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その後の菜穂子② <#あなぴり 創作 全4回>

ピリカさんの前半部分と、ぱんだごろごろの後半部分は、こちら
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その続き、一回目はこちら
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<承前>

新しい年が始まったというのに、菜穂子は何となく釈然としない日々を送っていた。


勤め先のスーパーマーケットは、新年早々店を開ける。
1月2日から、初売りと称して、いつも通りの賑やかな品揃えでお客様をお迎えするのだ。
社員が休めるのは、元日の一日だけ。
でも、それは毎年のことだし、駅前の百貨店のように、福袋を売るために、元日から店を開けるのよりはいいかと思っていた。

11月のあの日、クリスマスソングが流れる中、焦燥に駆られて、緑色のエプロンを放り投げ、店を出て来てしまった。
今でも、あの時の、吉村の驚いた表情を思い出すことができる。
あの後、吉村からは、
『菜穂ちゃんのエプロンは、一番端の、誰も使っていないロッカーの中に入れておきました』
というラインをもらっていた。

その時には、すでに、【本当の貴女を見つけませんか?】というタイトルのサイトを運営する会社、
「ライフプランニング研究所」
と、メールのやり取りをした後だったので、菜穂子もいくぶん冷静になっており、
『吉村さん、ありがとうございました。さっきはびっくりさせてしまって、ごめんなさい』
というラインを送って、翌日には、吉村に、
「急に何もかもいやになっちゃって」
と、かんたんに弁解をした。

「そりゃそうよねえ。この仕事は、大概いやになることが多いもの」
気の良い吉村は、年長者らしく菜穂子に言葉をかけ、それ以上の追及はしなかった。

そのため、その日以降、急に菜穂子がおしゃれになり、毛玉のついたカーディガンの代わりに、綺麗な薄手のものを着てきた時も、
通勤に、今までのセーターにジーンズではなく、ブラウスにスカートを履いてきた時にも、
「あら、菜穂ちゃん、その服、可愛いわねえ、よく似合うわよ」
と褒めてくれるだけだった。

実際、「ライフプランニング研究所」のメールの指示通りにした結果、菜穂子は色々な人たちから褒められるようになっていた。

今まで、スーパーのバックヤードですれ違うだけだった人たちからも、社員食堂で食事をする際に、会釈するだけだった人たちからも、書類や伝票を届けに行く、事務所の総務や経理の人たちからも、一様に、
「佐倉さん、最近きれいねえ」
「見違えちゃった」
「何かいいことあったんじゃない?」
などと言われるようになったのだ。

その度に、
「ありがとうございます」
「一駅分、歩くようにしたら、最近よく眠れるんです」
と答えながら、菜穂子は、
<外見を変えるのって、本当に効果があるんだわ>
と思っていた。

美容院で髪型を変え、エステティックサロンでトリートメントをしてもらってからは、さらに周りの反応が加速した。

今まで、同じ食品売り場のメンバーからしか、飲み会に誘われたことがなかったのに、今年は紳士服や雑貨の売り場、事務所や安全管理室のメンバーからも、忘年会に誘われるようになったのだ。

菜穂子はさすがに驚いたが、ライフプランニング研究所のメールの指示通り、予定さえ合えば、飲み会や忘年会には必ず出席した。
新しいワンピースやニットを着ていく機会にもなったし、買い揃えたメイク用品を試すチャンスでもある。

そういう場では、なるべく顔見知りの女子社員と一緒の席に座り、お互いの職場の情報交換をした。
入社して、すぐに販売部門に配属され、以来ずっと野菜や豆腐や惣菜などを売っている身としては、そもそも販売以外の仕事、特に事務職というものが未知の世界だったので、どんな仕事をしているのか知りたいと思ったのだ。

男性社員から声を掛けられることも多くなったが、そこはアラサーの知恵で、噂にされたり、妬みを買ったりしないように、気を配った。
要は、一人の相手と長く話をしないことである。

特に、人気のある若手男性社員とは、ちょっと話をしたら、次は別のおじさん社員と話をするようにした。

販売促進部の、菜穂子より一つ年下だという男性社員とは、声を掛けられるままに、売り場の現状や困っている点などの職場話で盛り上がり、もっと話していたいと思ったが、見た目も悪くない、さわやか系男子だったため、残念ながら、途中で話を打ち切った。

そうやって、菜穂子は、ベテランのアラサー処世術を駆使しているつもりだった。

が、スーパーの販売部という、女性が従業員の大半を占める職場、
菜穂子の気配りにも限界があったようである。


11月半ばから12月いっぱいまで、ライフプランニング研究所のメール指南によって、外見を整えた菜穂子は、周りの人たちから大いにもてはやされ、認められるモテ期に入っていた。

それが、年が改まり、1月に入った途端、急に失速したようなのだ。

菜穂子が釈然としない日々を送っていたというのは・・・。

「ねえ、吉村さん、」
「あら、菜穂ちゃん、今日は、早上がりなの?」
ロッカー室で吉村を見掛けた菜穂子は、周囲に誰もいないのを確かめてから、彼女に話し掛けた。
「吉村さん、先週の金曜日、デイリー食品の人たちで、新年会があったの、知ってました?」
「新年会? いえ、聞いてないわよ」
「そうですか。私も知らなかったんですけれど・・・」
「もしかして、私たちには内緒にして、他の人たちだけで集まったのかしら」
「どうも、そういうことのようです」
吉村はため息をついた。
「そういうことってあるのよね。情けないけど。私たちが煙たい人がいるってことでしょ」

「ね、菜穂ちゃん、がっかりしないでね。
去年の暮れから、菜穂ちゃん、急に綺麗になったでしょう。
仕事だって、菜穂ちゃんの担当商品は売れ行きが良くて、新商品も当たったじゃない?
そういうのが気に障る人がいるのよ。
ただ、皆が皆、そう思っているわけじゃないからね。
大半は波風立てたくなくて、どっちつかずの人たちだから。
気にしちゃだめよ」

「ありがとうございます、吉村さん、よくわかっています。
私、気にしないから、大丈夫です」
菜穂子はそう言うと、笑ってみせた。
吉村は、それでも心配そうだったが、時計を見ると、慌ててロッカー室から出て行った。

その姿を見送ってから、菜穂子はスマートフォンの画面を開いた。

(続く)




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