。『違う違う! 高橋さんだってことはわかってるんです! 下の名前ですよ』とね。これでうまくいくってわけさ!」


やけに得意げになっているから、当時の私は「なるほど〜、あれですね。田中角栄のやつですね」と確認すると「……そ、そうそう! よく知ってるねぇ〜」と少しだけ困り顔をしていたから、

しまった、と思ったものである。

もう4年近く前の話。



先日、ある町の偉い人に会った。年齢は50代。

ビジネスの才覚を活かし、ある自治体で改革を進めるタイプの素晴らしい手腕を持った方である。彼と話していると言われた。


「ときにイトーさん、町議会の人や政治家ってのは人の名前を覚えるのに大変な労力を使うんですよ」

そりゃそうだよな、と思いながら、これはまさか例の田中角栄の逸話が披露されるのではないか、と思いながらうなずき、話を聞く。


「なので、相手の名前が思い出せないときはこう尋ねるんです。『失礼ですがお名前は?』とね。すると相手は『鈴木です』とくる」


ほうほう。


「そしたら言うんですよ。『いえいえそうではなくて! 鈴木さんだとわかってます! 思い出せなかったのは下のお名前はなんでしたっけね? ということでして』とね。こうすると相手は悪い気がしないというものなんですよ」


4年前の反省を活かすときがきた。



「ほぉ〜! なるほどぉ〜! それは賢いやり方ですねぇ! 名前を聞く、ですかぁ〜!」


こう返すと、先方はとても満足そうであった。ふぅ、何度も言うが、相手が満足そうならばよいことだ。でも、同時に思ったのである。


この田中角栄の手法、いきなり「相手の下の名前が思い出せない」というのは唐突すぎやしないか。

たいてい初対面で会ったとき、相手の下の名前の特徴について雑談をすることはめったにない。過去の会話で相手の下の名前の話題でひとしきり盛り上がったのなら、この手法もまだわからないでもない。

となると、初対面で会った人とは必ず下の名前の話題で盛り上がったという過去を共有している必要がある。

これであれば「お名前はなんでしたっけ?」の整合性がとれるからだ。つまり、


「(あ〜と、あれですね? 初めて会ったとき、下の名前の話題で盛り上がりましたよね? でもそれが思い出せなくて、ごめんなさい)お名前はなんでしたっけ?」


これだ。

これならまだわかる。


町のお偉いさんが続けて何かを話しているとき、そんなことを考えていた。これからはちょっとやってみようかな、なんて思った次第。


〈あとがき〉
そんな小手先のテクなんて使わないで普通に「ごめんなさい、お名前が思い出せず」と言ってあげるほうがいい気がします。田中角栄のこの逸話の認知度も高いのか低いのかよくわかりませんが、少なくとも知っている人はいることと思うので、もしもこれをやられたら「うわ、田中角栄STYLEじゃん」とにやけてしまうと思います。今日も最後までありがとうございました。

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